63話:邪神の輩

 俺はマジマジと彼女を見つめることになった。


 フードの集団の先頭に立つ美しい女性。

 えーと、聖女様?

 ヤバい集団のリーダーって立ち位置の感があるけど、へ?

 そうなの?

 あの人がユスティアナさんの尊敬してたっていう噂のあの?


 だが、実際のところはどうなのか。


 すでにユスティアナさんに動揺は無かった。

 警戒の眼差しをして長剣を構え直している。


「……趣味が悪いな。このやり口はナイアーラトテップか? あまり人を甘く見るなよ」

 

 彼女の判断は、化け物が知人の姿を真似ているというものらしかった。

 俺はユスティアナさんに全幅の信頼を置いている。

 彼女がそう判断したのならきっと正しいとは思うけど……どうだ?


 俺は正直疑ってしまうのだった。

 アレの中身は本当に化け物なのだろうか。

 それにしては人間臭いように俺には見える。

 ナイアーラトテップと呼ばれた彼女は、困ったような笑みを頬に浮かべた。


「まったく嫌な世界になりましたね。妹のようにも思った貴女に、こんな疑われ方をされなければいけないなんて」


「ほざけ。その元凶げんきょうの一角がふざけたことを……今日までだ。そのふざけた物言いが許されるのは、今日この時までだと心得るがいい」

 

 きっと知人を愚弄ぐろうされたとの思いにもあるに違いない。

 ユスティアナさんの眼差しにあるのは強烈なほどの殺気だった。


 俺であれば、こんな視線を向けられたらね?

 決して平然とはしていられないだろう。

 ブルブルと震えてしまうだろう。


 ただ、やはり人間じゃないのか?

 化け物であれば、意に介さずにすむということなのかどうか。

 ニセ聖女らしき彼女は変わらずの笑みだった。

 いや、より一層だろうか。

 どこか幸せそうに笑みを深めていた。


「元気そうですね。そんな貴女に会えて本当に嬉しいですが……どうかしら? やはり、いずこかの神格の庇護ひご下に? もしかして……その?」


 彼女の視線はどうやら俺にあった。

 俺はちょいとビクリでした。

 聖女もどきさんの顔には、今までのように暖かな表情は無かった。

 冷笑。

 翡翠の瞳には、ただたださげすむ色が光っている。


「……気の毒に。めぐり合わせの不幸というものでしょうか。そのような頼り無き神格を寄る辺にしなければならなかったなんて」


 まぁ、はい。

 嘲笑になれている俺としては、『で、ですねー』なんて場違いな感想を抱いたものでした。

 頼りないって、ずばり俺の代名詞みたいなところがあるし。


 だが、ユスティアナさんは違った。

 痛烈に舌打ちを1つ。

 今まで以上の凄絶な眼差しで彼女をにらみつける。


「我らが御使い様を侮辱するか。まぁ、いい。滅べ。我が親友を侮辱したこともあわせ、滅してつぐなえ」


 ユスティアナさんはいよいよ剣呑に姿勢を低くした。

 戦闘は目前。

 俺もまた、神格解放を前提として戦闘に備える。

 ただ、


「ふふ。相変わらずそそっかしい子ですね」


 聖女もどきさんはあやすような笑みを浮かべるばかりだった。

 戦意などは欠片も無い様子であり、ユスティアナさんに目を細めた笑みを送る。


「まぁ、聞きなさい。私たちは命のやり取りをするためにここを訪れたのでは無いのです。私たちは貴方がたの救済のために参りました」


 俺は『へ?』と不思議の声を上げることになった。

 救済。

 それってあの、人々を助けるってそういう意味の言葉だよね。


 もしかして……良い人?

 なんて、さすがに思えなかった。

 さすがにそんな理解はちょっと無理。


 だって、雰囲気がアレだし。

 彼女自身からは若干普通味を感じるけど、周囲のフード連中も含めるとね?

 狂気染みた何かを感じざるを得ないと言うか。

 あちら側の住人でございって雰囲気しかないと言うか。


 ユスティアナさんもたわごとと判断したらしい。

 ふん、と苛立ちをにじませて鼻を鳴らす。


「話にならん。ナイアーラトテップ風情ふぜいが人の救済を語るか」


「それは誤解だと強く訂正させて下さい。我々は、あのような道化なる魔性とは何も関係はありません」


「もういい。無駄なたわごとはもうたくさんだ」


 我慢の限界だったのだろう。

 白刃を振り上げ、ユスティアナさんが飛び出す。

 同行していた4人も彼女に続く。


 とりあえずのところ、俺とリリーさん、リンドウさんは静観だった。

 しっかりと状況を判断しないとね。

 下手に参戦すると足を引っ張ることにしかならないだろうし。

 

 しかし、ナイアーラトテップとはどんな存在なのか?

