101:vsアリシアさん(追いかけっこ)

『ちょ、ちょっと!? これ絶対死んじゃいますけど!?』


 リンドウさんの背中から、俺は絶叫的に意思を伝える。

 生かして捕える的にそれはどうなのかって話なんだけど、垣間かいま見えるアリシアさんは至極平然としていた。


「加減はします。多少小さくなってしまうかもしれませんが、まぁ大丈夫でしょう」


 実際はどうだろうね?

 多少目減りしたところで俺は大丈夫なのだろうか。

 まぁ、どうせショック死するだろうから、全然大丈夫じゃ無いんだろうけど。

 

 とにかく逃げる。

 リンドウさんに頑張ってもらい、枯れ木の森へと向かう。

 しっかし全然引き離せる感じは無いね。

 背後のアリシアさんには走っているような様子は無い。

 だが、付いてきている。

 彼女の下半身はすでに人のものでは無かった。

 得体の知れない海産物の塊となっており、それをうごめかせることによって移動している。

 にしても、は、速くない?

 原理的にはナメクジ的な移動方法なんだろうけど、そうとは思えないほどに速い。

 気がつけば横に並ばれていた。

 彼女は無表情に首をかしげてくる。


「もうよろしいのでは?」


 その問いかけの気持ちは分かるのだった。

 これでもう俺たちが追いかけっこで勝てないことは判明してしまったのだ。

 神格解放はとっくの昔に使用不可。

 もはや俺たちに抗う術は無しみたいな状況だけど、まぁこれも予想の範囲内だからねぇ。


 俺は体の一部を地面へと伸ばす。

 全力で駆けるリンドウさんの背中から、灰色では無い地面へと一部をかすめさせる。

 これを戦闘で使うのは久しぶりかもね。

 促成栽培。

 大地が揺れる。

 アリシアさんの目前に、巨大なセコイアが壁のようになって出現する。


「……ッ!?」


 声にならない悲鳴が上がり、同時に衝突音が盛大に響く。

 俺は内心で『よし』と呟いた。

 これで仕込みの1つがキレイに決まってくれたわけだ。

 俺とリンドウさんは野放図に逃げ回っていたわけでは無い。

 この枯れ木の森には、色々な種子がそこかしこに埋められているのだ。


 ───────《ステータス》───────

【種族】グリーンスライム

【神格】地母神[第11級]


レベル:212 

神性:110,562

体力:201/201

魔力:172/197

膂力(x2.5):177

敏捷(x2.5):170

魔攻:70

魔防:65


【スキル】[スキルポイント:12]

・光合成Lv35

・種子生成Lv50

・土壌改良Lv15

・木獣使役Lv2

・形状変化Lv5

・硬化Lv10

・促成栽培Lv6

・神格解放Lv1

・聖性付与Lv2

・意思疎通Lv1

・耐火Lv5

 ──────────────────────

 

 これが俺のステータスである。

 ちょっと前と比べると、レベルがちょこっと上がって、種子生成と促成栽培にポイントが振られている。

 種子生成については、ハエトリグサ御大だったり、バフパンジーのバフパワーを強化するためのものだ。

 んで、促成栽培については、今この時のためだ。

 促成栽培はレベルを上げると、消費魔力が下がる。

 そもそもとして光合成でかなり魔力は回復するため、継戦能力は現状でかなり高いんじゃないかな?


 まぁ、さっきの壁ドンでアリシアさんがバタンキューしてくれたら継戦能力なんて必要無いんだけどねー。

 やっぱりダメらしい。

 アレはえーと、シャチ?

 真っ黒な巨大なアギトが、セコイアの巨木を根本から噛み砕いた。

 アリシアさんの姿が現れる。 

 彼女は、混沌にわずかに上半身が生えただけのようになっていた。

 顔はまだ人のものだった。

 そこにある表情はどこか鎮痛なものだ。


「……やはりこの程度ですか」


 その呟きは落胆のものにしか聞こえず……な、なんか嫌な予感がするような。

 彼女はきっと俺に期待している。

 なんなら時間稼ぎを成功させてやりたいとも思ってくれているだろう。

 そのはずの彼女がこうも落胆しているのだ。

 これ以上時間稼ぎを許してはやれそうに無いって、そんな雰囲気じゃないかしらん?

  

 実際はどうなのか。

 彼女は俺たちを追わなかった。

 代わりに、地面が脈動みゃくどうした。

 彼女を中心に、波を打つようにして地面が裏返っていく。

 何が起きているのかと言って、アレは……カニ?

 黒い方とは似ているようなそうでも無いような。ガザミと言うかワタリガニと言うべきか。 

 それらが突如として地中から無数に出現したのだ。

 まぁ、カニは砂に潜るらしいからね。

 そのノリで枯れ木の森を荒らしまくってくれているようなんだけど、うん。海の砂場と森の土はちょっと違うような気はするんだけどねぇ。

 

 ともあれ、目的は明確だった。

 地中に何か仕掛けがあると判断して、それを台無しにしようとしているに違いなかった。

 と言うか、俺たち自身も危ないよね。

 カニの波は、すでに逃げゆく俺たちの背後にまで迫ってきていた。


『じゃ、じゃーんぷ!!』


 これまた言わなくってもって話だった。

 枯れ木の枝に向かって、リンドウさんは必死に跳躍。

 そして、ガブリ。

 噛みついて、なんとか宙に自らを固定する。

 これでセーフ……なのか?

