79:辿りつきまして、ルルイエ(模)

 そして、うん。

 哀れヘタレスライムは、邪神の都に連行されていきましたとさ。


 完。


 みたいな気分と言うか、割と絶望真っ只中ではあるけどね。

 一応、正気は手放さないでおくのでした。

 女神様は、アリシアさんについて俺の同類とおっしゃっていたのだ。

 とんでもない迂闊うかつさを見せつけてくれる可能性とかも……無いかなぁ?

 そもそも女神様に信頼が置けるかと言えば非常に怪しいし。

 脱出出来る見込みもまた非常に怪しいところがあるよねぇ。


 とにかく、俺はアリシアさんの胸に抱かれつつにその都を訪れることになった。

 ルルイエ。

 正確には、ルルイエとやらを模したらしい白亜の大都。

 門に類するようなものは見当たらず、尖塔せんとうの群れの合間にアリシアさんは足を踏み入れていく。

 すると、

 

「……お帰りなさいませ」


 しわがれた男性の声音が響いた。

 案の定のこととしてのお出迎えである。

 そう、案の定だ。

 ここがヤベェ連中の巣窟であることは自明の理。

 あまり知性に恵まれていない俺であっても、この展開はさすがに予想していた。


 ただ、俺は見事にビビり散らすことになっていたのでした。

 いや、本当に予想はしていたのだ。

 集落でこんばんわした魚顔が出てくる程度のことは想定の範疇だった。

 でも……なんですかね、アレ?

 黒っぽいローブをまとっていることは魚顔とあまり変わらない。

 魚顔みたいに、今にもこぼれ落ちそうなお目々をしていることもそうだ。

 だが、その口元。

 一瞬ヒゲかと思えたのだが、どうにも違う。

 触手だね、アレね。

 口元にはわしゃわしゃとして無数の触手がひそやかにうごめいていた。

 

(……わーお)


 生理的にちょっとアレな感じなのはともかくとして、何と言うべきかうーん。

 レベルアップ?

 魚顔の進化系?

 1段も2段も格上的な?

 そんな気配があって、俺はどうにもビビり倒さざるを得なかった。

 しかも、そんな出迎えはお一人様では無い。

 多分、20近く。

 集団と呼べる単位で白亜を背景に立ち並んでいた。


(無理では?)


 脱出とか出来っこない。

 そんな実感がひしひしと迫ってきて、俺と絶望との関係性も非常に親密なものになりつつあるのでした。

 ともあれ、状況は進む。

 アリシアさんはニコリと彼らに笑みを返す。


「お出迎えありがとうございます。留守の間、何か変わったことは?」

 

 多分、集団の中のリーダー格なのだろう。

 若干ローブがキレイな気がしないこともない一体が、触手をもしゃもしゃさせつつに首を左右にする。


「さして報告に足るようなことは何も。アリシア様におかれましては? その懐にあるものは一体?」


 んで、当然のこととして俺に注目が集まるのでした。

 俺が思わず縮こまる中で、アリシアさんはどこか陶然とうぜんとして笑みを深める。


「今回の大きな成果です。神あるいは神に近い一体。尊き方への良き供物くもつとなるでしょう」


 この発言を間近で聞いて、俺は少なからずあることを期待した。

 いやね、触手顔のお歴々が失笑的な反応をしてはくれないかと。

 どこがだよ、みたいな?

 ゴミじゃん、みたいな?

 元あった場所に戻してきなさい、的な?


 まぁ、楽観が過ぎたらしい。

 触手顔の皆さんは途端に喜色を示した。


「おぉ、それは素晴らしい!」


「確かに、神らしき気配は如実に!」


「これで尊き方の降臨にまた一歩近づきましたな!」


 以上、彼らの喜びの声でした。

 そして、


「素晴らしいお働きでしたな。早速、儀式の準備を始めましょう」


 リーダー格さんがやる気満々にそんなことをおっしゃられたのでした。


(あ、あかん……)


 俺の胸中はもちろん後悔で100%だった。

 決断すべきだったよなぁ。

 神格解放はクールタイム中であったので、アリシアさんから逃れられる可能性が薄かったことは間違いない。

 ただ、万に1つを狙うのであれば、それは道中だった。

 ここまでの道中で脱出を敢行かんこうすべきだった。

 時すでに遅しだ。

 今から抵抗を試みたところで多勢に無勢。

 もはやどうしようも無い。


 完。


 なんて本気で覚悟したわけですが、おっと?

 俺が懐から見上げる彼女は、静かに頭を左右にした。


「いえ。その必要はありません」


 俺は咄嗟に思い出していた。

 あの白い空間で女神様は俺に何とおっしゃったのか?

 アリシアさんの為すに任せろ。

 きっと女神様は分かっていらっしゃったのだ。

 アリシアさんに俺を害する意図が無いことを。

 俺を生贄にする意図なんてまるで無いって、きっとご存知であって──


「神格の供物となれば、ふさわしき時期があるはずです。ルルイエ完成の暁が良いでしょう」


 まぁ、そんなこったろうと思っていたので落胆とかは特にせずにすんだかな。

 一方で、内容自体には非常に興味が引かれた。

 絶望必死かと思えたが、どうにも猶予ゆうよがあるらしい。

 その猶予の長さ次第で俺にも十分にチャンスはやってくるのだ。

 神格解放が使用出来るまで時間が稼げれば、俺であってもなんとかこの魔境から脱することが出来るかもしれない。


「となると、10日も後となりましょうか? いやはや、その時が待ち遠しいですな」


 そして、これがリーダー格の発言だった。

 俺は胸中でガッツポーズだ。

 これなら余裕だ。

 生贄イベントまでに、余裕で神格解放を使用出来るようになる。

 ワンチャンあるよね、これ。

 海魔だったっけか?

 集落にてイカの化け物と対峙したけど、アレが相手ですら神格解放を活かせば動きを封殺することが出来たのだ。

 俺の工夫次第でなんとかなる。

 本当、なんとかなるんじゃないかなマジでさ。


(となると……)


 俺はちらりと頭上を見上げる。

 アリシアさんの顔を仰ぎ見る。

 となると、気になるのは当然この人となるのだ。

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