100:プランB

 突如の触手ヅラの急襲に対し、俺はなんとか対応を試みる。


 神格解放のリミットまではまだ時間の余裕があるのだ。

 俺は慌ててハエトリグサ先生にご登場をって、あ、あかんあかんあかん。

 そんなことをしたら、俺を含めたみんなで強酸の湯加減を味わうことになってしまう。


 にっちもさっちもいかない俺に代わり、咄嗟に動いてくれたのはユスティアナさんだ。

 多分、彼女も嫌な予感を覚えていたんだろうね。

 迎撃として、万全の一刀を襲撃者に浴びせかける。

 俺はホッと一安心だった。

 今日の戦闘から察するに、触手ヅラたちは武人としては大したことは無い。

 異常な体躯と回復力を持ち合わせているが、ユスティアナさんの斬撃をさばくことが出来るような実力は持ち合わせない。


 そのはずだったんだけどね。

 ユスティアナさんは大きく目を見張ったようだった。

 その触手ヅラは、前腕を直刀のように変化させていた。

 その腕刀で、彼女の一刀を難なく受け止めていた。


『ぶ、ブワイフさん……?』


 俺は思わずそんな意思を呟いていた。

 こんなことが出来そうな触手ヅラと言えば、彼を除いて思い当たる存在はいなかったからだ。

 しかし、ど、どうしましたかね?

 なんで休戦協定を破ってくれましたかね? って疑問はもちろんあるが、それ以上に彼は異様な様子を見せていた。

 魚の眼であれど、そこには人間らしい光が宿っていたはずなのだ。

 それが今では違う。

 魚と言うよりも、もはや虫だろうか。

 そこには意思の光など欠片も見受けられなかった。


「ブワイフ殿も、私の力の全てを理解しているわけではありませんからね」


 その発言はアリシアさんのものだった。

 彼女は少しばかり申し訳なさそうにブワイフさんだろう触手ヅラを見つめる。


「彼にとっては不本意でしょうが、支配させていただきました。私は彼らにとっての上位種です。意思を奪い、しかしその実力のままに操ることも可能です」


 以上、それが協定破棄の内幕のようなのでした。

 まさに邪悪パワーって感じだけど、とにかくこれはもう……ど、どうですかね?

 リリーさんの神格解放ぐらいでは打倒出来ない。

 それがブワイフさんの自己評価であり、彼の性格からしてそれはきっと過言では無いのだ。


「ぐっ!?」


 ユスティアナさんが苦痛の響きを漏らしたが、それはブワイフさんの前蹴りが彼女を腹部を穿うがったからだ。

 たまらず彼女は膝を突く。

 ブワイフさんはすかさず腕刀を閃かせる。


「きゅ、きゅーっ!!」


 ただ、これを安々と見逃すあの子では無かった。

 リリーさんが慌ててブワイフさんに飛び蹴りをかます。

 それはもちろん看過出来るような一撃では無かった。

 ブワイフさんは腕刀の腹でそれを受け止め、そしてそこでは終わらない。

 彼の背から幾筋もの触手がほとばしる。

 リリーさん、ユスティアナさんの区別無く襲いかかる。

 そこに彼本体の攻勢も加わり、まったく苛烈だった。

 2対1であっても、まったく互角の戦いが繰り広げられることになった。


「さてさて」


 気がつけば、俺の前にはアリシアさんが立っていた。

 軽く首をかしげ、俺を見下ろしてきていた。


「どうやら私が力を見せるまでも無く全ては終わってしまいそうですね?」


 彼女の無表情にあるものは失望とは違うように見えた。

 失望しないように、心痛めずにすむよう無感情であるように努めているといった雰囲気か。


 まぁ、はい。

 残念ながら、現状は彼女が望むような展開では無いよね。

 俺たちはまったくもって彼女が望むようなものを見せられてはいない。

 見せられるだろう展望もまったくもって見出すことが出来ない。


(うーむ)


 正直、ちょっとしんどいよなぁ。

 結局、俺に出来ることなんて何も無かったって、それを実感させられる末路が待っていそうだよね。

 ただ、今のところ諦めているのはアリシアさん1人ぐらいか。

 皆さんは必死で戦い続けている。

 リリーさんにユスティアナさんも、ブワイフさんを無力化すべく死力を尽くしていらっしゃる。


「ぎぃ」


 俺は隣に目を向ける。

 そこには、わけあってお留守番係をしてもらっていたリンドウさんがいる。

 ふむふむ、そうか。

 リンドウさんは鱗をワキワキとさせていた。複眼をキラキラとさせていた。

 なんか、やる気いっぱいだね。

 この子もまた、諦めている感じはまるで無いよね。


 それじゃ、最後にやり切りましたって言い訳が出来るぐらいにはがんばりましょうか。

 ということで、合っ……体。

 俺はぴょこんとリンドウさんの背に乗る。

 べちゃりとへばりついて体を固定する。

 これにて完成だった。

 ツリーワームライダー……なのか?

