第5話 大激怒
数週間、行方不明であった第1王子ザイトリン。
大規模な捜索隊も組まれて、連日捜索は続いていたが、ついにザイトリンが見付かった。
「ザイトリンが見付かったですって!?」
「はい! ジョアンヌ様」
「どこにいるの、私の可愛い息子は!?」
「は! ザイトリン様は、ゾンビとなって門番をしております!」
「ゾ、ゾンビになって門番をしていたのね」
「はい!」
「 ……はあぁぁ!!??」
国王正室のジョアンヌは、意味不明な報告を聞き大きく取り乱していた。
「てめえ、ふざけんじゃねえっ!」
「ぐはぁぁーっ!!」
ジョアンヌ側近の兵士は彼女に殴られ、口から吐血した。傍にいた第2王子のヒマンドは、驚愕の表情を浮かべる。
「……はぁ……はぁ」
「母上、落ち着いてください!」
「あんなふざけた報告を聞いて、落ち着いていられますか!」
「とりあえず正門までいってみましょう」
「行かないわよ」
「え、どうしてですか?」
「次期国王になるあのザイトリンが、門番などするわけないでしょう!?」
「しかし、正門前は大騒ぎになっているようで…」
ジョアンヌはヒマンドに説得されて、仕方なく王城の正門前までいってみる事にした。
♨
ジョアンヌとヒマンドは正門前にやって来た。するとそこには、あり得ない光景が広がっていた。
門番を務める兵士達が、ゾンビに肩を揉んでもらっているのだ。
「ザイちゃんは肩もみが上手いな」
「そうですカ? 喜んでもらって嬉しいデス」
「ザイちゃん、今度は俺が揉んでやるよ」
「私の体は腐っているのデ、肩は凝りませんヨ」
「あ、そうかwww」
ゾンビと門番兵達は、和気あいあいと笑い合っている。
「ヒマンド、何ですかあのゾンビは!?」
「母上、あれは兄上ではありませんか!?」
「な、何をバカな事を…」
ヒマンドの言葉を聞いたジョアンヌは、恐る恐るゾンビの方へと歩いていった。しかしゾンビからは強烈な腐敗臭が漂っている。
「…う、臭せえっ!」
ジョアンヌはたまらずに自身の鼻をつまんだ。それでもジョアンヌとヒマンドは、我慢してゾンビの目の前にやってきた。
「母上、お久しぶりデス」
「え!? 本当にザイトリンなの!?」
「ハイ。ザイトリンです。門番してマス」
ジョアンヌはゾンビとなったザイトリンを凝視した。
顔色は生気の無い青紫色。片方の目玉は垂れ下がり、今地面に落ちた。それを慌てて拾うザイトリン。
息子は以前やせ細っていた。しかし、なぜか今はガッシリとして身体つきになっている。
そして全身には無数の刀傷がある。そう、まるで戦場の激戦地で戦って来た兵士のようだ。
「ザ、ザ、ザイトリン…!」
「ハイ、何でしょう母上」
「い、一体なぜ貴方がゾンビに!?」
「よく覚えていまセン」
「…ど、どうなっているのよ! どうしてザイトリンが!?」
ジョアンヌは膝から崩れ落ちた。
「さては、セロニアスの仕業では!?」
「母上、あいつは牢獄の中です」
「そ、そうだったわね。では一体どこのどいつが!?」
「まさか国王派閥の誰かでしょうか!?」
「…は! そうだわ、そうに違いないわ!」
「次期国王候補の兄上を陥れたのかもしれません」
「くそがっ! …許さんぞ、ザイトリンをこんな風にしやがってぇぇ!」
──2時間後。
怒り心頭のジョアンヌはすぐに緊急会議を開き、国王リチャードに詰め寄った。
「ザイトリンをゾンビにしたのは貴方達ね!」
「一体何の話だ、ジョアンヌ」
「とぼけるんじゃありません!」
国王謁見の間では、2つの派閥が正面からぶつかっていた。
ジョアンヌ派には、息子のヒマンドとその側近の大臣達。国王派はカーターを代表する兵士が多かった。
「あの凛々しかったザイトリンを、よくもゾンビに!」
「はて? ザイトリンは人間に見えるが」
「は!? どうみても醜いゾンビでしょう!」
国王リチャードは、謁見の間の中央にいるザイトリンを眺めた。
「ちょっと顔色が悪いだけであろう?」
「はぁ!? 生気の無い青紫色じゃないの!」
「貧血か何かだろう」
「貧血ですって!? 目玉が地面に落ちそうなのに!?」
ザイトリンは地面に落ちそうな眼玉を拾い、それを元の位置にはめ込んだ。
「落ちてないぞ」
「今はめ込んだの見ただろうが!」
「最近老眼でな。…おいカーター」
「はっ!」
リチャードは後ろで控えていた、騎士団長のカーターを呼んだ。
「お前から見てザイトリンはゾンビか?」
「いえ、ザイトリン様は人間です!」
「そうだよな。顔色が悪いだけだよな」
「は! 顔色が悪いだけであります!」
2人のやり取りを聞いていたジョアンヌは、大激怒した。
「ふざけんじゃねえぇぇーっ!」
「ひぃっ!」
「てめえら、口裏合わせたんだろうが!」
ジョアンヌはカーターに殴りかかろうとするが、ヒマンドが必死でそれを止める。そしてリチャード国王は静かに語りかけた。
「ジョアンヌよ、落ち着け」
「息子をゾンビにされて、落ち着いていられるか!」
「まぁ聞け。仮にザイトリンがゾンビだとして、何か問題があるのか?」
「はぁ!? あるに決まってるだろが!」
「…ザイトリン、お前はどうなんだ?」
リチャードは玉座から立ち上がり、ザイトリンの方へ歩いていった。
「……!」
「ザイトリン、お前の意見を聞こう」
「オレ、ザイトリン、隙あらば国王の命を狙ウ!」
「ん? 何言ってるんだ」
「隙あらバ、…す、隙あらバ…!?」
ザイトリンの眼の前に、国王リチャードはいる。だが彼の周辺には、狂気染みた覇気が漂っていた。
「す、隙が無イ…」
ザイトリンは国王の覇気に負けて、呆然と立ち尽くしていた。
「ザイトリン、お前はゾンビになって何か問題あるのか?」
「…オレ、門番楽しいデス」
「ほう、門番に生きがいを感じるのか?」
「ハイ。仲間達やさしいデス」
「なるほど。ゾンビはどうだ?」
「ゾンビになって幸せデス」
にっこりと笑うザイトリン。それを見て、リチャード国王もカーターも笑顔で頷いた。
他の国王派閥の人達も、幸せな空気に包まれていた。
「…てめえら、勝手にいい話にしてんじゃねぇぇー!」
ジョアンヌは怒鳴り声を上げた後、ショックでその場に倒れてしまった。
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