65話:やっぱりヤバいらしい

 どうにもである。


 邪神なんて罵倒してもいたけど、ユスティアナさんたちはよっぽどクトゥルフさんとやらがお嫌いらしい。

 彼女たちは多分、あの眉間にシワ寄せ系の女神様を信奉しているっぽいのだ。

 異教だからって嫌っていらっしゃるのかな?

 それとも……俺の知らない現実をご存知であるのか。


『ひ、非常にヤバい神様だったりするので……?』


 とにかく確認が必要かと思ったわけだけど、あー、やっぱり。

 ユスティアナさんの顔に浮かんだのは、憎悪にも似た嫌悪の表情だ。


「……先ほどの魚顔の者たちを覚えておられますか?」


 そしての俺への問いかけでした。

 もちろん覚えていた。

 触手イソギンチャクの発生源になった連中だよね。

 忘れようにも忘れられそうにない顔つきだったし当然ね。


『覚えていますけど、それが?』


「どう思われましたか?」


『ど、どう? それはまぁ不気味でしたし、最初は人間かと思ってビックリしましたけど』


「そうでしたか。違います。彼らは人間ですよ」


 俺は『ん?』と不思議の思いを漏らすことになった。

 触手イソギンチャクを見つめることにもなる。

 アレ、魚顔から変化したものだよね?

 人間、あんなにならないよね?

 つーか、あんな魚顔の人間とかいないよね?


『い、いやいや、そんなわけが……っ!?』


「本当です。王都においても、私は数限りなくあのような者たちを間近にしてきました。変貌へんぼうの途上にある者もまた多数。彼らは人間です。人間であった者たちです」


 俺はユスティアナさんの顔を見つめることになる。

 彼女の青い瞳には、嫌悪と共に深い同情の色があった。

 

(冗談……とかじゃない?)


 彼女は俺に頷きをひとつ見せる。


「クトゥルフとはそんな神です。人間を都合良く作り変えては、己のために都合良く使い捨てる。救済という言葉からはもっともかけ離れた存在です」


 正直、ユスティアナさんの発言を理解しきることが出来たとは言えなかった。

 でも、うん。 

 無しだよね。

 人間を魚人間にして、さらに触手イソギンチャクにしちゃうってだけでもねぇ?

 ダメでしょ。 

 そんなのあがめちゃいけないでしょ。

 

 ただ、一方でと言うか。

 崇めている当事者さんには別の意見があるようだった。

 偽聖女さんは濃い苦笑を浮かべている。


「悪意のある解釈ですね。彼らは特別な方々です。尊き声を耳にする幸運に預かり、尊き方と近しくありたいと望んだ者たちです。都合良く作り変えられたなどと、彼らに失礼ですよ?」


「ほざけ。儀式とやらで、無理やり変貌を遂げさせられた者がどれほどいたか。どれほどの者たちが、ルルイエを招くためなどとして贄にされてきたのか」


 これまた詳細は分かりませんが、うん。

 アカンでしょ、本当。

 しかし、どうだ?

 勧誘って、そんな素振そぶりだったけどさ。

 偽聖女さんがここに来た本当の目的はと言えば。


『……生贄探し?』


 思わず呟くと、ユスティアナさんはすかさずの頷きでした。


「アレがここにやってきた理由でしたら、間違いなく。人間が集まっていることを察して収奪にやってきたのでしょう」


 俺は『うん』と頷き的に動く。

 これはどう考えてもね?


『な、無しだよなぁ』

 

