第20話 邪神(モーリス視点)


 私の名はモーリス。近隣諸国までその名前は轟いている。


 人々は私の事を「大賢者」と呼び、私はその名に恥じない偉業を成し得て来たつもりだった。



 しかし……


 今現在の私は、帝国軍によって王城地下の牢獄に監禁されている。いや私だけでなく、宰相ザルーダ、王妃のジョアンヌも同じ牢屋に監禁されているのだ。



「モーリス! お前が無能だから!」

「大賢者なんて、聞いて呆れるわっ!」



 2人からの罵詈雑言が止まらない。でも私は、それに対して謝ることも怒ることもない。そういった気力がもう全くないのだ。



 転移の魔法も魔力切れで使えない。私はあの戦いで全てを出し尽くした。70年の人生で積み上げて来た魔法の知識と技術、その全てを眼の前の敵にぶつけたのだ。




 しかし私は……


 セロニアスの飼っている犬に負けた。



 生後5ヶ月ほどの犬だそうだ。私は自分の全てが否定されたように思えた。



 牢獄では1日2回の食事と排泄以外やる事もなく、私は牢屋の隅でただ寝転んでいた。そして思い出すのは、決まってセロニアス王子の言葉だった。



「モーリス、お前は基本的に無能なんだぞ」

「犬と同じレベル」

「全く役に立っていない」

「先を見る目が絶望的」




 あの「無能のバカ王子」と呼ばれていたセロニアス王子に、現実を突きつけられたのだ。彼の言っている事は全て正しいのだろう。



 実際私は何の役にも立っていないし、最悪の事態を招いてしまった。



「すぐに帝国の属国にされるぞ」

「父上は各国のバランスを考えている」



 王子の言葉は本当だった。私はこの王国の民に、一体どうやって償いをすればいいのだろう。


 

 宰相のザルーダも監禁するとは、もはや帝国に属国どころか植民地にされてしまうのかもしれない。




 私は人を見る目も、先を見る目も無かった。


 もう一度やり直せるのならやり直したい。小物のザルーダなどではなく、リチャード国王やセロニアス王子に仕えたい。




 

───そんな事を考えている時だった。



「…じゃ、邪神だあぁぁぁーっ!」

「に、に、逃げろぉぉぉっ!」



 牢獄の衛兵達が急に騒ぎ出した。しばらくすると牢獄も地響きでグラグラと揺れた。



「あ、あなた、何が起きてるのかしら!?」

「衛兵が全て逃げてしまったようだぞ!」



 ザルーダとジョアンヌは、鉄格子にしがみついて狼狽している。何が起きたか知らないが、私はもうどうでも良かった。もう生きるのが辛かったのだ。


 時間が経つと天井が少しづつ崩れて、瓦礫が沢山落ちて来た。ザルーダ達はもう完全にパニックになっている。



「…モ、モーリス、何とかしろっ!」

「て、て、転移の魔法を使いなさいよ!」

「死にたくないっ! 死にたくないっ!」

「ちょっとザルーダ、あなた男でしょっ!?」



 

 そんな時、まさかの人物が私達の眼の前に現れた。



「全く世話がやけるなぁ」

「「…セ、セ、セロニアスっ!!」」



 何と鉄格子の前にはセロニアス王子が立っていた。彼は力任せに鉄格子を曲げると、牢屋の中のザルーダとジョアンヌをすぐに逃した。




「モーリス、逃げるぞ」

「…セロニアス王子、こんな無能な老いぼれを助けて下さるのか?」



 セロニアス王子は笑った。



「困難は人を成長させる。苦しい時は成長している時なんだぞ?」

「──!!」



 私は頭を稲妻で打たれたような衝撃を受けた。彼の言葉は「70歳でも80歳でも、いや死ぬまで成長し続けろ」という意味なのだろう。



 私はこの命が尽きるまで、この王子に仕えようと心に決めたのだった。








 私と王子が城の外に出ると、空に目を疑うような生物、いや生物の枠を超えた巨大な何かが浮遊していた。



 その巨大生物の大きさは王城と同じ、いやそれ以上あるだろう。巨大で邪悪な顔からいくつもの手足が生えている。



「邪神が復活しちゃったんだよな」

「邪神ですと……!?」

「ああ、父上はあれをコントロールして、帝国への抑止力にしようと思ったらしい」



 私は開いた口が塞がらなかった。



 そんな中、空にいる邪神はその禍々しい大口を開き、炎に包まれた隕石の雨を放出した。王城がどんどん崩れていく。



「おお、すっげー」

「お、王子、関心している場合ではありませんぞ!?」




 セロニアス王子は笑みを浮かべると、上空に向かって指笛を吹いた。気が付くとワイバーンが目の前に現れ、彼はその背に飛び乗った。



「モーリスは隠れてろよ。弱いんだから」

「王子、まさかあれと戦う気ですかっ!?」

「久々のいばらの道だ。俺はこれを求めてたんだよ!」



 

 王子を乗せたワイバーンは空高く舞い上がり、やがて邪神目指して飛んでいった。



「巨大ウンコ野郎っ!かかって来いやぁっ!」



 邪神はセロニアス王子を乗せたワイバーンに気が付くと、炎に包まれた隕石で撃ち落とそうとした。いくつかの隕石がワイバーンと王子をかすめる。



「王子、危ない! 逃げるのです!」



 私は傷だらけになった王子を見てそう叫んでいた。しかしそれでも王子は笑っていた。



「オラーっ、俺はまだ生きてるぞ!」



 王子の挑発に乗った邪神は、さらなる大口を開けて隕石の雨を噴出させようとした。


 まずい、あれ以上の攻撃を受けたら王子は死んでしまう──と私が諦めかけた時だった。





「──絶対女王蹂躙波メガ・サディスティック!!」




 何と邪神の背に、とてつもない魔力の塊が直撃したのだ!


 私が目を凝らして見ると、魔法が放たれた方向に1人の女戦士がいた。


 そうそれは、紛れもなく──王女アンジェだった。




 邪神の背中に大きな亀裂が入り、紫色の体液がドバドバと流れている。それでも邪神は微動だにせず、背後のアンジェに襲いかかろうとしていた。



 

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