88:彼らの秘密(1)

(……逃されたってことか?)


 呆然としつつも、そう理解は出来た。

 戦闘をしながらの監視は無理だと諦めたのだろうか?

 もしくは……何かしらを俺に託そうとしているのか。


 俺は考えないことにするのだった。

 ともかく、降って湧いたチャンスなのだ。

 脱出のチャンス。

 ただ、そのことばかりを考えてはいられない。


(えーと、アレ?)


 ブワイフさんの口にしたことはどうしても気にった。

 用心深い連中と彼は言っていたが、それは魚顔の人々のことで間違いないだろう。

 よって、アレとは彼らが隠しているのだろう何かしらに違いはないが。


(……気づいてたんだな)


 俺が気づくことが出来るぐらいなのであって当然だが、ブワイフさんも隠し事があることは察していたらしい。

 その上で見逃していたのだろうが、まぁ、そんなことはともかくか。

 

 正直、アレとやらについて考え続けるのは無理だった。

 ブワイフさんが参戦してもなお戦闘は続いている。

 魚顔の人たちは傷つき続けている。

 脱出の好機なのだ。

 ただ、彼らを尻目にこの場を脱しても良いものなのか?

 ふと、彼らの一体と目があった。

 彼らは俺に何も求めていないはずだった。

 しかし、今は違う。

 必死に抵抗している彼は何か懇願こんがんするような目つきを俺に向けてきていた。


 きっとブワイフさんの言っていた隠し事が、彼にあんな目つきをさせているのだろう。

 ともあれ、俺はきっと望まれていた。

 手助けを望まれているに違いなかった。


 もちろん脱出が最優先だ。

 ただ、彼を──彼らの窮地を見過ごせるかと言えば、


(ちょ、ちょっとだけだからっ!!)


 脱出の機会を失うような深入りはしない。

 そう心に決めて、俺は地面を跳ねる。 

 大事なのはスキル。

 硬化と形状変化。

 体をバネにするようなイメージだ。

 跳ぶようにして駆ける。

 俺の視界の範囲において、魚顔の人たちの敵は黒カニだった。

 いや、元黒カニか。

 今はクトゥグァに乗っ取られるだかして、ハサミ付きの燃える火の玉のようになっている。

 

 多分、魚顔の人たちはかなり強いんだろうね。

 普通の人間さんにとっては、普通の黒カニすら太刀打ちしようがない難敵である。

 だが、燃え盛るアレらを相手にして、彼らはなんとか蹂躙されることなく耐えている。


 だからこそ、俺にも活躍出来る余地はあった。

 素の黒カニであればともかく、燃え盛るアレらを相手するのは非力な俺には難しい。

 ただ、協力してくれる味方さえいれば、なんとか出来るビジョンがある。


──────《候補》──────

・耐火Lv1[必要ポイント:10]

────────────────


 とにかくとして、俺はスキルを獲得する。

 神格が上がったおかげで、緑スライムには不釣り合いなスキルも獲得可能になっている。

 まぁ、代わりに非常にお高いが、幸いにして海魔とやらとの戦いのおかげでレベルは上がっている。スキルポイントに余裕がある。

 

───────《ステータス》───────

【種族】グリーンスライム

【神格】地母神[第11級]


レベル:212 

神性:110,562

体力:201/201

魔力:197/197

膂力:71

敏捷:68

魔攻:70

魔防:65


【スキル】[スキルポイント:62]

・光合成Lv35

・種子生成Lv30

・土壌改良Lv15

・木獣使役Lv2

・形状変化Lv5

・硬化Lv10

・促成栽培Lv4

・神格解放Lv1

・聖性付与Lv2

・意思疎通Lv1

・耐火Lv5 ──────────────────────

 

