第28話 みんなで行こうよ!アンジェ軍


 ジョアンヌが地下迷宮を脱出した頃。


 ヒマンドのわんぱく王国内にある酒場「イバラの道亭」で、セロニアスとカーターは昼食を摂っていた。



「え、モーリスがセロ様に仕える!?」

「そうなんだよ」

「セロ様が指導してるんですか?」

「いや、俺は教えるの苦手でな」

「確かに」

「今日からアンジェの所で修行だよ」

「えぇ!? 」



 元宮廷魔術師モーリスは、自分の無能さを悟りセロニアスに師事する事になった。そこで、数々の猛者を育て上げているアンジェに、モーリスの指導を任せたのだった。



「うわ、まさかのアンジェ軍」

「彼らには俺も一目を置いてるよ」

「モーリス、今頃死んでそうですよ」

「これぞイバラの道だな」



 かつて、アンジェ軍と戦ったザイトリン軍。その残兵達は今でも強いトラウマで寝込んでいる者が殆どだった。


 そしてモーリスも当然、アンジェ軍には強いトラウマを抱えていた。









──3日前。



 アンジェの側近の女兵士ニーナは、セロニアスから届いた手紙をアンジェに届けていた。



「アンジェ様、セロ様からお手紙です」

「ほう、兄上か。どれどれ……」





============



我が妹 アンジェへ。


師走の候 

山の頂きはすっかり雪化粧しています。

皆さんお変わりないでしょうか。



さて、この度

つまらない物で恐縮ですが

無能な老いぼれを1人送ります。


有能な戦士に育てて頂ければ幸いです。



兄セロニアスより。



===============





「無能な老いぼれ?」

「確かに、無能そうな老人が来ています」



 ニーナはアンジェを、その無能そうな老人がいる場所に案内した。



「ん、お前はモーリス」

「アンジェ王女、ご無沙汰しております」



 モーリスはアンジェを見て、王城攻防戦のトラウマを強烈に思い出していた。


 しかし、セロニアスに仕える為には、この修行に耐えなければならないと、自分に強く言い聞かせた。



「ふ、もう私は王女ではないぞ」

「確かに。ではアンジェ様とお呼びしましょう」

「ところでお前、戦士になりたいのか?」

「はい、もう軟弱な魔法など捨てました」

「ほう。…まぁ良かろう」



 アンジェは、軍幹部の男ボルザックを呼んだ。



「アンジェ様、お呼びでしょうか」

「ボル、このジジイに野営地を案内して、軍の規律も教えてやれ」

「は!お任せ下さい」



 ボルザックはモーリスを連れて、アンジェ軍の野営地を案内しにいった。



 その場に残ったアンジェはニーナに話しかける。



「うーん、モーリスも元気のいい5歳児に負けそうだな」

「え、そんなに弱いですか?」

「軟弱なジジイだからな」

「確かに」

「ニーナ、お前しばらく指導してやれ」

「えぇ!また私ですか!?」

「基礎トレーニングだけでいい。その後は私が最前線に連れていく」

「本当にジジイを鍛えるんですね」

「むしろジジイであればこそだ」


 

 こうしてモーリスの修行はスタートしようとしていた。







「モーリス殿、ここは荒くれ者が多いんですよ」

「ええ、重々承知しております」

「失礼が無ければいいんですが」

「いやいや、私は新入りですから」



 狂人が多いアンジェ軍の中で、ボルザックという幹部は常識的で話しやすい人間だとモーリスは思っていた。



「──うぉっ!」


 そんな時だった。モーリスの顔面スレスレを弓矢が通過していった。



「てめぇ、ジョアンヌ派のジジイじゃねーか!」



 モーリスが矢の飛んで来た方を見ると、今にも襲いかかって来そうな1人の兵士がいた。



「バカ者!何をやっている!」

「ボルザックさん、こいつは敵です」

「モーリス殿はジョアンヌ派と決別したのだ!」

「え、そうなんすか?」

「バカヤロウ、モーリス殿に詫びを入れろ!」

「いやいや、知らなかった事ですから。お気になさらず」



 激昂するボルザックをモーリスがなだめる。しかしボルザックの怒りは静まらなかった。



「いいから、詫び入れろや」

「わ、分かりました!詫びを入れさせて頂きます!」

 


 すると男は何を思ったのか、持っていた剣で自分の片腕を切り落としてしまった!



「……はぁ……はぁ……モーリスさん、どうもスミマセンでしたぁ!」

「──な、な、何をしているのだ!」



 モーリスは開いた口が塞がらなかった。



「いやぁ、すみませんモーリス殿」

「……な、何て事を」

「あれがアンジェ軍の規律ですから」

「き、規律って……」

「モーリス殿もすぐ慣れますよ」



 絶対慣れたくないと思うモーリスであった。



「おい、その切り落とした腕を持って回復術士の所に行ってこいや」

「へい!行かせて頂きます!」



 モーリスは背筋がゾッとしていた。



「いやぁ、あんな荒くれ者ばかりで」

「…………」

「でも私は、あんな部下が可愛くて仕方ないんですよ。モーリス殿」



 このボルザックという男も、常識の無い相当にイカれた野郎だと、モーリスは思い直していた。

 


「あ、それとモーリス殿」

「はい?」

「軍の規律で髪型は、スキンヘッドかモヒカンの2択になります」

「え!?」



 モーリスの修行は、まだ始まったばかりだ。




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