80:邪教の武人
俺はアリシアさんの聖女のような微笑を見つめつつに考える。
容貌と裏腹にと言うべきか、この人は絶対にヤバい。
この激ヤバ集団のボスっぽい感じだけど、この人を相手するのは多分無理だ。
出し抜くのは無理。
この人はきっと、イカの化け物なんか比では無い手札を懐に忍ばせている。
俺が最善の行動を取れたとしても、脱出が成功する未来はきっと無い。
仮に、ルルイエとやらが完成するまでこの人と四六時中一緒にいるとなれば?
それはもう絶望との再婚不可避である。
(お、お願い……っ!!)
俺は祈るのだった。
どうか、そうはなりませんように。
牢屋に放り入れておくとか、なんならペット枠としてそこらを走らせておくとか。
とにかくアリシアさんが一緒にいない時間が生まれますように。
そんな俺の祈りが届いたのかはともかくとして、その辺りについては彼も気にしていたようだった。
リーダー格の触手ヅラがわずかに首をかしげる。
「しかし、いかがされますかな? この神格をいかに? それまでは地下に封じておかれますか?」
俺は当然全力で聞き耳を立てることになった。
はたして、アリシアさんの返答はどうなるのか?
彼女は笑みのままで口を開く。
「その辺りについてはすでに考えてあります。ブワイフ殿」
俺はちょっと首をかしげる心地だった。
ブワイフ殿?
名前っぽくしか聞こえなかったが、実際そうであったらしい。
「……私をお呼びでしょうかな?」
応じたのは、触手ヅラの中の一体だ。
俺は場違いな感心を得ることになった。
どれも同じに見えていた触手ヅラだったけど、個性みたいなのは確かにあるんだな。
リーダー格を始めとして、他の触手ヅラたちは一様にどこかインテリ的な空気が感じられた。
知的な経歴を辿り、己の知性に自信がある的な雰囲気があると言うべきか。
一方で、ブワイフ殿か。
アレにはその手の気配は無かった。
どこか軍人的と言うべきか武人的と言うか。
知的ではあっても、もっと地に足がついて、よりしたたかと言うか……身近なところではユスティアナさんだろうか?
彼女に似た雰囲気が確かに感じられた。
ともあれ、気になるのはブワイフ殿とやらに彼女が何を伝えたいのかだ。
アリシアさんは笑みのままで言葉を紡ぐ。
「この神格の管理は貴方に任せます。……良いですね?」
彼女の口からズバリ俺の興味の的について告げられた。
ただ、俺はそのことに興味が向けられなかった。
妙に気になることがあったのだ。
一瞬ではあるが、アリシアさんの表情から笑みが消えた。
妙に真剣な表情が生まれ、その眼差しが向けられたのは当然ブワイフさんとやらだ。
彼は即答はしなかった。
ヒゲのような触手をひと撫でし、その上で「ふむ」と一言を置き、
「お尋ねしたい。この神格は一体どのような神格なので?」
流れとしては妥当な質問をした。
ただ、
「そうですね。力はあります。ただ、知るべきことを知らない。そんな神格です」
アリシアさんの返答はそんな不思議なものだった。
前半はまぁ良い。
力があるから気をつけろと、そんな意図が分かるからだ。
だが、後半。
知るべきことを知らない。
無知ってことなのだろうが分からなかった。
俺については妥当な評価だろうけど、それを伝える意図ははたしてどこにあったのか?
触手ヅラの多くもそれぞれに戸惑いを示しているようだった。
一方で、ブワイフさんとやらは違う。
戸惑う様子は無く、ただ理解は生まれていないっぽい。
考え込むようにアゴの触手を撫でさすり、
「……左様ですか。承知いたしました」
その後、淡々と頭を下げた。
アリシアさんは笑みを返す。
「えぇ、お願いします。では」
彼女は両の掌で俺を包んだ。
ブワイフさんとやらに丁寧な仕草で差し出した。
俺は彼らの妙なやりとりについては忘れることにした。
なんと言ってもチャンスなのだ。
アリシアさんから距離を取れるのであり、脱出に向けての大チャンスだ。
ブワイフさんは軽く一礼した上で俺を受け取った。
俺はブワイフさんの懐に収まることになる。
片腕で支えられることになったのだが……力強くはあるよな。
アリシアさんと比べれば肉体的な強さは上に思える。
ただ、力が強いだけだったら光明は見える。
アリシアさんと比べれば、なんかそこまで底しれない感じは無いし。
(よ、よーし!)
自然と決意することになった。
なんとしても脱出するのだ。
リリーさんやリンドウさん、集落の人間さんたちの元に帰還する。
絶望さんには
希望しか見ないことにした。
俺は間違いなく帰還を成し遂げることが出来るのではあるが、
「おい」
ちょっとビクリとすることにはなりました。
声の主は、今の俺の持ち主だ。
ブワイフさんが俺をじろりと見下ろしてきていた。
ぶっちゃけ、ちょう怖い。
だが、ひるんでもいられず、俺は
すると、
「ひとつ教えておいてやろう」
彼はそんなことを俺に告げてきたのだった。
教えるってなんぞ?
そんな疑問を抱いた俺に対し、彼は言葉を費やさなかった。
代わりに、動いた。
立ち並ぶ白亜の尖塔の1つに近づいた。
尖塔の成り立ちとか観光ガイド的に教えていただけるのかどうかって、そんなわけでは無いらしい。
彼は空いている片腕を振り上げた。
無造作に振り下ろす。
尖塔の側面に拳を叩きつける。
その結果に俺は声も無かった。
これ、工事の事故現場とかで聞こえる音だよね。
砕けた。
落ちた。
少なくとも10メートルはありそうな尖塔は今は影も形も無い。
轟音と共に瓦礫の山と化した。
「ぶ、ブワイフ殿っ! 神聖なる都に一体何のつもりだっ!?」
リーダー格が怒声を上げたが、彼に気にする素振りは無い。
懐の俺を再び見下ろしてくる。
「ワシはな、強いぞ。覚えておけ」
彼の言いたいことはよく分かった。
逃げようなんて夢にも思うなよってことだよね。
うーん、そうねー。
化け物から化け物へ。
そんな感じで、俺の所有権は移っただけっぽいね。
希望ねー。
俺の伴侶はやっぱり絶望さんってことになりそうねー。
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