 乗ってるって言うよりも、なんか寄生しているようにしか見えない予感が。

 当然ヘンテコにしか映らなかったらしい。 

 アリシアさんは「ん?」と眉間にシワを寄せる。


「それは……え? すみません、本当に良く分からないのですが」


『逃げます』


「逃げます?」


『ちょっと逃げさせていただきます』


 このへんてこフォルムにはちゃんと意味があるのだった。


 ───────《ステータス》───────

【種族】ツリーワーム

【神格】豊穣神【第12級】


レベル:94 

神性:0[+22,112]

体力:148/148[+40]

魔力:126/126[+39]

膂力(x2.5):295[+35]

敏捷(x2.5):372[+32]

魔攻:101[+14]

魔防:122[+12]

【スキル】[スキルポイント:66]

・土壌吸収改良Lv30

・栄養貯蓄Lv30

・硬化Lv30

・神格解放Lv1

──────────────────────


 能力値はともかく、リンドウさんはスキル的には決して戦闘向きとは言えない。 

 そもそもが土壌改良が存在理由みたいな子でもあるしね。

 平時でこそ日の目を見るのがこの子の性質であった。

 ただ、俺と比べればはるかに強い。

 ステータスの数値は高い。

 敏捷さんもまた当然高く、本気を出せば俺の5倍、6倍ぐらいの速さは平気で出せる。


 だから、俺の隣で待機してもらっていたんだよね。

 最後の作戦……最終逃亡プランを実行せざるを得なくなった時に、俺の足のためになってもらうために。

 しかし、何故か彼女は懐疑的な様子だった。

 ユスティアナさんは首をひねりつつに周囲を見渡す。

 敢然と戦い続ける人々を眺め、そして遠く集落の方向を目に移す。


「……逃げるのですか? 貴方が? 彼ら、彼女らを置いてですか?」


 まったくもって信じがたい。

 そんな言外の思いが伝わってきそうな口調だった。

 実際、そんなことは俺には出来ない。

 と言うか、意味が無い。

 彼ら、彼女らは俺にとってほとんど生きる理由みたいなもんだしねぇ。

 1人で生き延びるっていう選択肢は、そもそも俺には存在しない。


 でも、逃げちゃうんだよね、これが。

 俺は頷き的にコクリと動いて見せる。


『えぇ、そうです。逃げちゃいます』


「時間稼ぎでしょうか? 私との追いかけっこをご所望しょもうだと?」


『まぁ、そんな感じで』


 よってお付き合いいただきたいのですが、どうですかね?

 彼女は呆れたように1つ息を吐いた。


「はぁ。貴方はやはり思案が足りませんね。私にそれに付き合う意味があると思いますか? どうせ貴方は味方を見殺しに出来ないのです」


『そうでしょうかね?』


「そうでしょうとも。私はここに残り、貴方に味方する人々を1人ずつくびり殺します。そう聞いて、貴方は本当に1人で逃げられますか?」


 無理。

 正直なところはその2文字だけど、ここが正念場だからねぇ。

 俺は平然を装って、あらかじめの台本通りに意思を伝える。


『でも、俺が本当に逃げてしまったら貴女は困るんじゃないですか?』


「はい?」


『追いかけなかったことで、俺を本当に逃がしてしまったら? 俺は生贄として有用なんですよね? クトゥルフとやらの降臨も遠のくわけで、貴女の望む平穏はいつの話になっちゃいますかね?』


 これが彼女の弱味なのだ。

 アリシアさんは一刻も早く世界に平穏を取り戻さなければと切実に願っている。

 その遅れに繋がるような行動を彼女は取ることが出来ない。

 

「……なるほど」


 アリシアさんはどこか感心したように頷いた。

 そして、


「ぎ、ぎぎぃっ!!」


 リンドウさんが叫び、同時に俺の視線が大きく揺れ動く。

 それはリンドウさんが大きく横に跳ねた結果だった。

 では、何故跳ねることになったかと言えば、


「あら、存外ぞんがいに機敏ですね」


 そう口にしたアリシアさんからは、妙なモノが伸びていた。

 彼女の腕のあるはずの位置から、俺とリンドウさんが先ほどまで居た場所にまで伸びるそれは……えーと触手?

 いや、触手では無いか。

 なんと言うべきかは難しかった。

 イカの触腕、魚の眼、鱗、二枚貝に巻き貝、海獣のものと思わしき毛皮、牙。

 あらゆる海産物を煮詰め固め、それを触手のような形に仕立て上げた何か。


 そのおぞましさに俺とリンドウさんは思わず見入ることになるが、そんなことをしている場合じゃ無かったかもしんない。

 それは途端に弾けた。

 う、ウミヘビ? もしくはウツボ?

 丸太のように太い何かが無数に現れた。 

 大挙して俺たちに殺到してきた。

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