92:わけあって、ルルイエ再び(1)

 俺は一体何をしたいのか?

 

 その点については整理がつきまして、ユスティアナさんたちの賛同を得ることも出来た。

 となると、次の行動は何か?

 そんなものは当然決まっていた。


『よいしょっと』


 俺は鉄格子の合間を苦も無くすり抜ける。

 そこは地上の月明かりとは無縁の地下牢であり、とある人物が囚われているのだった。

 特徴的なのは魚のお目々に触手のおヒゲだけど、これが個人を特定するヒントにならないのがこの界隈の恐ろしいところか。

 武人を思わせる重厚にして質実な気配。

 判断基準はコレであり、まぁ俺が知るあの方で間違いないでしょう。


『えーと、こんばんは。ブワイフさん』


 石畳にあぐらをかいている彼──推定ブワイフさんは、怪訝けげんそうに首をかしげた。


「……おかしいな。ここに居ないはずのヤツの姿が見えるぞ」


 彼は腕組みをして、前のめりに俺を見つめてくる。


「まさか……そうなのか? 迷子か? 逃げそこねて、こんなところに迷い込んできたか? ワシがアレだけ気を配ってやった結末がコレか? ふーむ。逆にすごいな、お前は」


 ブワイフさんは心底と言った様子で呆れの目つきをしておられるのでした。

 な、なんか、うん。

 俺への評価の低さが垣間かいま見えるような気が。

 さすがに彼の言うような事実は無かった。

 俺は首を振る的に左右に体を震わせる。


『ち、違います違います。迷子とかじゃないです。おかげ様でちゃんと逃げ出すことが出来まして、ほら。今は味方連れでもありますし』


 俺は一体では無かった。

 余裕で鉄格子をくぐれる仲間として、リリーさんとリンドウさんが一緒にいた。

 

「きゅーっ!」


「ぎぃっ!」


 んで、物怖じしない子たちなのでした。

 初めて目の当たりにする触手系フェイスのはずなのだけど、本当元気なご挨拶だったね。いい子いい子。

 そして挨拶を受けたブワイフさんだけど、彼は眉間に深くシワを寄せた。


「……そいつらはお前の眷属けんぞくか?」


『多分、そんな感じです』


「……なるほどな。お前のような間の抜けた神格からはこんなのが生まれるわけか。つくづくヘンテコだな」


 なんと言うか家族そろって評価は低めな感じだけど、ともあれ迷子で無いことは納得してもらえたらしい。


「とにかく、そういうことか? コイツらを護衛として、わざわざ敵地に舞い戻ってきたというわけか?」


 ブワイフさんの問いかけに、俺は頷き的に動く。


『はい。その通りです』


「それはご苦労なことだったな。ワシの居場所も良く分かったものだ」


『それはまぁ、食料の行く先を観察する的な感じで。しかし、牢に入れられることになっていたんですね。俺を逃がした件で?」


「そうだが、そこは別にいい。見ての通り形だけのことだからな。それよりも、なんだ? 用件は? それ以上に、ここにいるお前の立場は何だ? 何者のつもりで、今お前はここにいるのだ?」


 つまり彼は何を知りたいのか?

 理解は簡単だったが、意思として伝えるのには少なからず気合が必要だった。

 ただ、ここで躊躇ためらうのはなんか違うと言うか、そんな姿は見せたくないような。

 ブワイフさんは鋭い眼差しをして返答を待っている。

 俺はすぐさま意思を伝える。


『……俺たちでこの地に平穏を取り戻そうと思っています』


 返ってきたのは、この人らしい反応なのかな?

 ブワイフさんは無表情に「ふん」と鼻を鳴らした。


「そうか。それはまたご苦労なことだ。で、用件は? ワシの勧誘にでも来たのか?』


 俺は体を左右にすることで応じる。

 そういう話では無いのだった。

 勧誘を考えたことはあったけど、実現する見込みは多分無いだろうしね。

 用件は尋ねごとだった。 

 俺はこの地に平穏を取り戻すと決めた。

 苦難を味わっている人々を助けると決めた。

 差し当たっては、この白亜の大都にまつわる人々か。

 魚顔の人々はもちろんとして、ブワイフさんもそう。

 それに、あの人もね。

 邪神の聖女──アリシアさんも、当然俺の念頭にある内の1人だ。


 だからこそ、この人に尋ねなければならないことがあった。

 俺は早速その件について切り出す。


『率直なところをお聞かせ願いたいのですが……アリシアさんに勝つために俺たちはどうすれば良いと思いますか?』


 この俺の質問に、ブワイフさんはわずかに首をかしげた。


「ふむ。アリシア様がお前に何を望んでいたのかについて、そこはさすがに理解しているのだろう?」


『えぇ、まぁ』


「だとしたら、どうだ? お前がその意思を告げればアリシア様は諸手もろてを上げて協力してくれる。そうは思わなかったのか?」


 俺はちょっと苦笑的な心地だった。

 思案の足りない俺ではあるけど、そんな楽観とはさすがに無縁だったのだ。

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