66話:vsいか(巨)
偽聖女さんは肉片になって飛び散り……しかし、明らかに死んではいない。
無数の肉片は
地を這って、またたく間に集合した。
人の形をつくる。
気がつけば、元通りであった。
フード付きのマントを羽織った彼女が、笑みを浮かべてそこに立っている。
「……ふふふ。教えて差し上げたでしょうに。尊き方の神秘は貴方たちの想像も及ばない高みにあるのです」
俺が唖然とする中で、彼女は不意にあるものを指差した。
その先にあるのは、ツルに拘束された触手イソギンチャクの群れ……じゃない?
ぐちゃぐちゃと音を立てていた。
イソギンチャクの化け物たちは、半ば液体のようになっていた。
溶けて、ツルを巻き込みながらに、1つの塊を作りつつあった。
そして、
「……バカな」
ユスティアナさんが呆然と呟いた。
そうですねー。
本当、バカなと言うか、バカバカしいと言うか。
もはやイソギンチャクの姿はどこにも無かった。
代わって生まれでたのは……イカ?
まぁ、イカさんにしては足の数が多いし、ぶくぶくと黒色に泡立って不気味だし、なによりデカ過ぎるけどさ。
でも、イカか?
明らかに20メートルぐらいの体高がありそうな、イカっぽく見えないことも無い化け物。
それには眼孔があった。
やけにのっぺりとして見える灰色の眼球が、俺たちをじっとと
「み、御使い様っ!!」
ユスティアナさんに名を叫ばれたけど、は、はい。
ですよね、そうですよね。
神格解放のリミットはわずかに5分なのだ。
『だ、誰かっ!! 火種の用意をっ!!』
叫んで、俺は全力だった。
セコイアの
でも、うん。
なんか無駄っぽいですね。
手応えは触手イソギンチャクと良く似ていた。
簡単に突き刺さる。
引きちぎることが出来る。
ただ、それだけだ。
損傷とは欠片も呼べない。
いくら穴が開こうが、化け物イカにはまったく
黒い泡を吹かして、見る間に回復していく。
(だ、だったら……っ!!)
俺は今度はツルだった。
膨大かつ巨大なバラのツルをもって、化け物イカの拘束する。
封殺は無理そうだった。
触手の躍動によって、たやすく引きちぎられてしまう。
だが、狙いは拘束では無いのだ。
準備が出来たようだった。
同行してくれていた内の1人が、火打ち石で即席の火種を作ってくれた。
焚き火のようなものが出来ていまして……よーしよし。
『リリーさんっ!!』
次は、俊敏なこの子にお任せだ。
経験もあれば、何をすべきかを理解してくれているらしい。
リリーさんは飛び出した。
んで、化け物イカに繋がっているツルの一本を両手で抱えてくれまして。
引っ張る。
焚き火まで引っ張る。
焚き火の中にポーンと放り投げる。
すると、
──ィィィイィィアァぁぁぁ……
得たいの知れないうめき声のようなものが響くことになった。
きっと化け物イカの鳴き声だろうけど、よ、良かった。
ちゃんと効いてくれているみたいかな。
燃えていた。
バラのツルの渦中にあって、化け物イカは巨大な松明のようになっていた。
かつての肉塊戦の再現だよね。
バラには、特性として油分貯蓄を付与してあった。
んで、焚き火で引火させましてのこうだ。
見事に炎に沈めることに成功したのだ。
俺はバラのツルを燃料として追加し続ける。
じぃーっと見つめ続ける。
だ、大丈夫だよね?
これでいけるよね?
なんか海産物っぽい見た目だしさ。
屋台の焼きイカみたいになって、それで終わりだよね?
結果としては、うん。
熱さにはお強い方なのかしらん?