 これで下準備は終わりとなりまして、よし。

 俺は火の玉のひとつに狙いを定め、すかさず跳躍。

 形状変化で面積を広げ、網のようになって──絡め取る。

 あつーい。けど、なんとかかんとか。

 獲得した耐火スキルが効いている。

 なんとか耐えられる。

 そして、俺はすれ違いざまに、近くの枯れ木に体を伸ばす。枝を掴む。

 あとは単純だ。

 黒カニもとい炎カニの飛行の勢いを利用し、遠心力も混じえて、地面へと叩きつける。

 ゴシャン!! とそれなりの音がしたが、まぁ、そうだ。

 この程度では致命傷にはならない。

 炎カニは動きを鈍くしたものの、再び空へ向かおうとする。

 だが、


『い、今ですっ!!』


 トドメはよろしくという話だった。

 俺の参戦に困惑している感のあった彼らだけど、迅速に応えてくれた。

 それぞれがそれぞれの得物を手に炎カニに襲いかかる。

 さすがに多勢に無勢だった。

 炎カニは黒い霧と化し、火の粉がひとつ空に消えていった。


『よし!!』


 あとは、この繰り返しだ。

 俺が炎カニを地面に墜とし、魚顔の人たちがトドメを刺していく。

 その最中である。

 俺が『ぜぇぜぇ』と一呼吸を置いていると、魚顔の人たちの2、3体が近寄ってきた。

 ねぎらってもらえるのではないかと一瞬思ったのだが、まぁ、うん。

 ブワイフさんは俺を逃がしてくれるような感じだったが、本来、俺は生贄予定の囚人だ。

 そのことは、彼らも重々承知しているはずなのだ。


(……迂闊うかつ?)


 猛省が必要かと思われたけど、どうにも大丈夫なのかどうか。

 彼らはいぶかしげな空気を漂わせつつに、苦心して俺に意思を向けてきた。


《何故、逃げない?》


 俺はひとまず安堵の息を吐く。

 いきなりの捕物とりものは無かったね、良かったね。

 そして、今後についても安心しては良さそうだった。

 彼らは俺を囲むようには動いていない。

 捕縛をしようという意思は感じられないのだ。

 

 ただただ、俺に疑問をぶつけようとしに来たと考えても良いだろう。

 しかしまぁ、何を思ってそんな尋ねかけをしているのか?

 分からないが、俺は咄嗟に答える。


『何故って……危なかったですし』


《……誰が?》


『いや、貴方たちが』


 そうとしか言いようがなかったが、望まれた返答では無かったのかどうか。

 彼らは顔を見合わせる。

 その眼差しには、何かしらの意思の疎通の気配が感じられるわけだけど……って、


『あっ』


 俺は思わず呟いていた。

 これも迂闊の一環だろうかね。

 魚顔の彼らの背後には、いつの間にか炎の巨人が立っていた。

 アレだね、炎ゴリラ。

 その強力さを俺は身をもって知っている。

 目の前の三体に、俺一匹。

 まとめてすりつぶすことの出来る力を持っている。


 よって、俺はほぼほぼ無意識に発動していた。

 神格解放。

 原始なる旧き創造神の残滓。

 

『は、はい、ドーン!!』


 わけの分からないことを叫びつつ、俺はいつものアレである。 

 おいでませ、セコイア様。

 45度ぐらいの角度で猛然と生えていただき、炎ゴリラをできる限りで吹っ飛ばす。

 成果はしっかりと出た。

 炎ゴリラは林の頭を超えて、視界の及ばないどこかへと消え去ってくれた。


『せ、セーフ……』


 俺の胸中は安堵で一杯だった。

 これで撃破とはならないだろうが、ひとまず難を逃れることは出来たわけだ。

 

 ただ、どうだ?

 これも迂闊ポイントプラス1では?

 これからの脱出行だっしゅつぎょうには、どんな危険があるのか分からないのだ。

 神格解放は必ずそこで役に立つはずだった。

 でも、使っちゃったね。

 5日のクールダウンで5分しか使えないやつ浪費しちゃったね。


『あ、あわわわわ』


 結果として、ちょっとキョドってしまうのだった。

 いや、大分だいぶか?

 体が勝手にその場でぐるぐると回り始める。

 そして、そんな様子が哀れにでも思えたのかね?

 俺が助けることになった魚顔の人たちは俺をじっと見下ろしている。


《……また助けた。何故?》


 ただ、彼らが発したのはそんな疑問の思いだった。

 奇特な生物を観察しているのかと思ったけど、どうにも違うっぽい?

 ともあれ、俺に余裕は無いのだ。


『そ、それはそうでしょ! 一緒に潰されたら痛いでしょうが!』


 逆ギレとは違うかもだが、そんな感じで応じてしまったのだった。

 魚顔の人たちは一斉に顔を見合わせた。

 俺は嫌な予感に苛まれ、動きを止めることになる。

 失礼な対応をしてしまったが、それが最悪の結果を招いてしまった可能性とかある?

 ムカついたからやっぱ捕まえて差し出すわとかさ?

 彼らがそんな結論に至ってしまうとかあり得ます?


 気がつけば、多くの魚顔さんが俺の周りには集まっていた。

 それぞれに顔を見合わせていた。

 なんか、うん。

 正直、怖いんだけど、これどうなりますかね?

 震えていると、彼らは不意に顔を見合わせることを止めた。

 揃って俺のことを見下ろしてきた。


《……貴方に託す》


 そして、彼らはそんな意思を伝えてきた。

 

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