103:vsクトゥグァ(変則戦)
────《
その仔の過ぎし跡には、深く森が広がる。
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これがリンドウさんの神格解放の詳細だ。
まぁ、詳細って言ったって、相変わらずフレーバー感しか無いけれど。
開闢ってフレーズ自体がアホな俺には理解が難しく、詳細の把握は難しい限りだ。
ただ、戦闘向けじゃないってことは良く分かった。テキストからは緑化特化感しか伝わっては来ないしね。
一方で、深く森が広がる。
このフレーズには期待していた。
普段のリンドウさんのサイズでは、過ぎ去った跡に出来るものはせいぜい
神格解放によって、森が広がるほどのサイズ感に変化することが予想出来たのだ。
そして、そんなサイズ感であれば、それだけで一定の武器には成り得るはずだった。
現在のリンドウさんは、まったくもって巨大だった。
大型トレーラーなんて、今のあの子に比べればせいぜいラジコンカー程度の存在感だろう。
それが、その大きさに似合わぬ俊敏さで突撃したとなれば……破壊力は尋常では無いはずだった。
「ぐっ……!?」
リリーさんの時とは違い油断は無かっただろうが、さすがに質量が違うのだ。
その突撃は、アリシアさんに苦悶の響きを漏らさせ、見事に吹っ飛ばすことにも成功した。
もちろん、これで彼女を打倒出来たわけが無いだろうが……ユスティアナさんもいれば、ある程度は持ちこたえてくれると信じることが出来た。
『す、すぐに戻ってきますっ!!』
俺の意思は届いたのかどうか。
リンドウさんもユスティアナさんも、時間稼ぎのためにとアリシアさんへの追撃に疾走っていた。
では、うん。
俺もすべきことをしないとね。
「きゅっ!」
リリーさんが背中を見せつつに俺に呼びかけてきた。
では、遠慮なくということで、合っ……では無く、寄生。
背中にべったりと引っ付かせてもらう。
リリーさんは猛然と走り出す。
手近な、クトゥグァの気配へと急いでくれる。
(……さて)
配送されつつに、俺はなんとも深呼吸的な心地だった。
ここからだよなぁ。
ここまでも大変だったけど、ここからこそが本番なのだ。
なにせ、クトゥグァに出会うのがゴールじゃないし。
そして、俺の策が上手くいく保証なんてどこにも無いし。
無論、策が上手くいかなければゲームオーバー。
もはやいくら持ちこたえようが意味は無い。
アリシアさんに勝つことは出来ず、クトゥルフによる支配でみんな見事にアンハッピー。
責任は重大だった。
ただ、どうかなぁ?
対策は練っているが、相手が相手だ。
不条理の権化である炎の神様。
対策を練ったところでどう? って、正直思えるような。
なんかもう、木の洞に引きこもりたい気分。
だが、残念ながらこの仕事は俺にしか出来ない。
俺が最善を尽くすしかないのだ。
リリーさん配送便は満点評価で優秀だった。
すぐにその時が来た。
俺曰くの炎ゴリラ、その前にへとたどり着くことになった。
クトゥグァは、ナイアーラトテップなる邪神に似ているからと言って人間を襲っているそうなのだ。
当然、俺たちには興味を示さなかった。
集落の方へと歩みを続けようとするが、俺たちの方には用件がある。
いよいよその時だ。
俺は自身の震えをなんとか抑え込み……炎ゴリラに意思を張り上げる。
『ちょ、ちょっと待ったぁっ!!』
スキル意思疎通があれば、クトゥグァと交流することが出来る。
それが俺の見立てであって、この見立てが見当外れであればその時点で目論見は終了だけど……せ、セーフ。
炎ゴリラは足を止めた。
俺たちへと体を向け、じっと見下ろしてくる。
さーて、本番の時間ですよー。
なんか格好つかないため、俺はリリーさんの背中から降りる。
あらためて意思を伝える。
『話し合いたいことがあります。お聞きいただいても?』
この問いかけに対し、炎ゴリラは何の反応も示さなかった。
やっぱり聞こえていないんじゃないかって気分にさせられるけど、まぁ、大丈夫そうだね。
別の炎ゴリラだったり、焼き黒ガニだったり、もはやただの火の玉の推定灰色さんだったり。
無数に集まってきていた。
俺たちの周囲をぐるりと囲んでいた。
(ひょぇぇ)
ヤバい光景ではあるけど、悪い状況では無いようにも思えるのだった。
クトゥグァが俺に興味を持っていることを示しているように思えるしね。
実際として、
《…………》
クトゥグァは無言だが、そこに不思議の思いのようなものが滲んでいるように思えた。
なんだコイツ? ってそんな感じかな?
