第17話 禁呪


「こ、この2つの塊がザイトリンなの!? 」


 

 捕虜交換によって助けられたザイトリンは、ジョアンヌとザルーダの元に運びこまれた。



 しかし、アンジェ軍の狂人達に必要以上に痛め付けられ、2つに引き裂かれた彼の体は、もはや肉の塊にしか見えない。



 だがザイトリンの体は、少しづつだが修復されていった。



「……は、母……う…え」

「塊がしゃべった!?」

「ジョアンヌ、この肉の塊はザイトリンだ!」

「………!?」



 しばらくの間、ジョアンヌは膝を付いて呆然とし、ザルーダとモーリスは強い焦燥感にかられていた。

 


「おのれっ! アンジェ軍とは徹底抗戦だ!」

「ザルーダ様、それどころではありません」

「……く、くそっ、 分かっておるわ!」



 魔物の群れの侵攻を止める為の捕虜はもういない。ジョアンヌ派は一気に窮地に追い込まれていた。



「お2人は、安全な所へお逃げ下さい」

「モーリス、お前はどうするのだ!?」

「もはや、この命をかけて魔物を止めるしかないでしょう」

「モ、モーリス……」



 ザルーダの目には涙が浮かんだ。


 そして、モーリスは転移の魔法を使う為、魔法陣を出現させた。



「待ちなモーリス。私もいくぞ」

「イメルダ、生きては帰れんぞ」

「ふ、戦って死ねるなら本望だね」



 女戦士イメルダが、モーリスの後を追って魔法陣に入った。








 

 その頃、北門ではセロニアスと魔物のボス達が、高級紅茶と甘い物を楽しんでいた。



「ほう、この紅茶は芳醇な香りだ」

「ウガァ(ほのかな渋みもある)」

「ウンモーッ(コクもあるな)」

「ブヒィッ(それでいてスッキリしてる)」



 するとそこに転移の魔法により、モーリスとイメルダが現れた。2人には決死の覚悟の表情が現れていた。



「セロニアス王子」

「お、モーリスか、お前も紅茶飲むか?」

「つまらない冗談ですな。それより…」

「何だ?」

「無駄だとは思うが、このまま引き返してもらう訳にはいくまいか」



 モーリスの発言に、セロニアスは表情を険しくさせた。それを見たモーリスとイメルダに緊張が走る。



 モーリスはゴクリと生唾を飲んで、セロニアスの返答を待つ。








 セロニアスは、ゆっくりとその口を開いた。








「…ん、そう言えば何しに来たんだっけ?」

「ガウァァ…?」

「ブヒィィ…?」



 セロニアス、ポチマル、そしてサブリナも良く思い出せない。しばしその場に沈黙の時が訪れる。



 そして、甘い物を夢中で頬張るサブリナを見ていたセロニアスは、ようやく思い出した。サブリナの姿に1人の男の姿が重なったのだ。



「──ヒマンドだ!」

「…ブ、ブヒィ!(ダ、ダーリン)」



 紅茶と甘い物を楽しんでいた魔物達にも、一気に怒りの炎が再燃した。



「愛する2人の仲を切り裂きやがってぇ!」

「「ガルァァァ!(人間共め、許さん)」」

「この恨み、一時も忘れた事がないぞぉ!」

「「ガルァァァ!(その通りだっ)」」



 セロニアスはワイバーンに飛び乗り空高く飛翔する。そして魔物達はそれぞれ武器を手にした。



「てめえモーリス、ヒマンドを返せ!」

「な!? ヒマンド様を取返しに来ただけなのか!?」

「あぁん? 他に何があるんだ?」

「ジョアンヌ派の殲滅ではないのか!?」

「なんだそりゃ?」

「…し、しかしヒマンド様を渡す訳にはゆかぬ!」



 モーリスは覚悟を決めると、隣にいたイメルダに語りかけた。



「イメルダ、私はこれから全ての魔力と生命力を使い、特大魔法を放つ」

「モーリス…!」

「それでもSクラスの魔物は生き残るだろう」

「……それは私と騎士団に任せろ」

「頼んだぞイメルダ」



 モーリスは微かに笑い、イメルダの目は涙で潤んだ。彼女はモーリスと共に乗り越えて来た苦難を思い出していた。



 また、死地に赴こうとするモーリスも、今までの人生が脳裏に思い浮かんでいた。



 厳しかった師匠。

 命を懸けた戦いの日々。

 そして人類の英知である魔法の追求。



「私の70年の人生。全ての労苦は、この時の為にあったのであろう」




 モーリスの眼の前には、ワイバーンに乗ったセロニアスが迫っている。



「モーリス、軟弱な魔法など利かんぞ」

「バカめ、自分の命を削って使う禁呪だ」



 モーリスは、大賢者だけが使えると言われる「超究極破壊魔法」の詠唱に入る為、大賢者の杖を天に掲げた。



 するとセロニアスは、抱っこしていた小型犬のハニマルに話しかけた。



「ハニマル、頼むぞ」

「ワンワンっ!(任せろ)」



 するとハニマルもモーリスと同じ魔法の詠唱に入った。



「古の盟約により目覚めよ破壊の邪神…」

「ワンワンワンっ、ワンワンワンっ……」



 モーリス、ハニマル、両者の頭上に、大地を揺るがす程の魔力が増大していった。



「食らえっっ! 大隕石爆裂地獄メテオ・ヘル・ボム!」

「ワンワン!(大隕石爆裂地獄メテオ・ヘル・ボム!)」



 2人の超特大魔法が空中で激しくぶつかり合った。そしてそれは凄まじい爆裂音と共に消滅してしまった。





「………へ??」

「ワンワンっ!」



 モーリスは絶句した。傍にいたイメルダも大口を開けて絶句していた。



「おお、凄いぞハニマル」

「ワンワンッ」

「また凄い魔法覚えたなぁ」



 モーリスは何が起きたのか全く理解出来なかった。



「……え、ウソ?」

「モーリス、どういう事だ!?」

「あの禁呪は大賢者しか使えない物…」

「モーリス、子犬が使ってたぞ!?」

「こ、子犬だと…!?」

「お前、魔物1匹も倒してねえじゃねえか!」



 モーリスは両膝を地面に付けて、今にも倒れそうになった。



「あり得ない、絶対にあり得ない、ウソだ」

「しっかりしろモーリス!」


「あ、あり得ない、…あ、あり、あり、ありありありありありアリアリ」

「モーリス!」

「アリアリアリアリアリ、アリさん、…アリさんだよ、アリさんいるよーぉぉ!」


 

 イメルダはモーリスを殴って正気を取り戻させた。



「バカヤロー!」

「……は!…す、すまぬイメルダ」

「お前がしっかりしなくてどうする!?」



 そこにワイバーンからセロニアスが飛び降りて来た。



「モーリス、お前は魔法に逃げた」

「……な、何だと!?」

「魔法に頼るからこうなるんだ」

「……だ、黙れ!お前に何が分かる!?」

「チェックメイトだ、モーリス」

「まだ終わっちゃいないよ」



 モーリスを斬ろうとしたセロニアスの前に、イメルダが立ちはだかった。

 

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