第16話 走れ!モーリス
南門では国王派閥の捕虜の解放が始まっていた。兵士や文官達が続々とアンジェ軍の方に歩いて来る。
「アンジェ様、有難うございます!」
「た、助かった!殺されるかと思った!」
「アンジェ軍万歳!」
解放された捕虜達からはアンジェ軍を称える言葉が飛び交った。そして最後の1人が解放されると、アンジェはモーリスに尋ねた。
「モーリス、これで全員か?」
「はい」
「カーターの姿が見えんが?」
「はて? 捕虜が城内に取り残されていないか、確認しているのでは?」
アンジェはモーリスの顔を覗き込んだ。モーリスは平静を装う。
「おいお前ら、このジジイは約束を破った。ザイトリンをすぐに殺せ」
「は!すぐに殺します」
モーリスは一気に血の気が引いていった。
「…な、な、何を言うか!? 待て、とにかく待ってくれぇぇ!」
「お前カーターを殺したな?」
「こ、殺してない!カーターは生きておる」
「本当は殺したんだろうが」
「本当に殺してない、す、すぐに連れて来る!」
アンジェはモーリスの顔ををじっと見ている。
「本当だろうな?」
「本当だ!頼むから待っててくれ!」
「10分だけ待つ。お前が連れて来い。1秒でも過ぎたらザイトリンは殺す」
「10分は無理だ!私は70歳だぞ!」
「じゃあ9分だ」
「…………!!」
「時間の変更はもうしない。モーリス、すぐに走れ」
モーリスは愕然としながら、王城の中へと走っていった。彼は7分ほど全力で走り、そこで限界を超え倒れ込んでしまった。北門にはまだ程遠い。
「…はぁ……はぁ……くそっ、あの悪魔め!」
そしてモーリスは、やっとある事に気が付いた。
「…あ、転移の魔法があるではないか!」
♨
その頃、サンポール大臣は捕虜のカーター達を連行し、北門に辿り着いていた。
「セロニアス、捕虜を連れて来たぞ!」
「何!?」
高級茶葉の紅茶を魔物達と楽しんでいたセロニアスは、サンポール大臣の方を見た。するとそこには手枷をされた騎士団長カーターの姿があった。
「カーター?」
「セ、セロ様、申し訳ありません!」
するとそこに、転移の魔法で瞬間移動してきたモーリスが姿を現した。
「セロニアス王子!」
「お、モーリスじゃないか」
「この通りカーターは我々の手の中だ!」
「モーリス久しぶりだな、尿漏れとかしてないか?」
「そんな事はどうでもいい!」
「そうなのか?」
「王子、カーターを見たな!?」
「え、見たけど何だよ?」
「いいか人質だぞ!理解したか!?」
「え、まぁ理解したけど」
「じゃあカーターは連れて行くぞ!」
するとモーリスはカーターを連れて、転移の魔法でどこかへ行ってしまうのだった。
その場に残されたセロニアスとサンポール大臣は、ポカンとしている。
「…と、とにかく我々には捕虜がいるのだ!」
「おい、チンポール」
「サ、サンポールだ、間違えるな!」
「サンパウロ、お前ら何か隠しているな?」
「え!? …な、何を言っておるのだ?」
セロニアスはサンポールの顔をじっと見つめる。サンポールは冷や汗が止まらない。
「何かモーリスの奴、焦っていなかったか?」
「そ、そんな事はないだろ?」
「いや、焦っていた。…ひょっとしてあれはカーターではないな?」
「何を言っておる! 顔を見て声も聞いただろ!?」
「そっくりさんで、声真似もしてるんだろ」
「ち、違う! あれは本人だ!」
「いや、あれはカーターじゃない。俺は長い付き合いだから分かるんだ」
サンポールは酷く焦っていた。自分達に都合の悪い勘違いをするセロニアスに、どう対応していいのか分からなくなってしまった。
「お前らは俺を騙した。魔物達に攻撃命令を出す」
「ちょ、ちょっと待てえぇぇー!」
「何だよ、もう待ってられないよ」
「も、もう一度連れて来るから待ってくれ!」
「え~、こっちは急いでるんだよ」
「そ、そうだ、もっと高級な茶葉があるんだよ! それに甘い物も用意しようではないか!」
「たく、しょうがねえな。急いでくれよ」
「ま、任せてくれ!」
サンポールは顔面蒼白にして、南門へと全力で走っていった。
♨
その頃、南門ではカーターを連れたモーリスがアンジェ軍と交渉していた。
「アンジェ王女、カーターを連れて来たぞ!」
「9分ギリギリだったな」
「すぐにザイトリン様をこちらへ引き渡せ!」
「よかろう」
アンジェ軍の男達が、死体寸前のザイトリンを引きずってモーリスの方へ運んで来る。
「ザ、ザイトリン様を引きずるな!」
「チっ、うるせえジジイだな」
アンジェ軍の男達は、面倒くさそうにザイトリンの体を持ち上げて、それを前方へ力いっぱいぶん投げた。
「き、貴様ら、何て事をするのだ!」
モーリスが憤慨していると、そこに疲労困憊になったサンポール大臣が、よろめきながらやって来た。
「……はぁ……はぁ……」
「サンポール大臣、一体どうしたのだ?」
「セ、セロニアスが、カーターは偽物だと言っています」
「何をバカな!」
「もう一度、カーターを見せなければなりません!」
2人が話し込んでいると、そこにアンジェが歩み寄った。
「モーリス、早くカーターを解放しろ」
「…くっ!」
「どうした、約束を破るのか」
「も、もう少しだけ解放を待っくれ」
「おいお前ら、ジジイは約束を破った。すぐにザイトリンを惨殺しろ」
「は! すぐに惨殺します」
「ま、待てえぇぇぇえーっ!」
モーリスは仕方なくカーターを解放した。それを見たサンポール大臣は膝から崩れ落ちた。
そして、ようやく解放されたカーターは、涙を流して喜んだ。
「アンジェ様、ご立派になられて!」
「カーター泣くな、無事で何よりだ」
「有難うございます!」
カーターを始めとする国王派閥は、アンジェ軍によって全員無事に保護された。
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