57:女騎士さんとのアレコレ(完)

『……やっぱりと言いますか、平穏とはいきませんかね?』

 

 俺はおそるおそる尋ねることになった。

 出来れば、笑顔で手のひらを左右にして欲しいところだった。

 大丈夫。

 今後はずっと平和だよーって。

 だが、彼女はスッと笑みを消した。

 険しい眼差しをしての頷きを見せた。


「そうです。平穏は難しいでしょう。人間に仇なす存在は枚挙まいきょにいとまがありませんので」


『そ、そうですか。枚挙にいとまが』


「分かりやすい脅威としては、劣性なるジョブ=ニグラスでしょうか。一方で、クトゥルフ、ナイアーラトテップ、クトゥグアと一筋縄ではいかない存在も多々あります」


 俺はなんかもう冷温停止だった。

 うん。

 何も分からん。

 クトゥルフって言葉はどこかで聞いたような気はするけど、ともあれ分からん。

 ただ、一方で分かることはあった。

 ユスティアナさんの深刻な表情を見てるとね。

 全員ロクでも無い連中なんだろうなってのが分かっちゃうよねー。


 しかし……むむ?

 彼女の発言の一部に、俺は若干の引っかかりを覚えたのでした。

 

『クトゥグアですか? それってあの、やっつけたやつでは?』


 ユスティアナさんは炎ゴリラをクトゥグアと呼んでいたのだ。

 だったら、だよね?

 もう倒したよね?

 色々と苦労して、なんとか打倒したよね?


 それが俺の認識なのだけど、違うっぽい?

 彼女は静かに首を左右にした。


「アレはあくまで眷属けんぞくです。劣性なるニグラスが生み出したモノに、それが取り憑いただけです」


 俺は思わずグネリとかたむく。

 えーと、どうだ?

 おっしゃっている意味が分からないとして、どう?

 これ俺が悪いんですかね?


 ともあれ、ここでも分かることが1つ。

 俺はおそるおそる彼女に尋ねかけることになる。


『じゃ、じゃあ……あんなのがまた現れるかもってことですか?』


 なんかそんな発言に思えたのですがね。

 ただ、あら?

 ユスティアナさんは悩ましげに首をひねったのでした。


「どうでしょうか? 違うとの判断があれば次は無いでしょうが……」


『ち、違う? へ?』


「アレの眷属が人間を襲うのは、毛嫌いしている存在……ナイアーラトテップなる魔性が、人の形を取ることがあるからだそうなのです」


 ふーむ?

 俺はもちろんグニャリと無理解を示すことになった。


『……どういうことで?』


「正直、私も良く分かってはいないのですが……人間が嫌いな相手と似ているのだそうです。なので、とりあえず殺してしまおうということらしく」


 俺は無い頭で必死に考えるのでした。

 これはそういうことか?

 嫌いな相手に顔が似てるからって、通りすがりをザクザク辻斬りしちゃってる感じ?

  

 実際は多分ちょっと違う。

 ただ、いずれにせよ俺のクトゥグアなる御仁ごじんへの印象はと言えば、


『……滅茶苦茶では?』


 とんでもなくヤベェヤツとしか思えないのでした。

 ユスティアナさんは鋭い眼差しでの頷きを見せた。


「はい。滅茶苦茶であり、理不尽です。ただ、クトゥグアなどはまだ相手にしやすい方かと」


『そ、そうなのですか?』


「単純に暴力を行使するものばかりでは無いのです。我らの内の半数ほどは心の均衡を崩していましたが……そのような攻め口を選ぶモノもいます」


 俺は再び女の子さんたちに目を向ける。

 そう言えばそうでしたね。

 今は皆さん明るく笑っていらっしゃるけど、虚ろな目をしてノイズ音を垂れ流していた人もいましたよねぇ。


 大雑把な理解としては、精神攻撃的な?

 それは、うん。

 いやらしいと言うべきか、間違いなくのこととして、


『……滅茶苦茶厄介では?』


 そんな感じがするよね。

 彼女は今度も頷きでした。


「その通りです。我が騎士団も、気がつけば異常なる狂信者の巣窟そうくつと化しておりました」


『きょ、狂信者……洗脳的なのもアリなので?』


「むしろ常套じょうとう手段でしょう。我々は無力であり、あのモノ共にむさぼられる存在でしかない。そう心から自覚させられたものです。ただ……」


 不意のことだった。

 表情に暗い影を落としていた彼女なんだけど、不意に笑みを浮かべた。

 青の瞳を細めての眩しいような笑みを浮かべた。


 思わず見惚れてしまうようなって、そんな表情だけど……え、えーと?

 その笑みの意味は何か?

 見つめていると、彼女は笑みのままに口を開いた。


「ただ、貴方と一緒であればです。きっと光明を見いだせると私は思っております」


 俺は内心で『ぬ、ぬおー』でした。


 お、重い。

 期待が……重いっ!

 

 理解を示すことは出来るのだ。

 俺は炎ゴリラ戦においてインチキパワーを発揮したわけで。

 リンゴを一瞬で実らせるなんて、ヘンテコパワーをお披露目したわけで。

 人間さんたちが正気になるきっかけにも一応なったのかな? 

 だから、理解は出来た。

 彼女が俺に期待を向けるのは道理に思えた。

 ただ……ち、違うんです。

 俺はヘタレ界隈を代表するザコスライムに過ぎないんです。


 むり。


 そんな言葉を返したいところでした。

 でも……ま、まぁ、うん。

 一応、その気概きがいは持っているつもりだからね。

 人間さんと俺たちが平穏の内に過ごせるようにって、そのための努力をするつもりは存分にあるのだ。


『え、えーと、はい。なんとかご期待に添えられるように……えぇ』


 俺らしく曖昧だけど、肯定的な返答をすることになりましたとさ。

 それはきっと彼女の望んだ返答だった。

 ユスティアナさんは笑みを深めた上で静かに頭を下げてきた。


「お頼み申し上げます。私も出来る限りで貴方の力になりましょう」

 

 実際は逆と言うか、貴女が主役だとは思いますけどねー。

 ともあれ、そこに言及するような場面じゃないか。

 

 よし、である。


 俺は胸中で気合を呟く。

 ヘタレなザコスライムに過ぎない俺だけどさ。

 皆が穏やかでいられるよう、その様子を安穏あんのんと眺めていられるようにってね。

 ちょっとがんばらせていただくとしましょうか。


 


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