第13話 クーデター


 王城、国王謁見の間。そこもすでに、ジョアンヌ派閥によって占拠されつつあった。



 玉座に座ったままの国王リチャードの前には、女戦士イメルダを先頭に精鋭の兵士20人が剣を構えている。さらに後方には、宮廷魔術師モーリスも控えていた。



 

 そして、リチャードの前に姿を現した宰相ザルーダは、勝ち誇った顔でその口を開いた。

 


「陛下、いやリチャード。私の留守中に息子達が随分と世話になったな」

「世話したのはセロニアスだ」



 国王リチャードは欠伸あくびをしながら、宰相ザルーダに返答した。



「そ、そんな事はどうでもいい! こともあろうに、ザイトリンをゾンビにしやがって! お前らは悪魔か!?」



 リチャードは鼻毛を抜いて、それをふっと飛ばした。



「ザイトリンは、ゾンビになって幸せだと言っていたがな」

「そんな訳があるかぁぁー!」

「友達も初めて出来たようだし」

「ふ、ふざけるなぁぁーっ!」

「本当の事だぞ」

「もういい、この男を今すぐ殺せ!」



 ザルーダはイメルダに命令する。しかしイメルダは動かない。いや彼女は動けなかった。



「ほう、俺の強さが分かるか」

「ど、どうしたイメルダ、早くこの男を殺すんだっ!」

「……こいつはヤバい」

「は!?」

「おそらく全員でかかっても勝てないよ」

「……な、何だと!?」



 そこに話を聞いていたモーリスが歩み寄って口を開いた。



「無理に戦う必要は無い。こちらには人質がいるのだ。陛下とは私が交渉しよう」

「モーリス、お前は賢いと思っていたが」

「あなたが国王では、この国の未来が見えないのです」

「なるほど。……で、交渉とは?」

「捕虜を釈放する代わりに、この国から出て行ってくだされ」



 モーリスのその言葉を聞いたザルーダが憤慨する。



「モーリス貴様! 何を言っておる!」

「国外追放です。それで手を打ちましょう」

「だ、ダメだ! こいつら親子は処刑だ!」

「それは無理です」

「こいつらはザイトリンをゾンビにし、ヒマンドをオークと結婚させたのだぞっ!」

「処刑は、私達全員の命を引換えにせねば出来ません」

「……何だと!?」



 モーリスは強い眼差しでザルーダを見た。



「…く、くそがっ!」

「何卒ご理解くだされ」

「せめて全財産も没収だ! これは譲れんぞ」

「別に構わんよ」



 ザルーダの提案に国王リチャードはすんなりと返答した。そして言葉を続ける。



「…でもなぁ、この後大変だぞ」

「何がです?」

「色々とやりかけだったから、後処理が」

「それは想定済みです。ザルーダ様と私で国政は立て直します」

「いやぁ、そんな簡単じゃないぞ」

「承知の上です」

「本当にいいのか? 後悔しないか?」



 リチャードとモーリスのやり取りを聞いていたザルーダが、我慢出来ずに口をはさんだ。



「貴様達がいない方が全て上手くいくのだ! 早く荷物をまとめて出ていけ!」

「分かった。その代わり捕虜には絶対に手を出すなよ」

「それはこのモーリスが約束しましょう。」



 その1時間後、荷物をまとめたリチャードは王国を去っていった。







 その頃、王城からほど近い平野では、アンジェ率いる500騎の遊撃軍がザイトリン率いる5000の騎馬隊と対峙していた。



 ザイトリンはアンジェに聞こえるように声を張り上げた。



「アンジェよ、随分と人数が減ったものだなぁ?」

「去る者追わずだ」



 アンジェ軍は元々1万騎以上いたが、ジョアンヌ派のクーデターを知るとその殆どが命惜しさに、投降していた。



「アンジェよ、もう王城は我々が占拠したぞ」

「ほう。それで?」

「ククク。強がるでない。こちらには千人の捕虜もいるんだぞ? 捕虜を殺されたくなければ、お前らも今すぐ投降するのだ」



 アンジェは自軍に命令を下した。



「全員武器をその場に捨てろ」

「そうだ、それでいいのだアンジェよ」

「それでお前は、私も捕虜にする気か?」


「ククク。…お前は私の性玩具にしてたっぷり可愛がってやるぞ。お前は狂暴だからな、手足の腱を切断して自由を奪い、一生私の奴隷にしてやろう」



 平野にはザイトリンの卑しい笑い声が響き渡った。するとアンジェは深いため息を付いて、部下達に尋ねた。



「お前ら、ゾンビがあんな事言っているがどうする?」

「…あん? 何をほざいておるのだ」



 ザイトリンがアンジェ軍を見渡すと、全員がすでに戦闘態勢に入っていた。



「…貴様らはバカなのか!? たった500人で我々と戦うと言うのか!?」

「「その通りだ」」

「…ぷっ! …ぷはははははぁぁぁーっ! アンジェ目的で入隊した軟弱な男共が、5000の騎馬隊に対し何が出来るのだっ!?」



 しかし、ザイトリンはアンジェ隊の男達の違和感に気が付いた。



「……ん? 貴様らなぜ上半身裸なのだ?」

「こいつらには防具の着用を禁じていてな」

「はぁ!?」

「武器も、ひのきの棒しか持っていない」

「何を言っておるのだ…?」



 ザイトリンはアンジェ軍が捨てた武器を見てみた。するとそこにあったのは紛れもなく「ひのきの棒」であった。



「こいつらは自分に厳しくてな」

「はぁ!?」

「私は短剣くらい持ったらどうだと言っているんだが、どんどんエスカレートしてな。今では素手の奴もいるくらいだ」

「…………!?」



 アンジェの言葉に、ザイトリンはしばらく言葉を失った。



「アンジェ様、このゴミ虫共を殲滅して構いませんね?」

「ふ、好きにしろ。ただし全員素手で戦え」

「は!」


「……バ、バカを言うな。こっちは5千騎だぞ!? それに捕虜がどうなってもいいのか!?」



 アンジェ隊の男達にはザイトリンの言葉は全く届かず、どんどんその距離を詰めていく。



「このクソゾンビが 」

「身の程を弁えろ、バカ王子」

「アンジェ様を愚弄した罪は万死、いや億死に値する!」



 アンジェ隊の男達の狂気染みた迫力に気圧され、ザイトリンは顔面蒼白になり後ずさりしていた。


 

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