64話:お誘い?

 ということで、はい。

 

 何が起こったのかって心から気になるけど、それを考えている場合じゃないだろうかね。


 異変だった。

 ユスティアナさん以外の4人が急に頭を抱えたりしてさ。

 そのことも含めて、間違いなくの異常事態だった。

 

 そして、間違いなくここからが本番だ。

 怪物イソギンチャクの武器は、そりゃ自慢の触手のようでした。

 で、うん。

 聖女もどきさんの指示なのか、弱いものから狙おうとする本能でもあるのか。

 触手は見事に俺に殺到してきたのでした。


『ひ、ひぃぃっ!?』


 そらまぁ悲鳴は禁じ得ず、さらには大いに迷うことなり。

 い、いいの?

 神格解放を使えばなんとかなるかもだけど、今ってそのタイミングなの?


 結論としてはナシでした。

 自分の身を守るためだけに使うのはなんかもったいないし、それに、


「きゅーっ!!」


「ぎぃーっ!!」


 俺には頼れるあの子たちがいるからねぇ。

 リリーさんはすかさずの飛び蹴り。

 リンドウさんは頭を真っ先にしての体当たり。


 打ち負ける心配は無いはずだった。

 視界一杯の触手はインパクトとしてはけっこうすごい。

 ただ、闇ゴリラなんかの突撃と比べるとねぇ?

 バフパンジーは無い。

 だが、リリーさんの素の能力値は強力の一言だ。

 リンドウさんも負けてはいない。

 3度ほど肉塊退治に参加して、レベル及び能力値は格段に向上している。


 だから、生まれた結果自体は納得いくものだった。

 ただ、


(よ、よわっ……?)


 俺は目を丸くする的な心地だった。

 迎撃出来るとは思っていたのだ。

 ただ、それにしても……弱い。

 風船を突いたぐらいの感じだった。

 2匹の攻撃を受けて、触手はあっさりと千切れ飛んだ。


 黒カニにも劣るって、そんな様子だ。

 ユスティアナさんも楽々対処していた。

 迫りくる触手を軽く薙ぎ払い、根本の肉塊を簡単に斬り伏せていく。

 そして、


「御使い様っ! 神域をっ!」


 途中そんな催促があったのでした。

 あっ、と俺は気づくことになった。

 もしかしてだけど、頭を抱えている彼らってアレかな?

 以前と同じような状況におちいってる?

 俺と出会った当初みたいな、あんな感じになっていらっしゃる?


 ということで、よーし。

 リンドウさんに急いで土壌を改良してもらって、リリーさんにぱっぱと種を埋めてもらいまして……促成栽培。

 神域のしるべ付きのパンジーが黄色い花を咲かせました。

 効果はテキメンだった。

 頭を抱えていた彼らは、顔しかめながらにも安堵の息を吐くことになった。


 んで、その時には戦闘は終わっていたのでした。

 最後の触手イソギンチャクを切り捨てて、ユスティアナさんは「ふん」と鼻を鳴らした。

 そして、唯一残った敵さん──聖女様に似ているらしい彼女を鋭くにらみつける。


「クトゥルフの眷属けんぞくとやらも存外頼りないな。しかし……お前は? ナイアーラトテップでも無いお前は何だ? その顔は? 彼女に一体何をした?」


 もはや勝利は確実。

 そう考えて、ユスティアナさんは詰問を始めたみたいでした。


 偽聖女らしき彼女はほほ笑んでいた。

 もはや味方はゼロなのだが、その状況が分かっていないのかどうか。

 相変わらずの余裕の態度でユスティアナさんに応じた。


「何をしたも何もありません。当人ですよ。私は私です」


「ほ、ほざくなっ!! あの聖女様が……アリシア様が狂信者などに堕ちるはずがないっ!!」


「狂信とは……ふふふ。違いますよ、ユスティアナさん。これは正しき信仰です。なぜなら……」

 

 不意に彼女──偽物であるのかのアリシアさんは、あるものを指差した。

 それはイソギンチャクの化け物だ。

 化け物の死骸だ。

 いや、死骸……なのか?

 うごめいていた。

 ブクブクと黒色の泡を吹き、ボコボコと奇妙に盛り上がって……見る間に原型を取り戻していく。


『は、はぃ?』


 俺は唖然とするほか無かった。

 いつの間にか、視界は再びイソギンチャクの化け物で一杯になっていた。

 つーか、うん。

 明らかに増えてるよね?

