第26話 ジョアンヌの決意


 私の名はジョアンヌ。


 邪神を信仰するカルト教団に潜入して、30日が過ぎた。



「おいブタ子」

「……は、はい!」

「食事はまだ出来ないのか?」

「も、もうすぐ出来ます」

「ノロマめ、早くせぬか!」



 迷宮の地下5階。巨大な地底湖のほとりに私は住んでいる。そしてそこで私はブタ子と呼ばれ、こき使われているのだ。



「くそがっ! あいつらいつか殺す!」

「ジョアンヌ、聞こえるぞ!」

「ザルーダ、あんた悔しくないの!?」

「今は耐えるしかないだろうが」



 ザルーダはすっかりカルト教団の一員になっていた。貴族として一国の宰相までなった男なのに。



「おいトカゲ、生贄は用意出来てるか?」

「はい、すぐに用意します!」

「バカ野郎、遅いぞ!」

「も、申し訳ありません!」



 ザルーダは「トカゲ」と呼ばれている。本当に情けない。


 そしてザルーダと私は、魔法で眠らせているゴブリン3体を運んだ。こいつらは邪神のエサになる。そう、魔物が邪神の生贄というわけだ。



「グギャ……?」



 運んでいる途中、邪神の生贄となるゴブリンが起きてしまった。



「てめえ、起きてんじゃねぇっ!」



 私は持っていた棍棒で、ゴブリンの頭を思いっきり叩いた。ゴブリンは緑色の血を噴出させてすぐにぐったりした。



 私はストレスの全てを生贄のゴブリンにぶつけて、どうにか生きて来た。



「よし、1、2の3で投げるぞ」

「分かってるわよ」



 ザルーダと私は、運んで来たゴブリンを1体1体地底湖に投げ捨てる。



「…グギャァァァァーっ!!」



 そしてゴブリンの断末魔の叫び声が聞こえてくる。邪神に食われているのだ。




 地下迷宮に住んでいた魔物達は、ヒマンドのいる王城へと向かった。しかし地下迷宮に邪神がいるせいか、魔物は地面からどんどん新たに生まれくるのだ。



 地下5階の一角にもそんな場所があり、そこの地面からはゴブリンが生まれる。



「……ゴブゥゥ」

「死ねぇぇぇ!」

「…グギャァァァァーっ!!」



 地面からゴブリンが生まれると、私は棍棒でそいつの頭をかち割る。



「……ゴブゥゥ」

「死ねぇぇぇ!」

「…グギャァァァァーっ!!」



 また地面からゴブリンが生まれると、私はまた棍棒でそいつの頭をかち割る。



「……ゴブゥゥ」

「死ねぇぇぇ!」

「…グギャァァァァーっ!!」



 これを繰り返して、瀕死のゴブリンを牢屋まで運ぶのだ。邪神のエサが尽きないように、牢屋には常に10体ほどのゴブリンがいる。


 そいつらの早朝の鳴き声で、私はいつも目を覚ますわけだ。




──ある日の事だった。



「おいブタ子」

「はい。何でしょう?」

「お前の料理はまずい」

「……え?」

「いや料理だけではないぞ」

「はぁ……?」

「料理は出来ない、掃除も出来ない、容姿はオーク。お前女として終わってるぞ」



 カルト教団幹部の罵詈雑言に、私の中で何かが弾けた。



「ふ、ざ、け、る、な」

「…あん? 何か言ったかブタ子」

「ブタ子じゃぁねえんだよ!」

「貴様、教団幹部に向かって…」

「うるせえぇぇぇええーっ!!」



 私は気が付くと、カルト教団幹部の男を棍棒で叩いていた。いや叩きまくっていた。数分後、その男はもうただの肉片となっていた。



「ジョ、ジョアンヌ、お前!」

「……はぁ……はぁ……」

「ど、ど、どうするんだ!?」

「うるさいわね。私はもうこんな生活まっぴらよ!」



 私は棍棒を振って、教団幹部の男の返り血を飛ばした。そんな私を青褪めた表情でザルーダが見ている。



「私はここから脱出するわ」

「そ、そんなの無理だろ!?」

「あんたはどうするのよ?」

「わ、私は……」

「フン、この根性無しが!」



 私はザルーダ、…いやトカゲ野郎には愛想が尽きた。私は学んだ。貴族としての血統なんか何の役にも立たないし、何の価値も無いと。





 それが人間として重要なのだ。




 私は棍棒を高々と振り上げると、カルト教団の男達に闘いを挑んでいった。



「うおらぁぁぁーっ!」

「…ブタ子、何のつもりだ!?」

「うるせぇぇぇーっ!」

「ぐはぁぁぁぁーっ!」



 私の棍棒はどんどん赤い血で染まっていった。しかし教団の人間には腕っぷしの強い男もいる。でも私は負けなかった。



 負ける訳にはいかなかった。私は息子達を酷い目に合わせたセロニアスを八つ裂きにするという使命がある。


 だからこんな地下迷宮でくたばっている場合じゃぁないのだ。



「うおらぁぁぁーっ!」

「ま、待て、話せば分かる!」

「うるせぇぇぇーっ!」

「ぐはぁぁぁぁーっ!」



 私の衣服はボロボロになり、顔は泥と血に染まっていた。



「うおらぁぁぁーっ!」

「オークだ、メスオークが出たぞ!」

「誰がオークだ、この野郎!」

「ぐはぁぁぁぁーっ!」



 気が付くと私は、カルト教団を壊滅させていた。教祖のジジイが留守だったのも幸運だった。


 私の眼の前には地下第4階層に続く階段があった。



「ザイトリン、ヒマンド、待っていてね。母上は必ずここを脱出するわ!」



 私は強い覚悟を持って、階段を上っていった。



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