96:いざ決戦……?

 そんな気はしていたが、5日なんてあっという間に過ぎることになった。

 澄んだ晴れの日、集落の郊外。

 わずかに懐かしさを覚えるのは、初めて会ったのがこの辺りだったからかな?


「お久しぶりと言うほどではありませんが、どうでしょうか? お元気にされていましたか?」


 なんと言うか、抜けるような青空が良くお似合いだよね。

 10メートルほどの距離を置いて、俺の視線の先に立っているのはくだんの彼女だ。

 アリシアさん。

 その笑顔はまったくもって聖女のそれだけど、まぁ、聖女は聖女でもちょっと毛色は違うか。

 黒の外套がいとうに身を包んでいることも異色だし、彼女が背後に従える人々の人相にんそうもちょっと以上にうーむ。

 きれいに異形だった。

 触手ヅラだったり、魚顔であったり。

 邪教の聖女。

 そうとしか言いようが無いよね、本当ね。


 まぁ、彼女が邪教の信奉者かと言えばそれはまったく話は違うのだけど、そこはともあれか。

 挨拶を受けたら返すのが礼儀だろう。

 俺は頷き的な動きを彼女に向ける。


『えぇ、それなりに過ごしていました。そちらは?』


「こちらもそれなりにです。それなりに忙しくしておりましたが、ようやくいとまが出来ました。こちらの用件については、ある程度お察しいただけているようですね?」


 それは当然そうだった。

 ブワイフさんから予習を受けているし、この威容を目の当たりにすれば誰だって察することが出来るだろう。

 触手ヅラだけで100を間近にする程度の数はいるか?

 魚顔の人たちもいるが、彼らに至っては数えようと試みるだけ無駄だろう。

 多分、200は超えている。あるいは500とかに迫る数だったりするだろうか。

 軍勢だった。

 不毛の極みみたいなこの地において、見かけることはまず出来ないだろう大軍勢だ。

 

 生贄目的との前情報が無くとも、荒事が待ち受けていることは予想に難しくは無いよね。

 当然、出迎えは無防備さとは無縁だった。

 俺の背後には、集落の全戦力が集結している。

 リリーさん、リンドウさんにユスティアナさんを初めとする人間の皆さん。

 総勢は30人ちょっと。

 きっと、取るに足らない小勢に見えるのだろう。

 触手ヅラの多くは嘲笑らしきものを浮かべているが、アリシアさんはと言えば違った。

 目を細めた笑みで俺たちを見渡してくる。


「……顔ぶれの他、何かしらの変化があるようには見えません。我らが都の近くにてコソコソと動いていたようではありますが」


 その発言に、俺は『あぁ』と納得を漏らすことになる。


『やはりご存知でしたか』


「えぇ、もちろん。ルルイエ造営ぞうえいに注力するためとして見逃さざるを得ませんでしたが、どうでしょうか? 都の破壊、あるいは労働者の救出。その辺りを企てているような動きには見えませんでしたが」


『まぁ、そうでしょうかね』


「今日のことを念頭に置いていたのでしょうか? 今日のためにと何かしらの準備を進めていたと?」


 彼女は俺の返答を待たなかった。 

 笑みのまま、静かに首をかたむけてくる。


「さて。我々は今日、貴方たちの収奪しゅうだつに参りました。尊き方をこの地にお招きするためのにえとしてです。手ぬるい相手では無いとして、我々の全戦力をここに集めましたが……ふふふ。いかなる策があれど、抵抗は無意味です。しかるべき判断をされるようオススメします」


 俺は彼女の笑みをじっと見つめる。

 一見するところでは、それは愉悦ゆえつの気配が強くにじんだものだった。

 まぁ、間違いなく上辺うわべだけだろうけど。

 実際のところ、彼女は真摯しんしに願っているのだろう。

 俺にクトゥルフを凌駕りょうがする力があることを願っている。

 俺たちの怪しい行動に対しては、そりゃ心底期待していることだろう。

 それが何らかの策であり、クトゥルフの軍勢を滅ぼし得るものであって、そして……自らを断罪するに足る代物であって欲しいなんてね。


(……さて)


 では、回答の時間といきましょうか。

 俺は背後にへと視線を送る。

 そこには味方と掛け値なしに呼べる方々がいらっしゃるのだけど、その中でも俺が目を向けたのは俺に近しい2体だ。

 リリーさんにリンドウさん。

 あの子たちはいつもの様子では無かった。

 それぞれに籐カゴ……ツルを編み上げたカゴを1つずつ、あるいは抱え、あるいは背負っている。

 俺の視線に応える形であの子たちは俺の隣に移動してくれたが、それは当然注目を呼ぶものだった。

 アリシアさんは小さく首をかしげる。


「ふむ? それが貴方の準備の成果ですか?」


 一応、そういうことになるのだった。

 俺は左右に視線を向ける。

 籐カゴは空では無い。 

 そこでは、色とりどりのフルーツが南国を思わせる華やかさでひしめき合っている。


『……最近気付いたのですが、果物って甘すぎても良くないと言うか』

 

 アリシアさんは眉の辺りに強く困惑をにじませる。


「甘すぎても良くない? 一体何の話ですか?」


『酸味とのバランスだったり、渋みだって微かに感じられるぐらいじゃないといけないと言うか、甘いだけじゃ砂糖と一緒じゃないかってそんなご意見をいただきまして……』


「それは、あの……えーと? え? はい?」


 彼女は困惑を深めているようだった。

 まぁ、順当な反応と言えるだろう。

 俺だって、彼女の立場であれば意味不明としか思えないだろうし。

 ただ、一応意図はあるんですよ、意図は。


『せ、誠意です』


「誠意?」


『当方には話し合いの用意があると言いますか、その……双方が血を流さずにすむために話し合う必要があると私は思う次第でして、是非応じていただきたく思っていまして……」


「……それで誠意と?』


『は、はい。誠意の贈り物です。あの、どうでしょうか……?』


 俺の問いかけに対し、アリシアさんの表情はまっさらな無表情であった。

 そして、その表情のままに彼女は大きく首をかしげた。


「つまり、そういうことですか? 意味深な行動には何も意味も無かった。策など何も無かったと?」


『は、はははは。いや、その……』


 アリシアさんはしばし黙り込んだ。

 無表情のままで、1分、2分と黙り込んだ。

 そして、


「……はぁ?」


 短く鋭く、剣呑な響きを俺にぶつけて来られたのでした。


(ひ、ひぇぇ)


 俺がビビり倒したのは言うまでも無いが、それはともかく。

 気がつけば、俺の背後には見知った気配があった。


「だから無駄だと言ったではありませんか……」


 その囁くような呆れの声はユスティアナさんのものだった。

 俺は小声的な意思を背後へと返す。


『そ、そうは言っても、やっぱり手ぶらっていうのはその……』


「絶対に逆効果です。おちょくっているようにしか思われなかったかと言うか、見て下さい。アリシア様ですが、見たことの無いような表情をされていますよ」


 俺は前方へと意識を戻す。

 確かにその、そうね。

 失望と言うよりかは、思わせぶりな態度に対する反感と言ったところか。

 アリシアさんは無表情ながらにとんでもない威圧感を漂わせているのでした。


『……し、失敗でしょうかね?』


「元より見込みは薄かったでしょうが、そうですね。時間を稼ぐのも楽ではありません」


 という事で、そうなのだった。

 俺たちは今、熱烈に時間を必要としているのであった。

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