第33話 ザイトリンとアニー


 

 モーリスがセロニアスの元に帰った頃。


 ヒマンドのわんぱく王国の隣国である「レイノルズ王国」では、ある一人の男が空き家でひっそりと暮らしていた。



 その男の名はザイトリン。元皇太子である。


 しかし祖国が邪神に襲われて、命からがらレイノルズ王国に逃げて来たのだ。



「クソ、もう生活費が底を尽きそうだ」

「困りましたね、ザイトリン様」

「おのれ! これも全部セロニアスのせいだ!」



 ザイトリンは、食卓にあった皿を床に叩き付けた。そしてすぐにメイドのアニーがそれを片付ける。



「……アニーよ」

「はい、ザイトリン様」

「お前は家族の元へ帰らないのか?」

「私はザイトリン様のメイドですから」



 ザイトリンはアニーの献身的な姿を見て、心を打たれていた。



「さあ、ザイトリン様。メイクの時間ですよ」

「うむ、宜しく頼む」



 アニーはザイトリンが家の外に出られるように、生気の無い青紫色の顔をメイクで白くしていた。そして干からびている唇にも口紅も塗る。



「……ぷっ!」

「ど、どうしたのだアニーよ」

「い、いえ、何でもありません!」

「そうか、しっかり頼むぞ」

「はい、アニーに任せてくださいっ」



 そして床に落ちそうなザイトリンの目玉を、元の場所に強引に押し込む。そしてテープで固定。



「……これでよしと!」

「ふむ。ご苦労」



 ザイトリンは鏡に映った自分の姿を見た。



「……アニーよ」

「はい、ザイトリン様」

「な、何か珍妙な変人に見えないか?」

「そんな事ありません! 高貴なる気品が漂っていますよ!」

 



 アニーは、邪神騒動でレイノルズ王国へ逃げて来た。家族も一緒だった。

 しかし彼女は、ザイトリンのゾンビ姿がどうしても忘れられなかった。



「ザイトリン様、いってらっしゃいませ」

「うむ。留守を頼むぞアニー」

「はい!」



 リアルゾンビを至近距離で見られる事など、滅多にない。


 アニーはゾンビとなったザイトリンが怖かったが、それ以上にゾンビに対する好奇心が勝ってしまったのだ。



 なので、彼女は避難民がいそうな場所を徹底的に探して、ザイトリンと再会する事が出来た。



「ふう、今日も凄かったなぁ。…あの腐敗臭もクセになるのよねぇ」



 生活は苦しいが、アニーの好奇心は毎日満たされていた。



 そして、家を出発したザイトリンは、レイノルズ王国の王城に向かっていた。







「これより、レイノルズ王国騎士団の入団試験を行う!」



 ザイトリンは、王国騎士団の入団試験を受けていた。



 彼は何もかも失ったが、1人のメイドが自分の元に来てくれた事に心を打たれた。


 そしてそのメイドだけは、どうにか養って守っていきたいと考えるようになったのだ。



「私はもう一度、門番になる!」



 ザイトリンは自我を取り戻してからも、楽しかった門番の仕事をたまに思い出していた。



 汗を流して働く仕事。

 労働の後の一杯のエール。

 王国民や同僚との交わり。

 生まれて初めての友達。



 しかし、元皇太子としてのプライドがそれらを否定していた。そしてなるべく思い出さないようにしていたのだ。



「うおぉぉぉおーっ!」



 ザイトリンは無我夢中だった。剣の実技試験に自分の全てをぶつけた。結果、模擬戦で3戦全勝した。



 そして筆記試験でも優秀な成績を修めたザイトリンは、いよいよ最後の面接に臨んだ。



「君がザイトリン君か?」

「は、はい!」

「剣も筆記も優秀な成績だな」

「有難うございます!」

「だが、不合格だ」

「……そ、そんな!?一体何故ですか!?」



 面接官を務めた中年の騎士ポンセは、椅子から立ち上がりザイトリンの方へ歩み寄った。



「不合格の理由は……」

「理由は!?」

「ザイトリン君、君がゾンビだからだよ」

「──!?」



 ザイトリンは絶句した。



「バ、バレていたのですか?」

「その、何だ、ちょっと匂いがキツくてな」

「……く、申し訳ありません!」

「いや、いいんだよ。謝る事はない」

「や、やはりゾンビでは騎士にはなれないのですか!?」



 ザイトリンの目には涙が溢れていた。



「ゾンビの騎士など前例が無いのだよ」

「そうかもしれませんが!」

「君にやる気があるのは分かるが」

「お願い致します!この通りです!」



 ザイトリンは全てのプライドを捨て、その場で土下座した。



「君、困るよ。そんな事されても」

「そこを何とか!」

「……終わった事だよ」



 中年の騎士ポンセは、ザイトリンの肩を優しく叩くと面接室から出ていった。



「ポンセさん」

「ん、何だね?」

「あれで良かったんでしょうか?」

「良いも何も、ゾンビを騎士団に入れる訳にはいかぬだろう?」

「まぁ、そうなんですが」



 面接官の補佐を務めた青年騎士パチョレックは、ザイトリンの熱意を思い出していた。



「あの人の熱意は本物ですよ」

「でもゾンビだぞ?」

「ゾンビなんですよねぇ」

「さぁ、この話は終わりだ。…どうだパチョレック、一杯ひっかけていくか?」

「お、いいですね~」



 2人は行きつけの酒場に向かい、小一時間ほど酒を飲み談笑した。そしていざ酒場を出ようとすると、なんと2人の前にはザイトリンの姿があった。



「お願いします! 私は門番になりたいのです!」



 2人は驚いた。



「すまんな。諦めてくれ」

「お願いします! どうか私を!」



 2人は複雑な表情を浮かべた。そしてザイトリンの横を通り過ぎ、それぞれの家へ帰宅した。







 それから1週間。ザイトリンは王国騎士団の駐屯所に毎日通った。



「ポンセさん、今日も来てますよ」

「放っておけ。そのうち諦めるさ」



 数時間後。気温がどんどん下がり、やがて雪が降り出した。



「冷えると思ったら雪だな」

「ええ、これは積もりそうですよ」

「まさか、彼はまだいるのか?」

「ずっと正門前で立ってますよ」

「困ったものだ」



 そしてさらに3時間後。雪はすっかり積もり、辺りは雪景色になっていた。


 ポンセとパチョレックは仕事を終わらせ、王城の正門前へと向かった。



「ザイトリン君、まだいたのかね」

「はい、正門から見る景色が好きなのです」

「君には呆れたものだ」

「も、申し訳ありません」

「明日は朝から雪かきだ。重労働だが手伝ってくれるかね?」

「──!?」



 ザイトリンの目から大粒の涙がこぼれた。



「ポンセさん、いいのですか?」

「とりあえず、仮採用だ」

「有難うございます!」

「騎士団長は、私が何とか説得してみる」



 こうして、ザイトリンは門番への第一歩を歩み始めたのだった。



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