 俺たちの攻撃でアイツらは簡単に千切れたけどさ。

 その1つ1つまでもが巨大な怪物へと成り上がってますよね?


 くだんの彼女はほほ笑んでいる。

 触手の化け物を撫でつつに、ゆったりと俺たちにほほ笑みかけてきている。


「お分かりいただけましたか? 尊き方の神秘は、あなた達が想像も出来ないほどの高みにあるのです」


 まぁ、はい。

 俺は恐れおののきつつに理解するのでした。 

 クトゥルフだっけか?

 その力は、俺の理解の外にあることは間違いないだろう。

 異常であり壮絶。

 ただ、神秘。

 ど、どうかなぁ?

 神秘と表現するにはなんかこう、うん。

 あまりに不気味過ぎるというか、得体の知れない気持ち悪さしか存在しないような気が。


 ユスティアナさんも同感らしい。 

 汚らわしいとでも言いたげに顔をしかめている。


「なにが神秘か。邪神の汚らわしき邪法に過ぎん」


 って言うか、実際に口にされましたね。

 その罵倒を受けての偽アリシアさんである。

 彼女は困ったように眉根を八の字にする。

 

「聞き分けのない子ですね。分かりませんか? 数多の悪性なる神格は、ほどなくして尊き方の神秘に呑まれることになります。そうして我々は、かつての平穏を取り戻すことになるのです」


 彼女の顔に笑みが戻る。

 変わらず同じだった。

 聖母のような優しげな笑みがそこにはある。


「よって、私はここに参りました。困窮の最中にある同胞たちよ。我らと信仰を同じくなさい。共に歩みましょう。ルルイエを我らが大地に降ろし、現世の昏き影を過去のものとするのです」


 つまるところ、勧誘のようだった。

 同じ神を崇めるのであれば助けてあげるよ的な?

 この世界を元に戻すために一緒にがんばりましょう的な?


 ユスティアナさんの返答はノーであるらしい。

 眉間のシワを深くして、荒々しく口を開きかけましたので──俺は思わずだ。

 さえぎるように意思を伝えていた。


『ちょ、ちょっと待った!!』

 

 いぶかしさしかない様子だった。

 ユスティアナさんは眉をひそめて俺を見つめてきた。


「なんですか? 突然どうされたので?」


『あ、あの、断られるつもりでしたよね?』


「それ以外にありえませんが……は?」


 察していただけたようでした。

 彼女は唖然と目を丸くした。


「まさか……しょ、承服されるおつもりなのですか!?」


 俺はもちろん頷きではありませんでした。

 それは俺の一存で決められることじゃあり得ないし。

 ただ、


『きょ、拒絶するのは早いかと思いまして。正直あの、そこまで悪い話には聞こえなかったと言いますか……」


 ぶっちゃけ忌避きひ感は強い。

 触手イソギンチャクは不気味を超えておぞましいの一言だし。

 あと、精神攻撃かな?

 俺やあの子たちにユスティアナさん。

 この面子めんつには効かなかったけど、絶対そんなことしてたよね。

 これも不気味だし、なんとも嫌らしい感じしかない。

 申し訳ないけどさ。

 クトゥルフさんとやらには、どうにも好感を抱きようは無いよなぁ。


 だが、その力が強大であることは疑いようが無い。

 崇め奉りさえすれば、ユスティアナさんたちの……集落の皆の安全が保たれるのあれば。

 皆の笑顔が守られるのであれば。

 十分に選択に値するように俺には思えるのだ。


 んで、俺の発言を彼女は好意的に受け取ったらしい。

 偽アリシアさんはゆったりと笑みを深めた。


「良い理解ですね。これは救いなのです。貴方についても、もちろん受け入れましょう。尊き方の眷属に列する栄誉を約束しましょう」


 やったー。

 みたいな気分にはさすがになれませんでした。

 眷属って何? って感じだし。

 栄誉とか、前世今生こんじょうを通じて求めたことは無いし。

 

 ともあれ、さほど問題は無いような気はするのですが……あー、うん。

 ダメなんですね、そうなんですね。


 人間さんたちは誰1人として俺の意見に共感してはいないようでした。

 なんかこう揃って眉をひそめておられた。

 中でも、ユスティアナさんはそうね。

 すごい顔されてるね。

 コイツ正気か……? みたいな唖然の表情をされてるね。

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