102:苦闘の成果

「きゅーっ!!」


 もはやロケットみたいなものだった。

 凄まじい速度で現れたリリーさんは、凄まじい勢いでの飛び蹴りをアリシアさんへとぶちかました。

 ユスティアナさんが言っていたけど、そもそもとして戦闘に向いている人じゃ無いのだろう。

 彼女はろくに反応も出来なかった。

 肩口に会心の一撃を受けることになり見事に吹っ飛ぶ。

 ものすごい勢いで地面を跳ねる。

 どこまでも飛んでいきそうな様子だったが、そこは彼女は人外だった。

 全身から混沌の触手を伸ばし、地面を掴む。

 なんとか勢いを殺し、体勢を整えることに成功する。

 だが、


「はああぁぁあっ!!」


 追撃が彼女を襲ったのだった。

 いつの間にか、人影がひとつ出現していたのだ。裂帛の気合と共に、斬撃を放っていたのだ。

 今度も彼女は反応出来なかった。

 胴体を半分ほども断たれたところで、アリシアさんはようやく驚きに目を見張る。


「ゆ、ユスティアナ……?」


 と言うことで、はい。

 アリシアさんが呟いた通り、その人影はユスティアナさんなのでした。

 彼女は自身に向けられた呟きには反応しなかった。

 間断無く二の太刀を放とうとし、しかし混沌の触手の抵抗にあって大きく飛び退る。

 俺の隣にへと並んでくる。


 「そうそう容易くはいきませんか。すみません、御使い様。少しばかり遅くなりました」


 気がつけば、リリーさんもまた俺の横にいた。

 今日2度目かな?

 腕組みでの強者の風格ポーズを見せている。

 俺は微細動を禁じ得なかった。

 スマホのバイブどころでは無く震えちゃうよね。

 涙が出るほど嬉しいってこういうことを言うんだろうなぁ、うおーん。


 しかし、この人たちがココにいるってことはそういうことだよな?

 多分、アリシアさんも俺と同じことに思い至ったのだろう。

 傷口を泡立たせている彼女は、いぶかしげに首をかしげる。


「まさかブワイフ殿を……? 貴女たち程度が滅することが出来たと?」


 俺もまたそういう理解をしたのだけど、えーと、どうだ?

 ユスティアナさんは、どこかうんざりと眉をひそめる。


「どれだけ斬ろうが瞬時に回復されてしまうのです。滅するなどまさか」


「それでは、彼をどうやって……」


「両手両足を斬り飛ばした上で、リリーさんにあの得体の知れない植物へ叩き込んでもらいました。せめての無力化は成功したということですが、しかしまったく。ひどい苦労をさせられました」


 ユスティアナさんは「はぁ」とため息をこぼしつつに肩を落とす。

 リリーさんはと言えば、この子にしては珍しく空を仰いで遠い目をしていた。


『そ、相当大変だったんですね』


 俺が思わず漏らした言葉に、ユスティアナさんはリリーさんとシンクロしながらに頷きを見せた。


「えぇ、はい。大変でした。しかし、神格解放は温存出来ました。余力と言う意味では十分にあります」


 これにはさすがとしか言いようがなかった。

 ユスティアナさんとリリーさんは、ブワイフさんとの激闘を未来への希望を残しつつに見事切り抜けてくれたのだ。


 戦闘向きでは無くとも、リンドウさんにもまた神格解放は残っている。

 切り札は3つある。

 時間稼ぎが出来る余地は十分にある。


 しかしまぁ、彼女にとってはよほど意外な展開だったみたいだね。

 アリシアさんは眉をひそめつつにユスティアナさんを見つめている。


「……どうやら嘘は無さそうですね。貴女たちにはそれほどの力があったのですか」


 見直した的な雰囲気があったけど、そんな評価を向けられた当人は何やら不満げであった。

 ユスティアナさんは「ふん」と大きく鼻を鳴らす。


「当然です。リリーさんは言うに及ばず、私もまた御使い様の救世の剣なのです。この程度の苦難はものの数ではありません」


「救世の剣? あぁ、そうなのですか。貴女にもまた、その意思がありますか」


 今度は鼻を鳴らすようなことは無かった。

 ユスティアナさんは真剣そのものの顔つきで頷く。


「はい。御使い様の刃として、それを成し遂げるつもりです。人々に真の平穏をもたらすつもりです。よって、どうか覚悟をしていただきたい」


 彼女は長剣を構え直す。

 鋭い眼差しをして、しかしアリシアさんに笑みを送る。


「貴女には、クトゥルフによる平穏を諦めていただきます。そして、御使い様による平穏な世のために尽くしていただきます。それはきっと、貴女にとって非常に肩身が狭いものになるでしょうが……どうかご覚悟を」