火炎の最中にあって、化け物イカは動きを止めない。
悠然として触手をゆらゆらと揺らめかし続けている。
「……でしょうね」
俺は化け物イカから視線を外すことになった。
その声は彼女のものだった。
偽聖女さんであり、異様な回復を見せた彼女だ。
何故か、切なげだった。
彼女はどこか儚げな笑みを浮かべていた。
「慈愛などとユスティアナさんが称賛した時点でおよそ察していました。まったくか弱い。そうなのです。数多の邪神を
そうして、彼女の表情から切なげな雰囲気は消える。
慈愛の笑みでユスティアナさんたちを見渡す。
「さて、皆さん。そろそろ理解されたのではないでしょうか? いずれの神を真に信奉すべきか? いずれの祝福に身を委ねるべきなのか?」
これはもう脅し以外の何物でも無かった。
断ったら実力行使だろうねぇ。
化け物イカが、いよいよその触手を俺たちに向けてくるに違いなかった。
では、この局面において一体どんな選択を取るべきなのか?
ユスティアナさんは表情に嘲笑を刻む。
「バカバカしい。我々はな、御使い様の下でようやく光明を見たのだ。何故わざわざ滅びの道を選ぶ必要がある?」
この場の人間さんたちは、皆ユスティアナさんに同意のようでした。
闘志は変わらずで、それぞれに得物を構え続ける。
偽聖女さんは悩ましげな様子を見せた。
眉をひそめて黙り込む。
そして、
「……そうですね。ユスティアナさんを庇護した功績もあれば、あまりにも
彼女は俺をじっと見つめてくる。
「人々を惑わす魔性とあれば仕方ありません。討滅しましょう。それで彼女たちも正気に戻ることでしょう」
俺はちょっと流れに着いていけて無かったんだけどね。
なんか、うん。
いつの間にか貴様死ねって流れになってたんだね。へー。
ともあれ、どうだ?
ユスティアナさんたちが諦めたらと言うか。
クトゥルフさんを信仰しますって言えば、俺の命は助かるって感じかな?
だったら、うん。
言うべきことがあった。
俺は慌ててユスティアナさんたちに声を上げる。
『あ、あの、いいですからね!』
俺の命なんてお気にせずということで。
いやまぁ、最近は楽しい毎日だったし、多少は今生への未練はあるけどさ。
俺のためにユスティアナさんたちが生き地獄とかになったらね?
悔やんでも悔やみきれないと言うか、本当無理だし。
そんなの耐えられないし。
ユスティアナさんは笑顔でした。
笑顔で小さく頭を下げられた。
「ありがとうございます。貴方ならばそうおっしゃって下さると思っていました」
ということで、はい。
引き続きの抗戦ということで。
戦い抜いて、クトゥルフさんの支配を拒絶することになりました。
ただ……う、うーむ。
俺は思わず見上げる。
いまだボーボー燃えている巨大イカを視界に収める。
アレね、アレ。
アレに勝たないといけないんだよね。
でも、全然勝算が無いんだよね。
ダメージを与えられる予感がさっぱりなのであって。
バフ積んでもダメだろうなぁ。
物理攻撃無効って、そんな気配が漂ってるし。
となると、うん。
これは成功体験にすがるしかないかなぁ。
ギリギリだった。
俺は残り十数秒というところでインチキパワーを発揮した。
バフ盛りパンジーを、認識出来る範囲でどこまでも咲き誇らせる。
この光景を目の当たりにして、決戦の時とでも覚悟されたのかな?
ユスティアナさんたちは悲壮な顔つきで一歩踏み出されたのだけど、ちょ、ちょっと待って下さいな。
俺は慌てて彼女たちに呼びかける。
『す、すみません! 決死な感じですけど、それはえーと無しの方向で!』
ユスティアナさんは眉をひそめて首をかしげた。
「どういうことですか? まさかクトゥルフの庇護下に加われと?」
『ち、違います違います! そうでは無くて、ひとつお願いがありまして』
「お願い?」
『はい。時間稼ぎをお願い出来ないかと』
決して、以心伝心なんて間柄じゃないんだけどね。
ただ、今この時ばかりは違ったようだ。
ユスティアナさんは頷きだった。
力強い頷きを見せてくれたのでした。
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