75:問答の終わり。そして

「無理……でしょうか?」


 妙に冷たい響きをともなった問いかけだった。

 ノーが言えない系筆頭の俺としては、『がんばります!!』って答えたくもなるのでした。

 ただ、


『そ、それはそうでしょうとも。私なんてこんなですし。ヘタレで雑魚な生き物ですし』

 

 これはちょっと安易に肯定出来ることじゃないのだ。

 返答はこれとなり、偽聖女さんは静かに首をかたむける。


「そうでしょうか? 少なくとも力はあるのでは?」


『貴方の言うような力はあるかもですが……私は私ですから。無理です。ユスティアナさんたちの助けになるぐらいが精々です』


 本当、そもそもの話だけどさ。

 考えたことも無かったよな。

 俺が自称神様な連中のことごとくを打倒する。

 そして、この世界に平穏を取り戻す。


 それが出来たら間違いなく一番良かった。

 ユスティアナさんたちにとって、彼女たちに親しんでいるリリーさんたちにとって。

 もちろん、俺にとってもね。

 平穏な世界でゆるりと過ごせるならば、それに越したことは無いだろう。


 ただ……前世でしっかりと学んだのだ。

 俺はそんなことが出来るような大層な存在じゃない。

 自分自身の問題すら、解決なんて思いも寄らなかったのだ。

 無理であり、分不相応だろう。

 それはきっと俺が望んでいいことじゃない。

 いざ、世界平和っ!! なんて、俺が望んだところできっとね?

 絶対、良いことにならない。

 空回った挙げ句に、うん。

 世界平和どころか、周囲の大事な存在を傷つけるだけなのだ。


 よって、回答が全てだった。

 無理だ。

 俺にはそんなことは出来ない。

 しかし、うん。

 これは偽聖女さんの求める回答では無い。

 そんな予感が不思議とあるよね。

 返ってくるのは侮蔑か罵倒か。

 俺は小さくなって待ち構えることになる。

 だが、実際に返ってきたのは……苦笑?


「……なるほど。どうりで、ユスティアナさんが貴方に敬愛を向けるわけです」


 俺は首をかしげる的な感じでした。

 これはどういった反応なんだ?

 偽聖女さんは苦笑のままで言葉を続ける。


「貴方はまるで人間ですね。自らの身の丈を自らによって定め、その中でまるで身動きが取れなくなっている。まるで我々のような臆病おくびょうさです。神とするには卑近ひきんであり……ふふ。彼女も安心して信頼を寄せることが出来たのでしょうね」


 褒められているのか、けなされているのか。

 判別の難しい独白であったけど、いや、どうだ?

 褒められているわけでは無かったのかもしれない。 

 彼女は不意に苦笑を消した。

 表情も無く俺を見下ろしてくる。


「話になりません。卑近にして卑小に過ぎます。これでは……無理でしょう。いくら善良であろうが話にならない。呑まれて消える。それだけです。貴方では何も為せない。まったく何ひとつ為すことは出来ない」


 俺は思わず後ずさった。

 表情は無くとも、翡翠ひすいの瞳には明らかに感情の色が渦巻いていた。

 怒りだ。

 何故、そんな感情を抱かれないといけないのかは微塵も分からない。

 だが、きっとそうだ。

 彼女は俺に激しい怒りを覚えている。

 

「……どうしたものでしょうかね」


 そして、彼女は眉間にシワを寄せてそう呟いた。


「どうしようも無いように思えますが、しかし善良であることは確かであり……いや? それにしては、あまりに危機感が……」


 そうして、な、なんでしょうかね?

 彼女は俺に首をかしげて見せてきた。


「1つ尋ねます。貴方はこの地以外を知っていますか? ユスティアナさんら以外に会ったことは?」


 これまたよく分からない質問でした。

 ただ、俺は彼女の迫力に押される形で思わず答える。


『い、いいえ。私はあの、この地にずっといたもので……』


 すると、偽聖女さんは「なるほど」と小さく口にした。

 ひとつ納得の頷きを見せた。


「なるほど、それで。では……ふむ。もう1つ尋ねます。貴方は気を失ったりは出来るのですか?」


 もはや意味を察することも出来ない質問でした。

 だが、やはり彼女の迫力は凄いのだ。

 とにかくとして俺はすかさず応じる。


『は、はい。多分その、多分ですが。ぐちゃっとなった時に1回』


 多分、アレがそうだよね。

 テッサさん──かつて女の子さんと呼んでいた彼女を、転倒から守った末のアレだけどさ。

 多分、気絶していたと思う。

 推定女神様とのご対面は、その最中のことなのだったのでしょう。きっと。


 ともあれ、ほ、本当に何?

 彼女は非常に嬉しそうでした。

 笑顔でパン。

 両手を顔の前で合わせた。


「それは良いことです。運ぶのに苦労はせずにすみそうですね」


 一体、この方は何をおっしゃられているのか。

 俺が困惑していると、彼女は……は、はい?

 いつの間にか、例の一冊を手にしていたのでした。

 肉っ気たっぷりのあの巨大な一冊だ。

 彼女は笑みのままだった。

 笑みのままで、その一冊を両手で頭上に振り上げる。


(……ほぉ)


 俺は納得の心地で見上げるのでした。

 まぁ、うん。

 彼女の胸中はさっぱり分からないけどさ。

 一瞬先の彼女の行動については容易に推測出来るよね。


『ぐ、ぐちゃっとですか……?』


 尋ねると、彼女は優しげに目を弓なりにする。


「はい。1回ですむようにがんばって下さい」


 俺はノーが言えない系であり、『はい』の一言が頭をぎりはしたんだけどね。

 でも、いやです。

 これは無しです。

 ということで、


『た、助けてーっ!!』

 

 叫んでぴょんぴょこ。

 必死の逃走に打って出るのですが、そうねぇ。


 逃げ出す好機はとっくの昔に手放してしまったわけでして。

 まるでまぁ、鉄槌のごとくでした。

 偽聖女さんによる書籍ハンマーは、逃げゆく俺を見事に捉えてくれまして……ぐべっ。

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