 

 俺はアリシアさんの表情から目が離せなくなった。

 ユスティアナさんの言葉を耳にして、彼女は笑っていた。

 泣きそうな笑みを浮かべていた。

 彼女はきっと心底嬉しくて、同時に心底悲しがっていた。

 小さく首を左右にする。


「ユスティアナ。それは無理です。不可能です。なぜなら貴女たちには……あら?」

 

 アリシアさんは不意に首をかしげた。

 その理由は俺にも分かった。

 声が聞こえたのだ。

 いや、鳴き声だ。


 ……オォ……オォォ……ッ!!


 聞き馴染みは大いにあった。

 それは異形の黒き獣のものであり、またその軍団の到来を示すものだ。

 次いで、


《……ドォ……コ……ォ……?》


 これは俺にしか聞こえなかっただろう。

 だが、何が起きたのかは誰であっても分かったに違いない。

 昼の明るさの中でも良く見えた。

 枯れ木の森の至るところで、紅蓮の火柱が幾筋となく上がった。


「……ふふふ」


 そうして、アリシアさんは笑い声をもらした。

 それはどこか悲しげな気配の漂う苦笑であった。


「世の中とはやはり不条理に出来ているものなのですね。思わぬ来訪者ですが、アレらを放置しておけば被害は甚大です。貴方の集落の人々や、我らの労働者たちは全滅することでしょう」


 彼女は諦めの笑みで俺たちを見渡してくる。


「どうされますか? このままここで私と戦い続けますか? それは無理でしょう。貴方たちが無力な人々を見捨てられるわけが無いのですから。貴方たちにはもはや降伏するしか道はありません。降伏し、彼らの安全を私に託すしかないのです」


 彼女は目を伏せての頷きを見せる。


「……そうです。全ては不条理です。不条理には不条理な力をもって対抗するしかないのです。貴女たちにはそれは無い。貴女たちによる平穏など、決して実現することは……は、はい? 一体その、どうされたのですか?」

 

 アリシアさんの戸惑いは、俺たちの様子に気づいたためだろう。

 俺たちはじっと顔を見合わせていた。

 これ嘘じゃないよね?

 そんな感じで見つめ合っているのだけど、いや、本当そうだよね?

 嘘じゃないよね、これ?


 最初に冷静さを取り戻したのはユスティアナさんだった。

 

「み、みみみ、御使い様っ!!」


 いや、あまり冷静とは言えないかもだけど、彼女の叫びで俺は正気を取り戻すことになった。

 

『は、ははは、はいっ! 行ってきますっ!』


「リリーさんを護衛に連れて行って下さい! アリシア様については私にお任せを!」


『わ、分か……りません? 1人でなんて、そんな……っ! って、うん?』


 俺は眼下の様子に気づいた。

 現状の俺は寄生体フォルムであり、リンドウさんの背中に失礼している。

 そのリンドウさんが俺を見上げてきていた。

 ここは任されませい。

 そんな気合の目を見せてきていた。


「……なんともよく分かりませんが……継戦の意思は有りと判断しても?」


 彼女にしても、出来るなら魚顔の人たちを助けたいだろうからね。

 アリシアさんに剣呑な空気が宿る。

 この戦いに早々に幕を下ろさんと、混沌の触手がにわかにざわめき始める。

 

 よって、この子の出番であった。

 俺はピョコンと慌ててその背中から降りる。


『り、リンドウさんっ!!』


 お任せします、お願いしますという意味での呼びかけだった。

 リンドウさんは「ぎぃっ!!」と応えてくれた。

 そして、すぐさまに変貌が始まった。

 リリーさんの時とよく似ていた。

 ミシミシと音を立て、見る間に膨れ上がる。

 それは龍に見えた。

 重厚な鱗を光らせ、複眼を怪しく煌めかせる、地を這う巨龍だ。

 

 

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