84:俺と魚顔の皆さん(2)
(どないしよう……?)
頼れる皆さんを信じて助けを待つ。
この方針でいくつもりだったけど、すでに4日目。
俺の知らないところで妨害が激しいのか、あんなヤツ別にいらなくね? と妥当な結論に至ってしまったのか。
後者であれば黙って消えゆくのみだが、前者であればアレだよね。
労働に汗している場合じゃないかもしんない。
俺なりに何かしらの策を講じる必要があるかもしんない。
(う、うーむ)
俺は思わず作業を止めて、ぐねりと歪むことになる。
ただ、それがなかなか難しいところなんだよなぁ。
ぶっちゃけ監視の目は手薄には思える。
実質的にはブワイフさんが1人でその任を担っているようなものだし。
ただ、そのブワイフさんが問題か。
アンチクトゥルフのはずの彼だが、俺にお目こぼしをくれそうな気配はまったく無い。
どこか気だるげな様子ながらも、俺の行動をじっと監視している。
多分だが、俺1体で彼に勝つことは無理寄りの無理。
でも、チャレンジした方が良かったかもね。
何故と言って、白亜の都から訪れてくる人影があったのだ。
陽光に目を細めつつに、かのアリシアさんが触手ヅラたちを引き連れて現れたのだ。
(あ、終わり?)
そう理解するしか無いのでした。
いやまぁ、期限にはまだ
でも、予定なんてしょせん予定だし。
彼女の気分次第だろうし。
今日の彼女のラッキーアイテムは生贄に捧げられる緑のヘタレスライムなのかもだし。
(……ひぇぇ)
当然、ブルブル震えることになるわけですが、その時はまだ先のようだった。
まずはブワイフさんに挨拶らしい。
アリシアさんは彼の元に歩み寄っていく。
ブワイフさんも立ち上がって彼女を迎えようとする。
で、そういう話をするんだろうね。アレを生贄にドゥしようかってね。
もう遅いよなぁ。
今から逃げようったってもう遅い。
申し訳なくも、俺はこの世からあえなく退場ということに……って、
『ひぃ!?』
俺は悲鳴を上げることになった。
誰かがペタリと俺に触れてきたのだ。
一体何者? とならざるを得なかったのだが、考えてみれば近くにいるのは彼らしかなかった。
俺が見上げるところにいたのは、ここ数日における仕事仲間たちだ。
魚顔の人々。
その1人が、うろこばった指で俺に触れてきていたのだ。
俺の注意を引こうとしているのは間違いなく、自然と問いかけることになる。
『あ、あの……何か?』
彼らはすぐには応じてはこなかった。
チラリとどこか緊張の面持ちでアリシアさんらの集団を覗き見た。
咄嗟に理解出来るところはあった。
彼らは、ブワイフさんらの視線が外れたこの瞬間を突いてきたのだろう。彼らに知られたくない何かしらについて話がしたいのだろう。
ただ、実際のところはどうなのか?
俺に触れてきた1人が太い唇をした口を開く。
「……ア、アナ……アナ……タ……ハ……」
何故、魚顔の彼らは黙々と作業を続けていたのか?
その理由が察せられるのだった。
声を発する機能が
むごい。そう思わざるを得なかったが、その点についてかかずらっている場合では無いか。
アリシアさんにブワイフさんを始めとする触手ヅラの面々。
連中の目がこちらにいつ向けられるのかは分かったものでは無いのだ。
『だ、大丈夫です。頭で言葉を作ってさえもらえれば。それを俺に伝えようと思ってくれさえすれば』
俺は別に言葉を耳にしてそれを理解しているわけでは無い。
意思疎通。
そのスキルの恩恵によって、向けられた意思を読み解いているというのがおそらくは正しい。
交流に支障は無いはずだったが、これも変貌の影響なのか。
彼らは意思を作るのにも苦労しているようだった。
ただ、
《アナタが食物を作り出せるのは本当か?》
なんとか、俺はそんな意思を拾い上げることは出来た。
俺は初日のことを思い出すのだった。
ブワイフさんに食べ物が作れると伝えた時、魚顔の彼らは確かに大きな反応を見せてきていた。
正直、胸騒ぎがした。
実際のところ、彼らは食物を食べることの出来る体に戻りたいのではないか?
