第12話 セロニアスの涙


 地下迷宮ダンジョンで、サブリナが化粧直しをしている頃。


 披露宴会場では、ヒマンドの親族代表としてセロニアスが挨拶をしていた。



「え〜、昔から結婚生活には大事な1つの袋があると言われています。それはキャン玉袋であり、そのキャン玉袋こそが、キャン玉袋を育み…」



 会場に集まった魔物達は、うんうんと頷いてセロニアスの話を聞いている。




「え〜、それとヒマンドは昔からオークにそっくりでした。彼と会う度に、オークが城内に攻め込んで来た!と思って斬り付けようとした事もあります」



 セロニアスのブラックジョークに、会場が大きな笑いで包まれた。



「逆に森でオークに会った時、げっ、ヒマンドがいる! と思って斬り付けようとした事もあります」



 どっちも斬り付けるのかよっ! と言わんばかりに、またも会場が笑いで盛り上がった。




───そんな時だった。


 花婿のヒマンドが姿を消したと、新郎新婦の世話係をしていたオークから報告が入った。会場からは笑いが消えザワザワと不穏な空気が流れる。



「ブヒィィっ!?(どういう事だ)」

「ゴブゥ!?(逃げたのか)」

「グガァ!(いや、2人は愛し合っていた)」

「ウンモォ?(まさか人間に攫われた?)」

「ブヒィィ!(そうに違いない」



 披露宴に招かれていた、ダンジョンの各階層のボス達。


 彼らは緊急会議を開き話し合った。そしてそこに、ヒマンドの事を聞いたサブリナが慌ててやって来た。



「…ブヒィィっ!(ダ、ダーリンが、私のダーリンがぁぁ)」



 膝から崩れ落ちたサブリナを、父親のオークキングが涙を流しそっと抱きしめる。それを見ていたセロニアスも涙した。



「愛し合う2人の絆を引き裂くとは! …ゆ、許さん、許さんぞぉぉーっ!」



 セロニアスの涙と大声に、会場の思いも1つとなる。そして全ての魔物達が唸り声を上げた。その唸り声は地下迷宮を大きく揺るがすほどであった。


 






 

 その頃、王城では変わり果てた姿のヒマンドを見て、ザルーダは絶句していた。



「…………」

「メスオークの、よ、よだれ、だれ、だれ、…だれなのー? …あはっ、あははははぁぁああ〜」



 ヒマンドの焦点は合わず、意思疎通も全く出来ない。



「く、くそがぁぁああー!」

「…お、お気持ちお察しします。ザルーダ様」

「うるせぇぇええーっ!」

「ぐはぁぁーっ!」


 ザルーダに声をかけた包帯姿のサンポール大臣が、また思い切り殴られた。



「…も、もう我慢出来んぞっ!」

「ザルーダ様、冷静に」

「なれる訳あるかぁっ! クーデターだ、予定より早いが今から王城を占拠するぞ!」

「あの国王を甘く見てはなりません」

「黙れモーリスっ!こっちには帝国が付いているんだぞ!」

「帝国の援軍を待つべきです」

「黙れと言ったら黙れぇ!クーデターだぁ!」



 ザルーダは帝国の視察時に、皇帝と交渉して同盟協定を結んでいた。


 翌日に帝国から援軍が派遣され、ジョアンヌ派と共闘する手筈となっている。しかし怒り心頭のザルーダは、帝国の援軍が待ちきれなかった。



 モーリスがどうにかザルーダを止めよう試みるが、もう何を言っても無駄であり、モーリスも腹をくくるしかなかった。







 ジョアンヌ派、突然のクーデター。


 不意を突かれた国王派閥の兵士達は、短時間でその殆どがジョアンヌ派閥の兵士達に拘束されてしまった。



 中でも不死の体を手に入れたザイトリンは、圧倒的な強さで国王派閥の兵士達を蹴散らしていったのだった。



「あははっ 私はこの時を待っていたのよ!」

「母上、ついにこの時が来ましたね」

「そうよザイトリン。今こそあなたが国王に……こ、国王…」

「は、母上……!?」



 ジョアンヌはザイトリンのゾンビ顔を見て、その言葉を飲み込んだ。そしてそれを察したザイトリンは、怒りが沸々と込み上げて来た。



「くそがぁぁー! 国王もセロニアスもぶっ殺すっ!」



 ザイトリンは、拘束されていた騎士団長カーターに近づき、思い切り蹴りを入れる。



「──ぐあぁぁ!」

「おいカーター、私の顔は醜いか?」

「……な、何だと?」

「私はゾンビで醜いと思っているな!?」

「…あぁそうだよ! 醜いゾンビは陛下に斬られて地獄に落ちるさ」

「き、貴様〜! 今すぐ殺してやるっ!」



 ザイトリンが、カーターに斬りかかろうとした時、傍に控えていたモーリスが彼を諌めた。



「ザイトリン様、捕虜を殺してはなりません」

「あん? モーリス貴様、皇太子に命令するのか!?」

「それよりも、アンジェ隊が動きました」

「!……ほう、思ったより速かったな」

「あと半時ほどで王城に到着する見込みです」

「くく。…よしアンジェは私が相手しよう」



 ザイトリンは口から垂れたヨダレを拭くと、だらし無い笑みを浮かべた。



「アンジェの奴、容姿だけはいいからな。私専用の性玩具にしてやる! セロニアスがどんな顔するか楽しみだ!……グハ、グハハハハハァァァーっ!」


「ザイトリン様、油断せぬよう…」

「ふっ、あの隊はアンジェ目的で入隊した軟弱な男達ばかりだ。不死の体を持つ私の敵ではない!」



 モーリスもアンジェの美貌と、それを目的に入隊する兵士達の噂はよく聞いていた。アンジェの剣技は他を圧倒するが、蛇の頭さえ潰れればどうにかなると計算していたのだ。



 モーリスが思考を巡らせていると、そこにジョアンヌ派閥の兵士から報告が入る。



「モーリス様、イメルダ様が国王派閥を追い詰めました!」

「そうか。ではそのまま待機させよ」

「はっ!」

「国王には手を出すなと、イメルダに釘を刺しておくように」

「畏まりました!」



 こうして国王派閥は徐々に追い詰められていった様に見えたが、ジョアンヌ派閥にはとんでもない未来が待ち受けていたのだった。

 


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