 一体どんな戦い方をするのか?

 俺が見つめる中で、聖女もどきの彼女は苦笑をもらした。


「まったく。本当にそそっかしいこと」


 彼女は動かなかった。

 動いたのは周囲のフードたちだ。

 彼女を守るように前に進み出た。

 戦闘を担当するのはきっと彼らである。

 そう理解するのが自然だったが、しかし、


(鈍い?)


 そんな風にしか見えなかった。

 前世の俺と比べてもどうだ?

 運動が得意といった様子には見えず、事実ユスティアナさんたちの敵では無かった。

 

 ほとんど一瞬のことだった。

 残らず斬り伏せられることになったけど……あれ?

 俺はかなり混乱だった。

 目の前の光景に、そして匂いに動揺を覚えることになる。


(に、人間……?)


 今までと同じだと思っていたのだ。

 フードの連中は闇色に蒸発して消えるって俺は思い込んでいた。

 だが、実際は違った。

 死体は残って、さらに濃厚な鉄錆てつさびた匂いが漂っている。


 間違いない。

 血の匂いだ。

 俺は思わず呆然とすることになった。

 もしかして、彼らはアレなのか?

 操られていただけの人間だったのか?

 俺は今、人間の死に立ち会っている?

 

 死体を見るのは初めてだった。

 少なからずショックであり、直視するのは難しいぐらいだった。

 ただ……俺はどうしようもなく注視することになる。

 斬り倒された時の衝撃だろうか。

 死体からはフードが外れ、顔が露わになっていた。

 その顔から、どうしようもなく目を離せないのだ。

 アレは何だ?

 人間と理解して大丈夫なのか?

 

 まず気になったのは目だ。

 人間にしては大きすぎる目が、眼孔からこぼれそうなほどに張り出している。

 一方で、鼻は異様に低かった。

 んで、口は極端なおちょぼ口であり、異常にせり出してもいる。


(さ、魚顔……?)


 それにしても限度があるだろって話だけど、表現としてはそうなるだろうか。

 ともかく異様。

 正直、人間と認めるのはやや難しい。

 ユスティアナさんたちもぎょっとしていた。

 そして、おや?

 彼女は驚いてばかりでは無かった。

 

「これは……まさかクトゥルフ!?」


 ユスティアナさんは彼女をにらみつけた。

 聖女もどきさん……翡翠の瞳をした彼女はニコリとほほえんだ。


「相変わらず礼儀作法にうといようですね。とうとき方の名はみだりに口にしないものですよ?」


 いつの間にか、彼女は妙なものを手にしていた。

 両の手で大事そうに抱えられているそれは……本?

 見かけはそうだった。

 図書館でしかお目にかかれないような、ひと抱えはある重厚な一冊。

 ただ、その装丁の質感はいかなるものか。

 妙に瑞々しく張りがあり、なんとも言えず肉肉しい。

 そして、はい?

 目?

 なんか目みたいなのついてません?

 赤い瞳がぎょろり、ぎょろりと周囲をうかがったりしていません?


 彼女は白い指で表紙を開く。

 ページをさらさらとたぐっていく。

 そして、呟いた。

 何かを呟いた。

 ノイズのようにしか聞こえなかったそれに俺は聞き覚えがあった。

 かつての彼と同じだ。

 神域によって正気を取り戻した彼は、かつてこのような音を確かに発していた。


 変化が生じる。


 魚顔の死体が妙な蠕動ぜんどうを始める。

 脱皮のようにも見えるのだった。

 内側から何かが盛り上がってきた。

 ミチリミチリと音を立て、何かが……何かが産声うぶごえを上げようとしている。


「全員、離れろっ!!」


 ユスティアナさんの叫びでしたが、も、もちろんもちろん。

 俺はリリーさん、リンドウさんと共に慌ててそれらから距離を取る。

 

 そして、生まれた。

 弾けるようにして生まれ出た。

 それは何と言えば良いのか。

 イソギンチャク?

 俺の頭には、海中で花のようになっている海生生物の姿が浮かんだのでした。

 ただ、あんな可愛くはないけど。

 触手の花を咲かせていたのだ。

 死体の数だけのピンクの肉塊が、数十メートルの触手を数十の単位で天に咲かせている。


 その中心に彼女はいた。

 まるで聖女のようにほほ笑んでいた。

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