52:さらば、炎ゴリラ

(せ、セーフ……っ!!)


 ボロボロの様子の炎ゴリラに、俺は心の底から安堵だった。

 たった今、神格解放はその有効期限を終えてしまったのだ。

 あ、危なかったかな。

 あと10秒も遅ければ、この結果は無かったかもだよな。


 とは言え、油断は難しいところだった。


 明らかに弱っているとは言え、異常なる炎ゴリラなのだ。

 窮地にあってこそ何をしてくるか分からない怖さがあると言うべきか。


 俺は周囲をちらりとうかがう。

 近いところには女騎士さんとリリーさんがいる。

 女騎士さんはと言えば無手むてだ。

 怪我は無いが武器を失ってしまっている。

 現状では、炎ゴリラに有効な一撃を与えるのは難しいだろう。


 一方で、リリーさんだ。

 ステータスを確認すると魔力はゼロ。

 さっきの一撃において、魔力変換で全部使い切ったんだろうね。

 ただ、この子も体力は十分にある。

 そして、攻撃手段に不足は無い。

 リリーさんの武器は自身の体そのものなのだ。

 

 頼れるのはやはりこの子となるだろうね。

 申し訳ないけどがんばって。

 そんな思いで、俺はリリーさんを見つめさせてもらう。

 この子もまた、俺と同じように状況を理解していたようだった。

 任せろと言わんばかりに頷きを返してくれた。

 そして、


『……ほぉ?』


 俺はしげしげと見つめることになる。

 リリーさんはお手々を差し出してきていた。

 勝利を予期しての握手かな? ってね。

 そんな理解をしたくもなるけど、うん。

 違いますよね。

 絶対、スライムソードだよね。

 2度に渡る闇ゴリラとの戦いでは振るう機会は無かったもんなぁ。

 今がチャンスってワクワクしていらっしゃるんだろうねー。


(嫌だなぁ……)


 正直なところはそうでした。

 すっげぇ嫌だ。

 だって、痛いし。

 そして相手は炎ゴリラだし。

 一応耐火は取ってあるけど、絶対熱いし。

 体力は満タンではあるけど、展開次第じゃ普通に死が見えそうだし。


 ただ……し、仕方がないか。


 俺はリリーさんの要求を甘んじて受け入れるしかなかった。

 だって、役立たずなのだ。

 一応魔力を余らせているが、現状において俺は活躍しようが無かった。


 促成栽培の機会が存在しないからなぁ。

 バフパンジーはもう十分量咲き誇っているし。

 セコイアやらクズやらバラやら。

 トラップとして埋めておくのはありだけど、アイツ賢いからね。

 引っかかってくれる未来はあまり望めないだろう。


 よって、仕方がなかった。

 せめてスライムソードとして役に立ってみせるとしましょうか。

 

 ということで形状変化。

 両刃の長剣に姿を変える。


 しかしまぁ、うん。

 そんな反応にもなるでしょうかね。

 炎ゴリラを警戒しつつ、女騎士さんは俺たちを横目でうかがっていたんだけどさ。

 ん? って感じでした。

 いぶかしげに眉をひそめていらっしゃるけど、で、ですよねー。

 可愛らしいリリーさんがむんずってスライムソードを握っているわけで、そこにガチ感は正直無い。

 遊び始めやがったのか、コイツら。

 そんな疑念を抱かれてしまっても不思議は無いだろうかね。


 まぁ、一応ガチです。

 少なくとも、リリーさんはそのつもりのはずです。

 ただ……んん?

 何故だろうか。

 リリーさんは不思議な様子を見せているのだった。

 意気揚々として、早速俺を振り上げるようなことはなかった。

 眉根を寄せた表情をして、じっと俺を見つめ続けている。


 このナマクラ、実は役に立たないのでは?


 そう思ってくれていたら僥倖ぎょうこうだけど、実際どうだ?

 不意に、リリーさんはひとつ頷いた。

 そして……差し出す。

 わずかな逡巡しゅんじゅんの気配と共に、リリーさんは俺を女騎士さんにへと差し出した。 

 

 女騎士さんは間違いなく「え?」と口にしていたけど……なるほどね。

 俺には戸惑いは無かった。

 分かったのだ。

 リリーさんの意図がはっきりと理解出来た。

 この子はきっと、女騎士さんの太刀筋に感銘かんめいを受けたのだ。

 だから、悟ったのだろうね。

 このスライムソードを握るべきは誰か?

