71:リリーさん(巨)vs化け物イカ

「み、御使い様っ!」


 その呼びかけの声はユスティアナさんによるものでした。

 巻き込まれないようにって後退した彼女が、慌てて俺に駆け寄ってきた。


「お、驚きました。あれは、まさか……リリーさんで?」


 あの子の勇戦を見上げつつ、俺は呆然と彼女に応じる。


『は、はい。それで間違いないはずです』


「神格解放だと?」


『神格解放です。間違いありません』


「ふむ。やはり強力ですね。頼もしいことこの上ありません。ただ……」


 何故かは分からない。

 リリーさんを見つめる彼女は、眉をひそめて首をかしげている。


「場違いな感想かもしれませんが……少し不安になります。あの子はちゃんと、あの子のままなのでしょうか?」


 俺はユスティアナさんの懸念けねんを理解することになった。

 それは……本当、確かに。

 俺はあらためてリリーさんを見つめる。

 テディベアめいた面影おもかげなんて欠片も無い。

 今のあの子は偉大なる巨龍って感じであり、その戦いぶりは多分に荒々しい。

 俺も思わざるを得なかった。

 あるいは悪影響があるのではないか?

 神格解放はメリットだけではないのではないか?

 リリーさんのり方を……人格までをも変容させてしまう劇薬なのではないか?

 

 そのリリーさんは、にわかに反撃に会っていた。

 

 再生をしつづける化け物イカは、触手での殴打を無力と諦めたようだった。

 代わって、束縛だ。

 無数の触手をもって、リリーさんの巨躯きょくを絡め取る。

 封殺ふうさつせんと試みてくる。


 少なくともわずらわしいものであったらしい。

 リリーさんは苛立たしげに触手の束縛の中で身じろぎする。

 そして──叫んだ。


「む、むきゅーっ!!!」


 俺はなんともかんとも。

 ユスティアナさんと顔を見合わせることになる。


『……リリーさんですかね?』


「……そうみたいですね」


 俺はユスティアナさんと頷きを交わす。

 なんとも、はい。

 安心しましたですよ、はい。


 んで、触手の束縛は鬱陶しいだけのもののようでした。


 リリーさんは本当「むきゅーっ!」って感じでした。

 触手を苛立たしげに引きちぎりまして……憂さ晴らしなのかな?

 化け物イカの胴体をボコスカ殴りまくってくれるのでした。

 なんか、うん。

 リリーさんだね。

 リリーさんがちょっと大きくなっただけにしか見えなくなってきたね。


 ともあれ、効果は絶大だった。

 明らかに触手は目減りしている。

 明らかに与えたダメージが回復量を上回っている。


 そのことに、あの子も気づいたらしい。

 決着は近いなんて思ったのかな?

 リリーさんは俺をじーっと見下ろしてきた。

 アレだね。

 スライムソード的な気分らしいね。

 俺は当然、体を左右に振る。

 分かるでしょ。

 無理です。

 サイズ感が明らかに足りていないでしょうが。


 このことにも、あの子は気付いたらしい。

 リリーさんは悩ましげに腕組みだった。

 そして、ため息って感じかな?

 一度肩を落として……メキメキメキ。

  

 どうやら次善策を選んだらしい。

 リリーさんは片腕をメキメキと音を立てつつに変容させていた。

 長く、鋭く。

 現れたのは、大樹の木刀だ。

 んで、バッコンバッコン。

 打ちます。

 とにかく打ちます。

 明らかに回復の追いついていない化け物イカを、ひたらすに打ちのめし続ける。

 

 化け物イカはもはやサンドバッグだ。

 わずかな回復を見せつつに、ひしゃげて潰れゆくばかりになっている。

 紫色の体液らしきものを撒き散らしつつに、原型を失うばかりになっている。


 ……ちょ、ちょっと、ぐろーい。

 ただ、勝ちかな?

 ダメージが限界を超えたって感じなのかどうか。

 化け物イカは回復を見せなくなった。

 動くこともなくなる。 

 消えることは無かった。

 黒っぽい残骸がそこに残されることにはなったが、うん。

 どう見ても勝利です。

 大勝利です。

 

 そして、ちょうど神格解放の限界が来たみたいだね。

 リリーさんの巨体はスルスルと縮み始めまして……なんか、ひょっこり。

 可愛らしいリリーさんの姿がそこには戻っていた。

 んで、


「きゅーっ!!」


 やってやったぞ!

 そんな感じで、可愛いお手々を空に突き上げたのでした。


『り、リリーさん、すごいっ!! さすがっ!! よっ、世界一!!』


 俺はすかさず称賛の言葉を尽くさせていただくのでした。

 ユスティアナさんも称賛にと動いてくれた。

 リリーさんに近づくと、ほほ笑みと共にしゃがみこむ。

 あの子の小さな頭を、愛おしげに優しく撫でる。


「ありがとうございます。本当に良くやってくれました」


 リリーさんも嬉しそうでした。

 目を細めつつに、得意げに胸を張り続けていた。

 他の人間さんたちも、リリーさんを囲んで称賛の声を向けていて……良いね。

 幸せの光景だよね。

 ただ、手放しで喜ぶにはまだ早い。

 敵はまだ1人残っている。


「……正直、意外ですね」


 その敵はわずかに目を丸くしていた。

 偽聖女さんだ。

 彼女は大活躍のリリーさんに目を向けてはいなかった。

 俺のことを驚きの眼差しでじっと見つめてきている。


「多少の力はあると認めてはいました。それでも海魔の一体を排除し得るとは……ふむ。大したものです」


 俺は正直困惑するしか無かった。

 敵……なんだよね?

 彼女の口調からは、素直な感心の感情しか読み取ることは出来なかった。

 ユスティアナさんいわく、この人は新たなる生贄を求めてこの集落を訪れてきたそうなのだ。

 その目論見もくろみは、見事にくじかれそうになっている。

 しかし、この態度である。

 悔しげな感情は欠片もうかがうことは出来ない。


(う、うーん?)


 やはり悩ましい。

 素直に解釈するのであれば、偽聖女さんにはまだ余裕があるということになるだろうか。

 化け物イカなど、彼女の力の一端に過ぎないのだと。

 目的を完遂することになんら問題は無く、感心なんかもしていられるのだと。


 ただ……うーんだよなぁ。

 なんか違和感があるんだよな。

 彼女の態度には、何か別の理由があるような気がなんともなしにするような。


 一方で、ユスティアナさんは余裕があるのではと疑っているらしい。

 いつの間にか、俺の隣にいらっしゃったのでした。

 そして、険しい眼差しで俺に小声で問いかけてきた。


「……御使い様。私についてですが、神格解放はどうでしょうか?」


 彼女には聖性付与周りのことについては色々語ってあったりしました。

 リリーさんが神格解放を使えたのならば、同じ聖性を付与されている自分はどうなのか?

 そう思われたようですが……そうですよね。

 俺は気を引き締めることになる。

 無駄なことを考えている場合じゃないよね。

 戦闘があるものと考えて、勝利への思案を深めないとね。

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