では、ここで丁寧に自己紹介を……って、まぁ、それは良いか。
人間的な礼節を気にする存在だとは思えないし、どうもヘタレスライムですぅなんて告げたところで何か意味があるとは思えない。
なによりも時間が無いのだ。
ハエトリグサなどで防備を固めてはいるものの、集落の人たちに危険が迫っていることは間違いない。
魚顔の人たちも、弱くは無くとも長い時間耐えられるとは思えない。
そして、ユスティアナさんにリンドウさんか。
アリシアさんの実力はまだまだ未知数だ。
ブワイフさんどころでは無いのは確定であり、無事でいられる時間が長いものとは思えない。
早速、本題といきましょうかね。
『この地にて、貴方には目的があると聞きました。ナイアーラトテップなる存在を滅ぼさんと欲していると聞きましたが、そうですね?』
俺はなんとも不安になった。
あ、あの、聞いてますか?
俺の意思、ちゃんと届いてございますでしょうか?
周囲からは何かしらの意思の響きはまったく感じられなかった。
実は全部俺の独り言なのかって疑いたくなるけど、今は届いていることを信じるしかないか。
俺は炎ゴリラをあらためて見上げる。
核心について切り出す。
『我々もまたナイアーラトテップを滅ぼす対象だと認識しております。そのために全力を尽くす意思があります』
俺はちょっと手応えを得ることになった。
意思の揺らぎみたいなものを確かに感じたのだ。
これはイケるか?
俺はシメとしての意思を作り伝える。
『目的は同じなのです。我々はお互いに協力し合えます。どうか、我々に力を貸してはいただけませんか?』
ということで、これが俺の策だった。
意思が疎通出来るのであれば交渉が出来る。
クトゥグァはナイアーラトテップを目の敵にしているのだ。
一方で、俺たちにとってもくだんの邪神は敵だ。
俺はまだお会いしたことは無いけど、ろくでもない存在であることは十分に聞き及んでいる。
同盟的な関係を結ぶことが出来る。
そう俺は期待したのだった。
しかし、あの、その、えーと?
反応が無かった。
クトゥグァは何の反応も示して来ない。
『き、聞こえていましたでしょうか……?』
不安しかなかったので尋ねかけることになった。
だが、今回も反応は無し。
『え、えーと? そのー、ちょっと?』
《…………》
『ど、どうされましたかねー? あのー? もしもーし?』
《…………》
ダメだ。
何の反応も無い。
交渉は決裂。
そんな最悪の結果も頭をよぎるけど、しかしクトゥグァは動かない。
俺たちを無視して人間を襲いに向かうことは無い。
(ど、どうしろと……?)
まったく分からなかった。
コイツは一体何を俺に求めているんだ? 何を期待して俺を注視しているんだ?
考えても無駄なのかもしれなかった。
意思の疎通が出来たとしても、クトゥグァが不条理な邪神であることは間違いない。
この沈黙にだって何の意味も無いかもしれない。
そもそもとして、交渉が可能な相手では無いのかもしれなかった。
俺の話に興味があると一瞬思えたのだが、それもまた勘違いに過ぎないのかもしれない。
だが、それでは困るのだ。
クトゥグァの助けがなければ、この苦境を乗り越えることが出来ない。
俺が助けたいと思った人たちに何の幸いももたらすことが出来ない。
それでは困った。
嫌なのだ。
しかし……ど、どどど、どうすれば?
どうすれば、クトゥグァに頷いてもらえるんだ?
何も思いつかなかった。
そして何も思いつかないままに時間は過ぎていく。
遠く、戦場の響きが聞こえる。
悲鳴の声が確かに聞こえる。
だから、
『だ、だーもうっ!!』
なんかもう限界なのでした。
俺は頭が真っ白なままに、クトゥグァに向けて意思を叫びかける。
『俺は皆さんを救うなんて言っちゃったの!! 人類を救うなんて言っちゃってそうしたいの!! そのつもりなの!! アンタの助けがどうしても必要なの!! だから……っ!!』
協力して下さいってば。
さすがに最後までは言えなかった。
いやだって、こんな交渉って無いし。
ただの感情の吐露であって、不快の念しか呼ばないものだろうし。
まぁ、相手は人では無く、炎の神様だけど……だ、大丈夫?
うざい死ねって、そんなバイオレンスな破談を招いたりしてない?
俺は顔面真っ青的な胸中で周囲を見渡す。
幸か不幸か、クトゥグァは変わらず何の反応も見せていない。
いや、そうでも無い?
先触れ的な意思の気配があった。
そして、クトゥグァの意思が確かに俺に伝わってきた。
《……ス……クゥ…………カ…………?》
一体何をおっしゃられましたかね?
そこはさっぱりだが、にわかに変化があった。
目の前の炎ゴリラから炎がこぼれる。離れる。虚空に火が漂う。
気がつけば、周囲も同じだった。
怪物どもから火が離れていく
俺に向かって、ゆるりと集まってくる。
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