94:打開策(1)
へぇ、なるほど。
ブワイフさんのご意見は、そんな感じで受け止められるようなものではもちろん無かった。
『む、無理でしょうか?』
俺のオウム返しに対し、ブワイフさんはすぐさま頷きを見せた。
「あぁ、無理だ」
『それはあの、圧勝は無理ということで?』
「分かりきったことを言わせるな。お前たちがアリシア様に打ち勝つ姿など想像も出来んという話だ」
俺は受け入れざるを得なかった。
そんな気配はしていたけど、やっぱり勝つことすら無理って話なのね。
ただ、俺の脳内には反論が無きにしもあらずなのだった。
『で、でもあの、アリシアさんは俺に期待してくれていたじゃないですか? クトゥルフに対抗出来る可能性を感じてくれていたわけですよね? あるいは、自分を断罪してくれるかもってそんな感じですよね?』
だから、その……ね?
無理とかそんなことは無いと思うんですけど、どうですかね?
俺が期待を込めて見つめる中、ブワイフさんは無情にも首を左右にする。
「あの方も1人の人間に過ぎんからな。期待が目を曇らせたのだろう」
俺はちょっと天を仰ぐことになる。
なんと言うか、それは十分に有り得そうだよな。
人々に寄り添うことが出来て、なおかつ数多の邪神を打ち負かす力をもった神格。
アリシアさんはきっと、そんな存在の出現を心の底から願っていたのだ。
俺にそうあって欲しいという思いが、過剰な評価につながってしまった可能性はねぇ?
あっても正直おかしくは無さそうだよね。
ただ、それだと非常に困るのだ。
それだと誰も救えない。誰も救われない。
魚顔の人々にブワイフさん、そしてアリシアさん。
俺のいる集落の人たちもそうか。
アリシアさんがクトゥルフによる平穏を成し遂げてしまったとして、彼らの今の平穏が続くのかは非常に怪しいところがあるのだ。
『ほ、ホントの本当に無理ですか?』
食い下がる俺に、ブワイフさんは変わらずの調子で応じてくる。
「ワシはそう判断せざるを得ないな。お前たちではアリシア様には勝てまい」
『そ、そんなにアリシアさんはお強いので?』
「それはそうだ。アリシア様からうかがったが、お前の眷属が海魔を叩き殺したらしいな?」
俺は思わず横に意識を向ける。
そこにいるのは、くだんのリリーさんだ。
お行儀よく控えていたこの子は、自分が話題に上がっていることに気づいたらしい。
「きゅ?」
そう短く鳴いて、小首をかしげたりしたのでした。
うーむ、ぷりちー。
ただ、この子の可愛さに目を奪われている場合では無いか。
俺はブワイフさんに注目する。
彼はリリーさんを
「そいつもこいつも非凡な力を持ち得ていることは間違いなかろうな。だが、足りん。クトゥルフの
『ふ、不死ですか?』
「まぁ、海魔の延長線上のようなものだが、その質と桁が違う。海魔をなんとか叩き殺しているようでは不足だ。ワシにすら勝つことは出来ん」
俺は思わず黙り込むことになった。
なかなか絶望的なご見解……のような、そうでも無いような。
ブワイフさんは海魔の延長線上のようなものと確かにおっしゃったのだ。
物理攻撃は効きません的な不条理さは無いようだった。
となると、
(神性次第でなんとかなるか?)
女神様の下さった神性のおかげで、俺は可能性という
神性を稼いで、可能性を探る。
そんな選択肢が俺には存在した。
「言っておくが、策や準備に費やせるような時間はほとんど無いぞ」
ただ、狙いすましたかのようなブワイフさんのご助言なのでした。
俺は「へ?」と思わず間抜けな声を上げる。
『時間が無い? えーと、それはどういうことで?』
「このルルイエの
俺はしばし記憶を辿ることになった。
そう言えば、うん。そうね。
そんな話だったっけね。
俺がここに連れて来られた時だけど、アリシアさんはもう10日もすれば完成って話をしてたし。クトゥルフ降臨なんて話も確かにあったような。
となると、えーと?
俺が脱出したのが4日目で、今はそれから丸1日が過ぎた5日目。
猶予はあと5日ってそうなるわけね。
『破壊工作……でしょうかね?』
そんな手段に訴える必要性をヒシヒシと感じるわけだった。
でも、どうだろうね。
ゲームじゃないんだから、破壊してしまえば制限時間が増えるってそんな単純にいくかね?
案の定として、ブワイフさんは軽く首をかしげた。
「このアホみたいな都を壊してくれるのは嬉しいが、もちろん反撃は必至だぞ?」
『で、ですよねー』
「クトゥグァの件によって、都は少なからぬ被害を受けることにはなった。その修繕、補修に手一杯ではあるが、さすがに襲撃があればな? 優先順位は変わるだろうて。お前たちの排除が優先されるだろう」
つまるところ、下手に破壊工作に打って出れば、5日の猶予を目減りさせかねないということになるだろうか。
『ちなみに、被害の程度はどんなもので?』
「皆で手を尽くして、完成が先延ばしにはならん程度だ」
『となると、やはり猶予は5日辺りですか』
「あぁ。ただ、完成すなわち期限では無いぞ」
ちょっと、どういう意味か分からないのだった。
ぐねりと体をかしげていると、ブワイフさんはすぐに説明を始めてくれた。
「アリシア様がお前の集落を襲撃したことは覚えておろうな? アレは生贄の確保のための襲撃であったのだ。クトゥルフを都に降ろすためには、生贄の総量がいまだ足りていないからな」
『あー、なるほど。だからアリシアさんの取り巻きたちは、俺に対してあんなに喜んでいたので?』
「神格ともなれば、普通の人間とは明らかに質が違うのだ。ルルイエがいよいよ
俺は先日の出来事を脳裏に浮かべることになった。
魚顔の人たちから子どもを託された時、アリシアさんは俺の脱走を見逃してくれた。
『……2度目は無いでしょうね』
ブワイフさんは静かに頷きを見せた。
「無いだろうな。それは、あの方の良心が許すまい」
クトゥルフによる平和、平穏。
現状でアリシアさんの前にある道はそれしかないのだ。
そして、彼女は真に人々の救済を考えている人物だ。
平穏の遅れにつながるような行動は、それこそ彼女の良心が許さないだろうね。
当然として、2度目なんてあり得ないか。
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