77:女神様のお達し

『あ、あの……何故、私をここに?』


 何故、俺をこの白い空間に招いたのか?

 俺の迂闊うかつをなじる以外に理由はあるのか?

 そんな疑問があっての問いかけでした。

 女神様は眉間にシワを寄せつつに答えられました。


「貴方の迂闊をなじるため。他に考えられるものはありますか?」


『で、ですよね、はい』


「当たり前です。ただ、理由はそれだけではありませんが」


 俺が『へ?』と見上げる中で、彼女はその金色の眼差しに真剣の雰囲気を漂わせた。


「貴方の迂闊さは決定的です。致命的です。ただ、こうなっては仕方ありません。動揺して、決して無駄にあらがわぬように。そして、彼女の思惑おもわくに任せるようにしなさい。いいですね?」


 すぐさまに了承とはいかなかった。

 だって、何故? としか思えなかったし。

 彼女の思惑に任せる。

 そう女神様はおっしゃったけど、その彼女って偽聖女さんだよね?

 彼女の意思に任せていたら、俺はレア生贄枠として消費されるだけのような……って、あーだだだだ。


「返事」


 そう告げつつに、女神様は俺を片手で万力ホールドなのでした。

 あの、俺を殺すつもりですかねこの人?

 返事を催促しているにしては力加減が明らかにおかしいような。

 と、ともあれ無理です。

 少なくとも肯定的な返事が生まれる余地は無いです。


『そ、そうは言われましても。大丈夫じゃないですよね? 彼女……偽物の聖女さんの言う通りになんかしてたら殺されちゃいますよね? 逃げないといけませんよね?』


 俺にしては饒舌じょうぜつに抗議させていただいたのでした。

 で、かなり的を射たものだったんじゃないかな?

 女神様は悩ましげに眉をひそめる。

 そして、


『い、いだだだだっ!?』


 俺は悲鳴を上げることになりましたとさ。

 女神様の万力ハンドがキコキコ狭まってきた感じですね、はい。


「返事」


 そうして彼女は返事を……間違いなく俺の了承を求めてきたのでした。

 ただ、さすがにね?

 これで肯定を返せるかと言えばちょっとね?


『む、無理ですってば!! そんなことを言われましても、せめて説明を……っ!!


「えぇい、とにかく頷きなさい!! 時間が無いのです!! 私は無理をして貴方を呼んだのですよ!!」


『だ、だったら時間の有効活用を図ってはいただけませんかね!?』


 俺のせいもあるだろうけど、無駄な時間ばっかり過ごしている気がするし。

 一応、俺の意見は採用されたようでした。

 不機嫌そうにですが、女神様は万力の力を少し緩めてくれた。


「では、可能な限り手短に説明しましょう。私は信徒であった頃の彼女を知っています」


『信徒であった頃の? え? 彼女って偽物……って、あだだだだっ!?』

 

「横槍は厳禁です。とにかく信じなさい。彼女は誰よりも聖女だったのです。貴方と同類だったのです」


 俺は当然『はい?』でした。

 偽聖女さんは実は偽物じゃない……? みたいなところも気になるけど、より引っかかるのは彼女の最後の言葉だ。

 貴方と同類?

 俺と同類?

 ど、どういう意味ですかね?

 実は、正体はスライム?

 あるいはヘタレ族?

 そうは見えなかったけど、その気性において俺のお仲間だったりする?


 握りつぶされるかもしれない恐怖はあるけどさ。

 これは問い返ざるを得なかった。


『あ、あの、同類とは……って、へ?』


 俺は目を丸くするみたいな心地でした。

 気がつけば無かったのだ。

 白い空間も、女神様の仏頂面もどこにも無かった。

 の光があった。

 周囲には、枯れ木の森があった。

 そして、もっとも間近。

 俺の頭上には、


「あら、お気づきですか」


 慈愛に満ちた美しい笑みが咲き誇っているのでした。

 まぁ、はい。

 偽聖女さんだね。

 状況はなんとなく察することは出来ました。

 気絶から目覚めたことは間違いないとして、俺は偽聖女さんの胸に抱かれているのかな?

 そうして、いずこかへと運ばれているみたいだね。

 多分、ヤバい場所にね。

 多分、生贄としてね。


(……むぎゃー)


 こんな現実に目覚めとう無かった。

 そう思わざるを得ないような、そうでも無いような。

 女神様の握撃あくげきも正直たいがいだったし。

 って言うか、マジで時間無かったんだね。

 女神様は無理して呼んだっておっしゃっていらしたけどさ。

 だったら、うーん。

 本当、時間を有効に利用していただきたかったかなぁ。

 

 俺は頭上を見上げる。

 そこには偽聖女さんのお美しい笑みがある。

 女神様は無駄に抵抗するなっておっしゃっていたよね。

 彼女の言う通りにしとけって厳命されていたよね。

 だが、


(い、いやいやいや……)


 そんなつもりにはちょっとなれないのだった。

 色々と意味深なところの多い偽聖女さんだけどさ。

 やっぱ、クトゥルフさんとやらを信仰するヤバい人なのは間違いないし。

 言う通りにするには……ちょっとねぇ?

 本当、もうちょっと女神様には説明いただきたかったよね。

 偽聖女さんに俺が従えるだけの、何か根拠的なものを。

 ただ、しかしまぁ、


「……どうしましたか? なにか体調に優れぬところが?」


 偽聖女さんは本当優しい表情をしていた。

 眉を不安そうに八の字にしていて、心底俺を心配しているといった様子だった。

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