48:神格解放

 パンジーさん、御臨終ごりんじゅう


 当然、バフは消失。

 これでは無理だ。

 普通の闇ゴリラにすら勝つことは出来ない。

 ましてや、アイツは無理だ。

 豪炎を操り、さらには明らかに知性に優れるアイツを相手するのは間違いなく不可能だ。


(……ギブアップ?)


 出来るならしたかったが、その結果は焼死まった無しなのである。

 抵抗するしかなかった。

 幸いにして、魔力にはまだ余裕がある。

 この一戦で促成栽培を一回使ったが、まだ半分。

 俺の魔力はまだ半分残っている。


『お、囮をお願いっ!!』


 俺はリリーさんにすかさずそう叫びかけた。

 なんとか時間を稼いでもらって、その間に再びバフパンジーの促成を試みる。

 勝ち筋はこれしかなかった。

 リリーさんも動揺しているようだったが、すかさず「きゅーっ!!」だった。

 肯定を返してくれた。

 よって俺は急ぐ。

 種子を生成にかけた上で、土壌の改良を……って、


「きゅ、きゅーっ!!」


 俺は当然作業を止めることになった。

 何故って、リリーさんだ。

 リリーさんの焦りに満ちた叫びが耳に届いたからだ。


 まさか、あの子が窮地に陥ってしまったのか?

 

 俺は焦りに焦ってリリーさんの姿を探すわけだけど……んー? そういうわけじゃない?


 どうやら、あの子は俺に注意を呼びかけてくれたようだった。

 炎ゴリラの関心はリリーさんにはまったく払われていなかった。

 あの子の陽動としての攻撃にも、うるさそうに腕を振るうのみだ。

 アイツは間違いなく俺を見ていた。

 俺に対して、横薙ぎに炎剣を振るおうとしている。


(な、なんで……!?)


 状況が理解出来なかった。

 何故アイツは強敵リリーさんでは無く、ヘタレザコの俺にご執心しゅうしんなのか?

 

 やはり、分かっているということなのだろうか。

 あのパンジーが戦術の要であり、その生みの親はこのスライム状の何かである。

 そう理解して、俺を優先対象にしてるってことか?


(う、うわぁ)


 やはり違うようだった。

 アレはまったく違う。

 今まで相手にしてきた連中とは中身が違う。

 アレは賢い。

 人か、それに準ずるか、あるいはそれ以上か。

 間違いなく智慧ちえと呼べるものを有している。


(……勝てます?)


 あらためて疑問に思うわけだけど、今はそんなことを考えている場合じゃないよね。

 炎ゴリラは炎剣を放ったのであって。 

 その横薙ぎの一閃が、耐え難い熱量をもって俺に迫りつつあるのであって。


『ひ、ひぃぃっ!?』


 俺はべチャリだ。

 平たくなってなんとか回避。

 かろうじて命を拾ったわけだが、もちろん危機がこれで終わるわけが無い。

 炎ゴリラのすかさずの追撃が……って、おや? 


 幸い、追撃は無かった。


 炎ゴリラは炎剣を上段に振り上げたのだが、その刹那せつなだ。

 リリーさんの必死のラリアットが、あいつの側頭部に炸裂したのだ。


 おそらくは魔力変換をしての、現状での最大の一撃だろう。

 致命傷にはほど遠いようだったが、しかしグラリ。

 炎ゴリラの態勢が確かに崩れたのだった。


『り、リリーさーん!!』


 俺は思わず歓声を上げるわけだけど、あの子は俺に手を上げて応えるようなことは無かった。

 リリーさんはビュン! だった。

 俺のもとに矢のように跳躍してくると、俺を両手で掴んでさらにドヒュン!


 なんかもう、さすがはリリーさんだった。

 炎剣の射程の外にということらしい。

 炎ゴリラが態勢を崩している間にと、俺を危険地帯から退避させてくれたのでした。


『あ、ありがとぉ……!』


 俺は感涙の思いで感謝を伝える。

 ただ、今回もリリーさんは何も反応しない。

 んなことを言っている場合か。

 そう言外に語っているかのように、鋭い目つきをして炎ゴリラをにらみつけている。

 

 俺も気を引き締めることになる。

 だ、だよね、感謝は後だよね。

 もちろん、アイツは健在なのだ。

 態勢を立て直した炎ゴリラは、悠然として俺たちに迫りつつあった。

 

