第2話 ピュってやっただけ…
俺は王城の地下室にある牢獄に収容された。
容疑はもちろん「国王殺人未遂」だ。
俺が経験して来た「いばらの道」の中でもかなりハードな物なので、これはかなり期待出来るのかもしれない。
そう考えるとワクワクして来てしまった。
なので俺は気分を落ち着かせる為に、鉄格子の中で筋力トレーニングを始めた。
するとそこに2人の男が近づいて来た。
1人は騎士団長のカーター。そしてもう1人が第1王子のザイトリンだ。
「クク…。やぁセロニアス、無様な物だな」
「兄上」
「おいおい、私を兄などと呼ぶな」
「え?」
「お前は大罪を犯した囚人だぞ。もう兄弟でも何でもない」
「なるほど」
「……貴様、その腕立てをやめぬか!」
鉄格子の中で腕立て伏せを続けている俺に、長兄のザイトリンはイライラしている様に見えた。
「しかし、お前がこんな愚か者だったとはな」
「まぁ、そうかもしれませんね」
「低俗な妾の息子だから無理はないか。お前の妹も将来は囚人か娼婦になるかもな。そうしたら一度くらいなら抱いてやってもいいぞ」
ザイトリンは爬虫類顔をニヤけさせ、今は亡き俺の母上と、かわいい妹を愚弄した。
ここで黙っているほど俺の心は広くない。
「おいザイトリン。俺の家族の悪口は言うな」
「……なっ!? き、貴様、皇太子の私に向かって、何という口の利き方だ!」
「もう兄弟じゃないんだろ?」
「兄弟でなくても、貴様と私では身分が違うだろうが!」
「そうなの?」
「当たり前だ! 囚人と皇太子だぞっ!?」
皇太子が聞いて呆れる。王国の資金を横領して贅沢三昧しているのは、本当はこいつらなんだから。城内で陰険なイジメもしているらしいし。
「でもお前らは間違ってるから、俺がしっかり教育してやる」
「…は? お前はバカなのか? その状況で何が出来るのだ?」
「え? 色々出来るでしょ。毒針を放つとか」
「…は?」
鉄格子の中の俺は、靴底から極小の筒を取り出し、ベルト裏に張り付けていた毒針をセットした。
「この毒針けっこう猛毒だからね。まぁ皇太子なら躱すだろうけど」
「…え!?」
「あれ、まだ逃げないの? 流石だなぁ、じゃあ吹くぞ」
───ぴゅっ!
俺が吹いた毒針は、第1王子ザイトリンの額の中心にぶっ刺さった。
「え!?」
「あれ? 何で避けないの!?」
ザイトリンと俺の視線が合う。
お互いちょっとびっくりしている。そしてザイトリンはそのまま仰向けに倒れた。
「またまた、死んだふりとかw」
俺はザイトリンの傍にいたカーターに視線を向ける。
カーターは青褪めながら、ザイトリンの脈を確認する。
「……あ、死んでる」
「おいおい、カーターも冗談が好きだなぁ」
「いや、本当に死んでるって」
「え、そんなすぐに毒は利かないだろ?」
「長い針が深くぶっ刺さってる!」
「え、だって軽くピュってやっただけ…」
「ピュっじゃねーよ!」
「じゃあ、ふーって感じ?」
「そういう事じゃねえんだよ!」
カーターは興奮すると言葉遣いが荒くなる。
まぁそれはどうでもいいんだけど、ヤバい。皇太子を殺しちゃったぞ。
「セロ様、どうするんですか!?」
「どうしようカーター?」
「どうしようじゃありませんよ!」
と言いつつ、カーターは眼の前にいる俺を見て驚く。
「セ、セロ様、なんでここにいるんですか!?鉄格子の中だったのに!」
「バカ野郎! そんな事より人命救助が先だろうが!」
「そ、そうでした!」
「おい、しっかりしろザイトリン」
俺はザイトリンの身体を激しく何度も揺らした。
その度にザイトリンの頭はコンクリの床にぶつかって、額から大量の血がドバドバ出て来る。
「うわ、血が止まらなくなったぞ、カーター」
「あんたが余計な事するからだっ!」
「は、ハナクソで止血してみよう!」
「そんな物で出来る訳ねぇだろ!」
「ダメだ、ハナクソが足りない。カーターもハナクソで傷を塞げ!」
「アホか! …ていうか、コイツはもう死んでるんだよ!」
カーターは、はぁはぁ言いながら俺を睨んで来た。
「ま、まぁ前向きに考えようじゃないか、そんなに気にするな」
「貴方が殺しちゃったんでしょ!」
「…あ、これで国王殺人未遂に皇太子殺害か、かなり重罪になったな」
俺は失敗を前向きに捉えた。
さらなる「いばらの道」を歩めると思えば、これはこれでいいのかもしれない。
「セロ様、いくら異母兄弟でも貴方の兄上ですぞ!?」
「あ、それは違うぞ」
「え、どういう事ですか?」
「ザイトリンとヒマンドの2人は、父上の子じゃないんだ」
「え、ウソでしょ!?」
「正室のジョアンヌが浮気して出来た子供らしいぞ」
「そんなバカな……」
「だって、容姿も性格も父上に似てないだろ? 」
「まぁ確かにそうですが」
「この爬虫類顔は宰相のザルーダの子供だろ」
「──!?」
こうして俺は、国王殺人未遂、皇太子殺害の重罪人となった。
「まぁ、無能で王国の金を横領してたのは、ザイトリンとヒマンドだしな」
「え、そうなんですか!?」
「悪い事は出来ないなぁ」
俺とカーターは、死んでしまったザイトリンを黙って見ていた。
さて、どうなることやら。
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