74:偽聖女さんとの問答

 彼女の問いかけに、俺は正直困惑せざるを得なかった。


(ど、どういう意味だ?)


 正直、問いかけの意味が掴めなかったのだ。


 あまねく神々を淘汰とうたするつもりはあるのか。

 そして、人々を幸せに──俺の求める幸せに導くつもりはあるのか。


 それが偽聖女さんの問いかけだったけど……あー、うん。

 素直に理解するのであれば、そうだね。

 お前に世界征服の意思はあるのか?

 そんな感じに聞こえないことは無いよね。

 クトゥグアやら、クトゥルフさんやら。

 灰色さんや黒カニを生み出していた肉塊系もそうなのか?

 あの連中を滅ぼして、お前がこの世界の唯一の神になるつもりはあるのか?

 彼女は多分、そう問いかけてきているんじゃないかな?


(……えーと?)


 俺は引き続き困惑せざるを得なかった。

 何なんだ?

 偽聖女さんは何でこんな問いかけを俺に投げかけてきたんだ?


 これまた素直に理解するのであれば……探りをかけてきているだとか?

 俺がクトゥルフさんの──彼女の崇める神様の敵になり得るのかどうか。

 敵にならないのであれば、引き抜こうかなんて考えていらっしゃるのかもだよね。

 彼女、俺に妙に感心していたし。

 そうなると、彼女がこの場にいる理由にもなる気がするよな。

 周囲には濃い紫の霧が立ち込めている。

 この状況だったら、ユスティアナさんたちの横槍は無い。

 俺の内心を探りつつに、ゆっくりと勧誘することが出来るのだ。


 まぁ、はい。


 そんな予想を立てつつも、俺はその予想にあまり納得はしていないのでした。

 いや、わりと良い線いっている気がするんだけどね。

 ただ……彼女の眼差しだ。

 彼女は微笑みを浮かべているが、しかし眼差しは違う。

 決して笑ってはいない。

 その翡翠ひすい色の双眸そうぼうには、冷徹な光が宿っている。

 ちょっとね、違うのだ。

 そこにある雰囲気が何か違う。

 探っているなんて軽い感じじゃない。

 もっと何かこう、見定めている?

 いやまぁ、こいつは使えそうかどうなのかってさ。

 敏腕スカウト的な真剣さを見せているだけなのかもだけど……なんか違う気がするんだよなぁ。


「どうしましたか? 是か非か。それだけのことでは?」

 

 そして、しびれ切らしたのかどうか。

 彼女はそう俺に問いかけてきた。

 いまだ彼女の目は笑ってはいない。

 冷徹であり、真剣に見える。

 ある種、凄絶せいぜつな雰囲気すら感じ取れるのだった。

 生半可な返答は出来ない。

 そう思えるのだった。

 よって、


『そ、そんなつもりは……正直ありませんが』


 俺は素直なところを彼女に返すことになった。

 偽聖女さんは「ふむ」と軽く首をかしげる。


「そうですか。それはまた何故?」


『何故も何も、私そんな大した存在じゃありませんし……』


「大した存在では無い? 海魔の一体を滅しておいてそれは無いのでは?」


 俺は少しばかり思い返すことになった。

 確かに、アレは大戦果であっただろう。

 普通の人間さんたちでは逆立ちしたって太刀打ちできない。

 そんな怪物を、最後には一方的に打倒することが出来たのだ。

 ただ、


『いや、あれは私がって話じゃ無いですから』


 実際がんばったのはリリーさんであり、ユスティアナさんら人間さんたちなのだ。

 俺なんて、種を吐き出しつつに右往左往していただけである。

 ただ、偽聖女さんは異論があるようだった。

 彼女はただでさえかしげていた首をさらにひねる。

 

「無いのですか? あの可愛らしい子は貴方の眷属では? 貴方につらなる存在では?」


『け、眷属ってのが良くは分かりませんが、一応そんな感じでしょうか』


「でしたら、海魔を打倒したのは貴方でしょうに。貴方の神格としての神秘が、海魔の持つそれを凌駕りょうがしたのです」


『そうなる……のでしょうか?』


「でしょうとも。だからこそ私は尋ねているのです。我が尊き方のなされることは、貴方の求めるところとは違う。そうですね?」


 彼女からは完全に笑みは消えていた。

 目を細めて、静かに俺を見据えてきていた。

 迫力に押されてもということもあれば、一応その通りなのだ。

 俺は思わず頷き的に動く。


『は、はい。それはそうです』


「でしたら、考えるものではありませんか? 力ある一柱として、あまねく神々を排斥はいせきせんと。自らの求める慈悲をこの地に敷かんと。人々の笑みが一番だと語るのであれば……それが自然なのでは?」

  

 俺は身じろぎをせざるを得なかった。

 な、なんだろうな。

 もはや彼女の目つきは見定めているといった様子では無かった。

 責めている。

 なじっている。

 そんな様子であるように、俺には思えて仕方がなかった。

 

 ともあれ、生半可な返答は出来ないといった雰囲気はいぜんとしてあるのだ。

 よって俺は、

 

『い、いえいえいえ。私にはそんなの無理ですから』


 こう返答せざるを得なかった。

 偽聖女さんは剣呑な目つきをすっと細めた。

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