そのために、クトゥルフなる神の
そうであれば俺は……一体彼らにどう答えれば良いのか。
彼らとの交流にためらいのような物は確かに生じた。
ただ、ここで無視ってそんな真似はさすがに出来ない。
『……はい。確かにそれはえーと……出来ます』
俺が緊張と共に見つめる中で、彼らはすかさずの反応を見せてきた。
《食物とは我々の理解するそれなのか?》
《普遍的に人が食するものなのか?》
《人を変容させ得るものではないのか?》
俺はちょっと目を白黒させる心地だった。
矢継ぎ早の質問への戸惑いは多少はあるが、それよりも質問の内容への疑問が大きかった。
食への安全性とでも言うべきか。
それへのこだわりが
(重要……なんだろうけど)
貴重な時間の使い方としては、いささか不思議なものだった。
俺の実力はどうなのか?
クトゥルフを排斥出来る力はあるのか?
変貌した人間を元に戻すことは能うのか?
仮に、俺に救いを求めているとすれば、その辺りを気にするのが先決とだと思えるのだ。
『クトゥルフとやらを倒せって話じゃないんですか……?』
気がつけば、俺は疑問の思いをそのままに伝えていた。
彼らは一斉に首を左右にした。
《無駄だ》
《不可分だ》
《考えるべきでは無い。考える必要も無い》
俺が懸念した状況では無さそうだった。
ただ、だとすれば彼らの意図は?
何を思って、食料云々と問いかけてきたのか?
俺は安堵も無く尋ねかける。
『でしたら、その……?』
返答は無い。
彼らはお互いに目線を交わしている。
表情も無くわかりにくいが、どうにも迷っている雰囲気だった。
秘密がありそうな彼らであるが、食料について尋ねてきた件はそれに関係するのかどうか。
ここまで来て内緒は無いでしょというのが俺の正直なところだ。
ただ、ためらうのも十分理解出来る。
実際はともかく俺は怪物寄りの存在であり、彼らは別種の怪物に隷属を強いられているのだ。
彼らの信頼を得ようと思えば、一体何をすれば良いのか?
咄嗟にそんなことを考える俺だが、思案はあっという間に中断されることになった。
『へ?』
俺は唖然の声を上げていた。
突如として、魚顔の彼らがそろって俺から目を逸らしたのだ。作業へと戻っていったのだ。
何か警戒を呼ぶようなことをしたのだろうか? そう自らを疑うことになったが、そう言えばアレだよね。
彼らは、アリシアさんを含めた触手サイドの視線を警戒していたのだ。
俺は触手サイドの方々へ視線を向ける。
仲間内の会話は終わったのかな?
ブワイフさんがこちらを見てきている。
そして、アリシアさんはと言えば俺にご用事らしい、
穏やかな笑みを浮かべ、1人俺の元へ歩み寄ってきている。
これまた思い出したのでした。
そう言えばだけど、今日が生贄当日かって俺は震えていたよね。
魚顔の人たちとのやりとりは見事に頭から消えることになった。
これはえーと、どうなります?
震え直している内に、彼女は俺の目の前までやってきた。
優しげに笑みを深め、俺を見下ろしてきた。
「申し訳ありませんでした。私もそれなりに忙しいもので、貴方をずいぶんとおざなりにしてしまいました」
俺的には、風化するぐらいの勢いで放置してくれていても良かったんですけどねー。
ともあれ、気になるのは彼女の目的だ。
聞くのも怖いが、聞かないのも怖い。
俺は恐る恐ると彼女に尋ねかける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます