第10話 ポチマル日記(ポチマル視点)


 俺の名前はポチマル。


 いや、正確に言うと、俺の本当の名前はパトラッシュという。



 王家にペットとして飼われたのは俺が2歳の頃だ。その頃はみんな優しくしてくれて、本当に幸せだった。




「パトラッシュ、今日は俺と寝るぞ」

「兄上ずるい! 今日はアンジェと寝るの!」



 セロニアスとアンジェの兄妹は俺を溺愛して、同じベッドで寝るほど可愛がってくれた。セロニアスが9歳、アンジェが7歳の頃だ。



 その幸せな生活が崩れていったのは、俺が3歳の誕生日を迎えた時だった。



「パトラッシュ、今日はオレガノンの滝にいくぞ!」

「わ~楽しみだね」

「可愛い犬は、滝に突き落とせっていうからな」

「イバラの道だね、兄上」




 2人の兄妹は、大陸最大を誇るオレガノンの滝に俺を連れていった。そして到着すると、あの2人はすぐに俺を滝に突き落とした。



「兄上、パトラッシュ大丈夫かな?」

「やばくなったら、俺がすぐ助ける」




 ガチで俺は死にかけた。全身傷だらけだった。


 だが俺もセロニアスやアンジェの生き方を間近で見てきた。犬だからって毎日ダラダラとは過ごしていない。


 こんな事もあろうかと、毎日ハードな筋力トレーニングを積んで来たのだ。




 俺は根性で滝の上流まで這い上がった。そして俺はそのまま意識を失いかけた。するとあの兄妹の声が聞こえて来たのだ。



「お、パトラッシュ頑張ったな」

「えらいえらい」

上級回復薬ハイポーションをかけてやるぞ」



 俺は上級回復薬ハイポーションをセロニアスにかけてもらい、どうにか命を取り留めた。きっとこの後も、この兄妹は王宮まで俺を運んで看病してくれるのだろうと思った。



 しかし……



「じゃあパトラッシュを置いて帰るぞ」

「えー、もう帰るの?」

「何だアンジェ、名残惜しいのか?」

「……うん」

「じゃあ手紙でも書いたらどうだ?」

「うん、パトラッシュに手紙書く!」



 2人は俺への手紙を書いてすぐに帰っていった。俺はその手紙を見た。




======


パトラッシュへ。


ザイトリンはトカゲに似ています。

そしてヒマンドはオークに似ています。

母親のジョアンヌはオークキングです。


セロニアスより



=====


パトラッシュへ。


アンジェの夢は世界征服です。

兄上と父上を倒して世界最強になります。

あと、ヒマンドはブタに似てます。


アンジェより



======





 でも俺は犬なので、その手紙の文字が読めなかった。



 しかし俺を励ます言葉が書いてあるのだろうと思った。あの2人は俺を厳しく育てようとしている。他のどの動物にも負けない犬に育って欲しいのだろう。



「ワオォォォーン!(生き抜いてやる!)」


 俺は大きく吠えて決意を表明した。




──そして半年が経った。



 俺はオレガノン大滝の周辺にある密林の中で、たくましく成長していた。狂暴な野生動物に襲われても決して負けなかった。



 1人前の犬に成長したと思えたので、俺はあの兄妹のいる王宮に帰ろうと決意した。



 旅は過酷だった。狂暴な野生動物、密猟者、食料難、色々な障害があった。それでも俺はセロニアスとアンジェに会いたい一心で頑張った。



 そして俺はとうとう王宮に辿り着いたのだ。



 しかし……



「あれ? アンジェ、野良犬がいるぞ」

「兄上、私あの犬飼いたい!」



 あの2人は俺の事をすっかり忘れていた。そして2人は俺に「ポチマル」という新しい名前を付けた。



「よしポチマル、さっそく修行だ」

「兄上、どこにいくの?」

「地下迷宮で魔物と戦わせよう」

「わーい!」



 俺は自分の耳を疑った。俺はたくましく成長したが所詮はただの犬だ。魔物に勝てる訳がない。でもその日俺は、2人に地下迷宮へと連れて行かれたのだ。



「いいかポチマル、楽な道を選ぶな」

「いばらの道を選ぶんだよ」

「お前なら立派な犬になれるさ」

「がんばれ」



 2人は俺を地下迷宮に残して、すぐに帰っていった。そこから俺の地下迷宮サバイバルは始まったのだ。



 今思い返すと、地下迷宮でのサバイバルはオレガノンの滝などママゴトに過ぎないと思えるほど過酷であった。



 俺が最初に目を付けたのはゴブリンだった。といっても犬がゴブリンには勝てるわけがない。俺はゴブリンに何度も負けて逃走を繰り返していた。



「ワォォーン!(くそ、ゴブリンめ!)」




 そこで俺は、冒険者達に仲間をやられて逃げ出した1匹のゴブリンを背後から襲った。もうなりふり構っていられなかったのだ。



 そして俺はついに、犬でありながら魔物に勝利した。そしてゴブリンの肉を食った。



 2週間後。俺は魔物の肉を食い続けたせいか、いつの間にか二足歩行の魔物になっていた。そして地下迷宮の第1層に巣くうゴブリン達を支配するようになっていた。



 俺は言うなればダンジョン第1階層のボスとなったのだ。しかし俺はセロニアスとアンジェの言葉を思い出した。



「ポチマル、楽な道を選ぶなよ」

「いばらの道が犬を成長させるんだよ」



 俺は「ダンジョン第1階層のボス」という肩書を捨て、ダンジョン第2階層攻略へのいばらの道を選んだ。



 第2階層はコボルトの群れが支配していた。コボルトは犬の魔物。言わば俺もコボルトなので親近感があったのだが、奴らは突然俺に襲い掛かってきた。



 俺はどうしても負けられなかった。


 相手はダンジョンで初めから魔物だった温室育ちの奴らだ。俺は普通の小型犬だった。死ぬ思いで成長して来たからだ。




 無我夢中で戦った俺は、1日でコボルトの群れを支配するキングとなった。そして群れの中のメスコボルトと夫婦となり、1匹の子宝に恵まれた。

 

 

 俺が元々小型犬だったせいか、子供の外見は小型犬のままだ。しかし中身は魔物であり恐るべき力を持っている。



 こうして俺は主のおかげで幸せな家庭を築く事が出来た。



 犬として甘やかされて育っていたら俺の人生、いや犬生は破綻していただろう。



 セロニアス、アンジェ、には心から感謝している。


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