83:俺と魚顔の皆さん(1)

 邪教の囚人となって早4日ばかりが過ぎただろうか。


 神格解放のクールタイムは過ぎたものの、実力での脱出の見込みは無く、救出が来てくれる気配も無い。

 そんな中で、俺が一体何をやっているのかと言えば、


『わっせわっせ』


 掛け声を上げているのだった。

 なんのためかと言えば、ここは港なのだ。

 監禁初日に訪れることになった、建材の引き上げが行われていた港だ。

 つまり、そういうことである。

 俺は形状変化を活かして、縄をくわえこんでいた。

 魚顔の労働者たちと一緒に縄を引き、滑車を用いて筏から巨石を引き上げていた。


(……まぁ、うん)


 さすがの俺でも分かっていた。

 これはバカなことをしている。

 この都が完成した暁に俺は生贄にされるらしいのだ。

 自らタイムリミットを短くしているようなものだった。

 ただ、どうにも手伝ってしまっている。

 その理由はと言えば、


(同情……だよね)


 きっとそうだった。

 俺は人を憐れんでいられるような大した存在では無いのだが、それでも同情を抱いてしまっていた。

 何の選択肢も無く、邪神の恩寵を進んで受け入れざるを得なかった。

 そんな彼らのために、俺はただただじっとしていられなかったのだ。

 

 同情だ。

 同情としか言いようが無い。

 決して違うのだった。

 俺のこの行為に同情以外の理由が……まさか罪悪感が理由だなんて、そんなわけが無かった。

 彼らを救おうとしないことへの罪悪感。

 作業を進めつつに、俺は内心で思わず苦笑をもらす。


(自意識過剰だよなぁ)


 あるいは自己評価が高すぎると言うべきか。

 なにせ俺なのだ。

 前世において惨めで孤独な最期を迎えた、何者にもなりようが無かった哀れな存在。

 救うだなんて身の程知らずも良いところであった。

 妙な力を得てはいるが、手を貸すぐらいがせいぜい。

 仮に、俺が救世主だなんて意気込んでしまったら、それこそきっと悲劇だ。

 きっと誰も救われない。

 誰も彼をも、きっと不幸に陥れてしまう。


(そもそも……どうだ?)


 縄を引きつつ、俺は周囲をちらりとうかがう。

 当然、視界に入るのは魚顔の人々だ。

 俺が作業に混じっても、彼らはほとんど変わらなかった。

 変わらず黙々と働き続けていた。

 俺に対して、救いを求めてくるようなことは一度として無かった。


 あるいは、すでに擦り切れてしまったのかもしれない。

 初めて会った頃のユスティアナさんたちと同じで、未来に希望なんて抱こうと思っても抱けない状態にあるのかもしれない。


 ただ、そうでは無い可能性も考えられた。

 この数日で実感することになったが、ここは平和だった。

 肉塊由来の襲撃は一度も無かった。

 食にも困ってはいないのだ。

 美味そうとは欠片も思えないが、不足することはまったく無い。

 

 彼らはこの状況を受け入れている。

 妥協の産物だとしても、肯定的に受け入れている。

 そんな可能性は十分に有り得た。


 だとすれば、俺が罪悪感なんてものを抱く必要はまったく無い。

 彼らに手を差し伸べない……いや、差し伸べられなかったとして、そこに心苦しさを感じる道理は無いはずだ。


 まぁ、うん。


 約一名、意味ありげな視線を向けて来ている方はいらっしゃるんだけどね。

 俺は現状ある種自由に労働に励んでいるのだが、当然監視はついていた。

 初日以来のブワイフさんである。

 彼は石段に腰を落ち着けつつに俺を眺めているのだが、問題はその眼差しだ。


 作業を手伝いたいと俺が願い出た時もあんな目をしていたような。

 呆れであり、失望か。

 お前がすべきことはそんなことか?

 そう言外に語っているように俺には思えるのだ。


 ただ、俺は気にはしないのだった。

 きっと気のせいに過ぎないし。

 俺は失望にあたいするような存在じゃ無いのだ。

 彼はおそらく、自らの寿命を縮めようとする俺の愚行に呆れているだけなのだろう。


 ということで、俺は手伝いを続ける。

 罪悪感でも無く同情で動き続ける。

 しかし、アレだね。

 動いていると何も考えなくて良いよね。

 実際の俺の動機はこの辺りじゃないかって、なんとなく思わないでも無いけど、


(ふーむ?)


 俺は結局思案にふけることになっていた。

 同情とか罪悪感では無く別件だ。

 俺は再び周囲をうかがう。

 これまた当然、魚顔の人々が視界に入る。

 1人と目があった。

 ただ、一瞬で目をそらされた。

 

(……やっぱりなー)


 気のせいでは無さそうだった。

 彼らは、俺に救いを求めるようなことは一度として無かった。

 だが、興味自体はあるようなのだ。

 ここ数日、俺にチラリチラリと視線を向けてきていた。


 まぁ、そのこと自体は良い。不思議は無い。

 救いを求める気は無いとしても、俺みたいな珍妙な生き物に興味を向けることは十分にあり得るだろうし。

 気になるのは、彼らの興味の示し方と言うべきか。

 どうにも、ひそやかだった。

 誰にも気取られないようにといった雰囲気だった。

 もっと言えば、石段に座るブワイフさんを気にしているように思えた。


(はてな?)


 ここが不思議なところなのだ。

 俺を好奇の視線で見ることぐらい、何故ブワイフさんに気兼ねしなければならないのか?

 理由はさっぱり検討がつかない。あの人が、その程度のことで怒るとは思えないしね。

 ただ、現実として魚顔の人々は妙にこそこそとしている。

 特に印象的だったのは、港に船がやってきた時のことか。

 港の様子からして歴然だが、この都の建材は船によっていずこからか運ばれてきていた。

 俺は先日、船が接岸する様子を目の当たりにしたのだが、その時の彼らはまったくこそこそとしていた。

 ブワイフさんの視線を気にしつつに……どこか密輸的なと言うか。

 こっそりと何かを果たしていたかのように俺には思えた。


 とにかく、魚顔の人たちはたびたび不思議な振る舞いを見せていた。

 なにか事情があるんだろうけど、まぁうん。

 俺は魚顔の人たちから意識を離すことにした。

 現状、人のことなんて考えている場合じゃないよねってことで。

 10日後には生贄でございと宣言されて早4日。

 終わりの時は刻々と近づいて生きているのだ。

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