 悟って託す決断をしたのだろう。

 俺の意思とかは特に気にすることはなく。


(なんだかなぁ)


 俺、モノホンの剣じゃないんだけどね?

 ちゃんと意思と主体を持った存在なんだけどね?

 戸惑いは無かった。

 ただ、釈然しゃくぜんとしないところは少なからずあるような。


 ともあれ、この譲渡が成立することは無いだろう。

 だって、女騎士さんは俺なんかいらないだろうし。

 俺だっていらないもん。

 スライムソードとか斬れ味に不安しかないし。 

 こんなのに命を預ける気には心底なれないし。


 ただ、この人ってかなりお人好し系なのかな?


 邪険じゃけんに出来ずといった雰囲気だった。

 女騎士さんは戸惑いつつも手を伸ばしてきた。

 俺を握る。

 眉尻を八の字にする。

 これ、どうしよう……? って表情であるけど、うん。

 本当にアレです。

 捨てちゃっていいですからね。

 どさくさにまぎれてでも、適当に捨てちゃって良いですからね、マジで。


 ……ォォオ……オオッ!!


 んで、そのどさくさチャンスは早速やってきたらしい

 咆哮と共に炎ゴリラは突撃を開始していた。

 窮地にあってヤケクソになったのか、それとも守勢しゅせいに回ったところで勝機は無いとの判断があったのか。

 ともあれ、最終ラウンドって感じかな。 

 決着の時はすぐそこだろうね。


 まず動いたのはリリーさんだった。

 受けて立つといった様子で、炎ゴリラの突撃に立ちふさがる。

 その炎ゴリラはと言えば、もはや炎剣を形作かたちづくることは出来ないらしい。

 燃え盛る拳をもってリリーさんを叩き潰そうとする。


 だが、遅い。

 ダメージがあってか、炎ゴリラの動きは明らかに鈍くなっている。


 リリーさんは真上に跳んで余裕で回避。

 その上で、ドガーン。

 握りしめたお手々による、鉄槌のような一撃が炸裂。

 炎ゴリラを見事に叩き伏せることになった


 で、これが最後の一撃になるかな?


 すでに女騎士さんは駆け出していた。

 どうにも俺を捨ててくれるつもりは無いらしい。

 彼女は頭より上に俺を振り上げている。

 疾走の勢いを乗せての、上段からの必殺の一撃。

 それが彼女の求めるところなのだろうけど……う、うーむ。


(嫌だなぁ……)


 熱いんだろうなぁ。

 痛いんだろうなぁ。


 俺の胸中はネガティブな感情で一杯なのでした。

 まぁ、ここまで来たら仕方無いか。

 俺は出来る限りのことをすることにした。

 出来る限りで、彼女の振るっていた長剣に姿を似せる。

 細く。鋭く。

 出来映えはそれなりの気はするけど、どうかなぁ?

 こんだけ細く鋭ければ、俺への衝撃も多少はやわらぎそうだけど……どうだろうかなぁ?


 では、その時だね。

 俺がアイツと痛みを分かち合う時だ。

 炎ゴリラはいよいよ死に体だった。

 女騎士さんを迎撃しようとして、しかし立ち上がることすら思うに任せられずにいる。

 そんなアイツを目前にして、女騎士さんは一度鋭く息を吸った。

 そして、疾走の勢いそのままに──

 

(く、来るか……っ!?)


 俺は強い意思でその時を待ち受ける。

 ただ……あれ?


 唖然とするしかなかった。

 とんでもない速さで視界が動いたのであり、俺が振るわれたことは間違いはなかった。

 でも、痛みは……無い?


 熱さすら一瞬あったのかどうかであった。

 これはそういうことか?

 それだけ女騎士さんの一閃は、揺るぎなく速かったということなのかな?


(す、すごいなぁ)


 達人の一閃とはいかなるものか?

 稀有けうなことに俺はそれを剣の立場で体感することになったのだけど……獲物として体感した方はまぁねぇ?


 終わりは呆気あっけ無かった。


 女騎士さんの一撃を受けて、炎ゴリラはあっさりと黒の霧へと姿を変えた。

 そして、火の粉が一欠片ひとかけら

 わずかに宙を揺蕩たゆたった。

 空に昇るようにしてか細く消えた。

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