 しかし……うん。

 炎ゴリラには強者の風格しかないよな。

 俺たちが背伸びをしたってかなわない気配がプンプンする。

 焼死エンドしか残されていない予感も濃厚に匂い立っているような。


(……た、助けてぇ)


 俺は思わず人間さんたちを見つめる。

 その中の女騎士さんに懇願こんがんの視線を送る。

 

 現状、頼れるのは彼女しかいないのだ。

 この状況で、戦力になってくれそうなのは……俺たちの助けになってくれそうなのは彼女だけなのだ。


 でも、うん。

 なんかダメそうだね。

 彼女は何故か妙にスッキリとした表情をしていた。

 もう絶望しかないとして、かえって悩まずにすんでいるのかもね。

 口の端に微笑のようなものを浮かべた上で、力なくその場に立ち尽くしている。


「……きゅー」


 んで、誰かに助けを求めているのは俺ばかりでは無いらしい。

 リリーさんが不安そうに俺を見つめてきていた。


 おい、生みの親。なんとかしろや。


 そんなことを思っていらっしゃるのかは定かでは無いが、この子にとっての俺は一応親だからね。

 頼るべき相手と思われてしまっているのかな?

 俺としてもなんとか応えてみせたかった。

 でも、ミドリザコヘタレな俺に出来ることなんて……無いよなぁ?

 土下座が通用しそうな相手じゃないし、もはや俺に出来ることなんてそんなものは……


(……ん?)


 俺は首をひねる思いだった。

 無かったでしたっけ?

 そう言えば、何かあったようなそうでもないような。

 神格とやらを獲得し、素晴らしい特性を付与出来ることに夢中になっていたけど、もう1つ何かこう切り札的なものを得たような?


(……あ)


 俺は思い出した。

 あった。

 ありました。

 必殺技か、あるいは火事場の馬鹿力なのか。

 そんな感慨かんがいを俺に抱かせたスキルがありましたね、そう言えば。


 神格解放。

 

 5分の使用で120時間のクールタイム。

 使いどころを選ぶべきスキルであるが、そんなの今だよね?

 今以外に使うところ無いよね?


 ただ、俺はちょっとためらいも覚えていた。

 これ、くっそしょうもないスキルだったらどうしよう?

 俺の神格を解放するとか、その時点で胡散うさん臭いことこの上ないのだ。

 ヘタレなる神性の面目躍如めんもくやくじょ的な何かでは困るし、なんなら何も起きない可能性だって普通にありそうだし。


 ただ……つ、使うしかないよなぁ。

 膨大な熱量をもって、炎ゴリラは一歩一歩確実に迫ってきている。

 愛しのリリーさんのため。

 固唾かたずを呑んで見守ってくれている女の子さんとリンドウさんのため。

 そして絶望に肩を落としつつある人間さんたちのため。

 少なくとも、あがくこと無く死ぬのはちょっとしたくないな。


 というわけで、はい。

 俺は願った。

 我が神格よ、ちゃんとしっかりと働く形で解放されたまえ。

 すると、


 ……ォォ……ォオ……?


 なんかこう不思議そうな感じでした。

 妙な音だか声を漏らした上で、闇ゴリラは小さく首をかしげた。

 そして、


 ────────《ログ》─────────

・神格の解放が確認されました。

 ─────────────────────


 俺はとりあえず安堵だった。

 あるいは何も起きないのではと思っていたのだ。 

 それがログさんによって否定されたのは間違いなく吉報だった。


 ただ……何?

 正直、実感はさっぱりである。

 あの、何か変わったりしました?

 ログさんには是非ともそれを教えて欲しかった。

 それも出来るだけ早く。

 問題は炎ゴリラだよね。

 何を思ったのか知らないけど、アイツは今までの悠然さを突然かなぐり捨てたのだ。

 炎剣を掲げての突撃を開始したのだ。


「きゅ、きゅーっ!?」


 ゆっさゆさ、だった。

 テメェどうすんだよって感じで、リリーさんは俺をしきりに揺さぶってきていた。

 いや、うん。

 俺もどうにかしたいんだけど、一体何が出来るのかってそれが問題なわけで、


 ────────《ログ》─────────

・スキル『原始なるふるき豊穣神の残滓ざんし』が使用可能。

 ─────────────────────

 

 結果はコレでした。

 そんなログさんのお達しなのでした。

 原始なるふるき……? んん?

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