 すぐに理解することになった。

 別にセーフでもなんでも無いね、これね。

 大地をえぐるカニの波を前にして、枯れ木程度が耐えられるはずも無いのだ。

 ぐらりと根本から枯れ木がかたむく。


「……ぎぃ?」


 リンドウさんが背中越しに俺を見つめてきたけど、まぁ、そうだね。

 俺もリンドウさんも、残念ながら飛行能力には恵まれていないのだ。

 もはや落ちるしかございませんよね。


『ひ、ひぃぃっ!?』


 いざ、カニのウェーブへとダイブ。

 終わりが正直見えたが、そう言えばそっか。 

 彼女は俺を生かして捕らえたいのだ。

 落ちた先は、カニの坩堝るつぼでは無かった。

 カニの群れによって砕かれ、ある意味耕されたふかふかの地面の上である。

 衝撃でリンドウさんとは分離することになったが、無事での着地となった。

 ただ……先行きに関してはちょっとまぁ、ねぇ?


「どうでしょうか? 小細工の在庫にはまだ余裕が?」


 いつの間にか、俺たちの前にはアリシアさんがいた。

 今は人の形をしている彼女は、俺を無表情に見下ろしている。


(う、うーむ)


 俺は彼女とは視線を合わさずに周囲を見渡す。

 カニ軍団に荒らし尽くされて、もはや種の位置なんて欠片も分からない。

 これがダメになると、そうだなー。

 無いね。

 俺に抵抗するための方策はまったく無い。

 そう言えば、女神様がなんかあったら呼べっておっしゃっていたような?

 でも、ダメだろうかね。

 あの人は、自分を現実を変えるような力は無いって評しておられたし。

 逃亡を手助けしてもらえることは無いだろう。

 女神様のお達しって形での、アリシアさんへの説得も期待出来ないだろうなぁ。

 あの人もまた、アリシアさんにとってはクトゥルフを凌駕りょうがし得ない一柱に過ぎないのだ。

 女神様の言葉を聞く意味は彼女にはきっと何も無い。


 ということで万策尽きたのであり、アリシアさんはそのことを察したようだった。

 軽く目を閉じると、薄く息を吐いた。


「……そうですか。もはやありませんか」


 その口調には無念の響きが滲んでいるようだった。

 ただ、覚悟もしていたのだろう。

 彼女は無感情な瞳であらためて俺を見下ろしてくる。


「では、終わりですね。残された者たちについては安心なさい。彼らが平穏に過ごせるよう、私が力を尽くしましょう」


 俺はしばし考える。

 実際のところ、俺に残されている道はよろしくお願いしますって彼ら、彼女らをアリシアさんに託すことぐらいかもね。

 ただ、それはねぇ?

 リンドウさんはとっくの昔に体勢を立て直していた。

 俺に対して背中を晒してもいた。

 ということで、再合体。

 ツリーワームライダーもとい、寄生体フォルムを取り戻す。

 アリシアさんは訝しげに眉をひそめた。


「まだ抵抗するつもりということで? 貴方であっても、もはやどうしようも無いことは理解出来るのでは?」


『それはそうなのですが、まぁ、一応決意しましたからねぇ』


「決意?」


『俺が世界を救う的なのをですねー。皆さんにも伝えちゃいましたし』


 ここであっさり諦めちゃうのは、皆さんへの裏切りのような気もしますし。

 最後まで足掻かないとなぁって思う次第なのでありますが、ふむー?

 そう言えばこれ、この人には伝えてなかったかな?

 アリシアさんは、それはもう大きく紺碧の瞳をまん丸にした。


「世界を救う? それを……貴方が?」


『は、はい。一応まぁ、そんな決意を私が』


「……そうなのですか。それはきっと……私のせいですね」


 彼女は心底申し訳なさそうに目元を伏せる。


「お詫びします。私の思わせぶりな態度が、貴方に身の丈に合わない願いを抱かせることになってしまった。無駄に失意を味合わせることなってしまいました」


 断罪が期待出来ないとなって、悪役ムーブを止めた感じなのかな?

 彼女本来のものだろう善良さがにじみ出ているような発言ではあったけど、い、いやいやいや。

 俺は慌てて体を左右に振る。


『あ、謝ってもらうようなことじゃないと思います。貴女にハッパをかけてもらえたおかげで、色々と準備が出来ましたから。こうしてなんとか一方的に蹂躙じゅうりんされずにはすんでいますし』


「しかし、貴方は私には決して敵わないのです。無駄な苦労と決意を貴方にさせてしまいました」


『い、いやまぁ、ですが……無駄と決めつけるのはまだ早いかもですよ?』


 アリシアさんは軽く目を見張って首をかしげた。

 納得の仕草だった。

 誰がどう見たって、俺に今後は無さそうな状況だし。

 ただ、なんか聞こえるもんね。

 きゅーっ、なんてそんなキュートな響きがかすかに……いや、すでに近くかな?

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