 結局、俺はユスティアナさんたちと意見を同じくすることになったのでした。

 クトゥルフのさんの庇護ひご下にとか、怖くてとても入れない。

 目に見えている地雷どころの話じゃ無さそうだし。


 偽聖女さんは心底残念そうだった。

 眉根をひそめた表情で「ふぅ」と息をついた。


「そうですか。貴方がたの不理解には、心からの哀れみを禁じえませんが……ふむ」


 俺はなんか首をかしげる的な感じだった。

 偽聖女さんは妙な様子を見せてきたのだ。

 俺を見つめ不思議そうに小首をかしげている。


「……このような神格が存在するのですね。違和感があります。クトゥグアやナイアーラトテップなどとはまるで雰囲気が違う」


 俺は胸中で『そりゃそうだ』と呟くことになった。

 ナイアーラトテップなる神様については知らないが、クトゥグアを思い浮かべるとそりゃあね。

 そりゃ違うでしょうとも。

 あんな人生これ暴力みたいなのとは、さすがに同じ雰囲気を持ちようは無いでしょうとも。


 そして、ユスティアナさんは俺に対して一家言いっかげんがあるご様子でした。

 聖女もどきの彼女に侮蔑の笑みを向ける。


「分かりきったことをほざくな。この方は有象無象の邪神どもとは根本的に質が異なる。慈悲の心をもって我々を導きたまう、真なる救世の御使いであらせられるのだぞ」


 なんかもう、うん。

 過言に過ぎて、俺は枯れ木のうろに逃げ込みたくなったのでした。

 空気を呼んで口は挟まないけど、違うと思います。

 そんな大層な存在じゃあり得ないよなぁ。

 ただのヘタレスライムだよなぁ。


 んで、当然ね?

 クトゥルフさんを信奉する彼女は当然の反応を見せた。

 何が救世の御使いだって嘲りの笑みを……あら?

 

「……慈悲の心ですか」


 そう呟いた彼女の顔に嘲笑は無かった。

 俺をじっと見つめているのだが、そこに笑みは無く、ただ妙な真剣さがあり……どうだ? 

 値踏みしてるって雰囲気もあるような。


(な、なんだこれ?)


 疑問に思っている内に、彼女は表情を変えた。

 どこか切げな笑みを頬に浮かべた。


「ユスティアナさんがこうも称賛するのです。きっと、神格ながらに人柄に優れているのでしょう。ただ……」


 突如とつじょである。

 触手イソギンチャクの群れが、目に見えてざわめき出した。


「……圧倒的な力、そして世界を呑み干さんとする強烈な意思。それらが無ければ何も意味は無い。そうは思いませんか?」


 偽聖女さんは優しげにほほ笑んでいるが……そ、そうだね。

 どうにも第2ラウンドの開幕らしかった。

 んで、マジか。

 触手イソギンチャクだけど、自分で動けるらしいね。

 闇ゴリラとまではいかないが、意外なほどに早い。

 触手の波となって、俺たちを押しつぶそうと迫ってくる。


 ユスティアナさんは痛烈に舌打ちをもらした。


「ちっ!! 魔性が意味の分からんことを……っ!! 御使い様っ!!」


 急な呼びかけに、俺は『ほえ?』なんてボケっと立ち尽くし……たりはさすがにしないのでした。


 彼女との付き合いもこれで一ヶ月ちょっと。

 以心伝心とはいかずとも、少しは意思をみ取れるようになってきたのでした。

 

 テメェ、少しは働けやコラってことですね。

 よって俺は神格解放。

 例のインチキパワー……原始なるふるき創造神の残滓ざんしとか言うとんでもスキルを発動する。


 下手に攻撃しても回復されるだけであり、なんなら増えてしまう。

 俺が選んだのは拘束だった。

 いつものバラさんだ。

 巨大化と強靭を付与したバラのツルにて、触手イソギンチャクの大群をひと息に絡め取る。


 打倒は出来ずともこれで十分。

 触手イソギンチャクはもはや脅威じゃない。


 あとは彼女か。

 クトゥルフの信奉者であり……ユスティアナさんの知人と同じ顔を持つ彼女だ。


『ゆ、ユスティアナさん?』

 

 俺はどうしようもなく彼女の名を呼ぶことになった。

 良いんですか? って。

 もし偽聖女さんが偽物で無いのなら。

 ちょっと正気を失っているだけであるのなら。

 攻撃以外の選択肢もあり得ると俺には思えたのだ。

 ただ、ユスティアナさんはすかさず首を左右にした。


「お気遣いは無用です! アレが聖女様であるはずが無く、おそらく人でもありません!」


 さっさと仕留めろ。

 そんなユスティアナさんの回答でした。

 正直、本当に偽物なのかって俺は疑っているけど……大事なのは脅威を排除することかね。


『い、いきますっ!』


 人間っぽく見えるため正直ためらいはあった。

 だが、手加減なんて出来るほどに俺は強い存在じゃない。


 選んだのはいつものセコイアだ。

 セコイアを槍として、彼女を刺し穿つことを狙う。

 彼女が見た目通りであれば。

 能力値も人間相応であるならば。

 炎ゴリラでもあるまいし、この一撃で終わりのはずだった。

 だが、


『は?』


 俺は唖然と呟くことになる。

 大樹の槍は見事に直撃したのだ。

 弾け飛んだのだ。

 彼女は無数の肉片となって地面を汚すばかりになったのだ。

 それなのに彼女は……明らかにである

 明らかに死からはほど遠かった。

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