第11話 復活のザイトリン



 宰相ザルーダの執務室では、サンポール大臣が泣き叫んでいた。



「ゆ、許してくださいっ」

「それは無理な相談だねぇ」

「もう叩かないでぇぇえーっ!」

「ブタ大臣、宰相はとてもお怒りだよ」

「…ぎゃあぁぁぁーっ!」



 サンポールは下着姿にされて、ザルーダ側近の女戦士イメルダに鞭で何度も叩かれていた。



「サンポール貴様、ヒマンドを見捨てて逃げるとは、一体どういうことだ!?」

「…お、お許しを、ザルーダ様!」

「もしヒマンドに何かあれば、貴様を殺す!」

「ひいぃぃーっ!」



 するとそこに、宮廷魔術士のモーリスが執務室のドアを開けて入って来た。

 


「…モーリス、ザイトリンはどうなったのだ!?」

「今は眠っております。数時間で自我を取り戻して目覚めるでしょう」

「…ふむ、そうか」

「それとヒマンド様の事でしたな」

「そうだ、居場所が分かるか?」

「魔道具ですぐに分かります」



 モーリスは懐から、魔道具である遠見の水晶球を取り出した。そして呪文の詠唱を始める。すると1つの風景が映し出された。



「……こ、これは」

「何が見えたのだモーリス?」

「ヒマンド様が……」

「ヒマンドがどうしたのだ!?」

「メ、メスオークと…」

「メスオークだと?」

「ヒマンド様とメスオークが、け、結婚式を挙げておられます」

「…はぁぁあ!?」


 

 ザルーダは言われた事が理解出来ず、魔道具の水晶球を覗き込んだ。



「…な、何だこれは!?」


 するとそこには、幸せそうに頬を赤らめているメスオークのサブリナが、顔面蒼白になっているヒマンドに、誓いの口付けをしていた。



「な、なんじゃこりゃあぁぁ!」

「ヒマンド様はオーク達に監禁され、玩具にされておるのでしょう」

「…何だと!?ふざけるなぁ!」



 怒り心頭のザルーダは、モーリスの首根っこを掴み恫喝した。



「…ザルーダ様、どうか落ち着き下され。ここは一刻も早くヒマンド様をお助けするべきかと」

「……そ、そうであったな」

「全てこの老いぼれにお任せを」

「ふむ。大賢者と呼ばれるお主に全て任せるぞ!」

「有難うございます」



 こうしてモーリスを中心とした、王派閥への逆襲が始まろうとしていた。







 その2時間後。ザイトリンはモーリスの魔法により、寝室で自我を取り戻した。そしてその後、ずっと鏡を見続けている。



「…………」

「ザ、ザイトリン様…?」

「…わ、私は……ゾ、ゾ、ゾンビ!? 私はゾンビなのか…!?」

「ザイトリン様……」



 若いメイド娘のアニーは、ゾンビになってしまった第1王子に何と声をかけていいのか分からなかった。



「アニーよ、わ、私はゾンビなのか?」

「…………」

「答えよアニー! 私は醜いゾンビなのか!?」

「ち、違います! ザイトリン様はゾンビではありません!」

「違うのか!? でも顔色が青紫色だぞ!?」

「それは、貧血に違いありませんっ!」

「貧血? …で、でも目玉が落ちそうだぞ!?」

「だ、大丈夫です。それはこうやって…」



 アニーは、地面に落ちそうになっていたザイトリンの目玉を、強引に押し戻した。



「ほら、これで問題ございません!」

「も、戻ったな」

「はい、戻りました!」

「…………」

「ザイトリン様…?」

「……ふ、ふざけるなぁぁーっ!!」

「ひ、ひいぃぃぃーっ!」


 

 ザイトリンはソファを持ち上げて、それを鏡台にぶん投げた。身の危険を感じたアニーは猛ダッシュで逃げていく。



「……はぁ……はぁ……お、思い出したぞ! セ、セロニアス、あいつだ。あいつが俺を毒針で殺して、その後ゾンビにしやがった!」



 ザイトリンは再びソファを持ち上げると、今度はそれを寝室の窓にぶん投げた。窓ガラスが割れる音が鳴り響き、ソファは地面へと急降下していった。



 

 その頃、鞭打ち刑から開放された大臣サンポールは、全身の激痛に苦しみながら王宮の外を杖をついてヨロヨロと歩いていた。



「…く、くそ! これも全てセロニアスのせいだ!」



 するとそこにザイトリンの投げたソファが落ちてきて、サンポールの頭に直撃してしまった。



「…か……はっ……!?」



 サンポールはうつ伏せに倒れると、そのまま意識を失ってしまうのだった。








 

 その頃、地下迷宮で行われた結婚式を終えたヒマンドは、控室で1人呆然としていた。この後は披露宴が彼を待っている。



「…私はメスオークの夫。ブ、ブタの魔物が私の花嫁。…ち、ち、ち、誓いの口づけ、…ブ、ブタの唇と臭いよだれ…れ、れ、れぇぇぇええ」



 メスオークのサブリナは化粧直しに向かい、ヒマンドはようやく1人になれた。しかし、すでにその精神は限界を超えつつあった。




 すると突然、そこに魔法陣と共にモーリスが現れた。



「ヒマンド様、助けに参りましたぞ」

「よ、よ、よだ、よだれ、だよ?」

「ふう、自我が崩壊したか」



 モーリスはヒマンドの腕を強引に引っ張り、転移の魔法陣の中に入った。



「さぁ、王宮に帰りますぞ」

「よ、よだれ、は、だれだよ…よだれだよぉ?」

「……やれやれ」



 こうして宮廷魔術師モーリスによって、第2王子ヒマンドは救出されたのだった。

 

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