46:大勝利!! ……はい。

 そうである。

 人間さんたちの雰囲気は明らかに好転しつつあった。


 女騎士さんですらそうだった。

 まぁ、他の人たちほどの変化は無かった。

 迷ってるって感じかな?

 未来を本当に信じてもいいのかどうか。

 そんな迷いのただ中にあるように俺には見えた。

 彼女は眉をひそめた表情をして、その紺碧の瞳は激しく揺れ動いている。


 これはうん。

 いーい感じじゃないですかね?

 ただ、まだ早いか。

 満足感に浸るのにはちょっと早い。

 

『むげっ』


 俺は軽くうめき声を上げることになったけど、原因は女の子さんだった。


 慌てふためきつつに、俺をベシバシ。

 手のひらでせわしなく叩いておられるのです。

 もちろんだけど、俺を灰色さんと誤認しているわけでは無いだろう。

 ボーっとするなってことだろうね。

 彼女はしきりに廃村の方向を指差していた。

 その先には、うん。

 もちろん俺も分かっていた。

 雲霞の如くの灰色さんに黒カニだ。

 俺たちを呑み込まんとして、猛然と迫りつつある。


 ということで後半戦でございます。

 まぁ、俺的には消化試合としか思えないけど。

 あるいは経験値稼ぎ?

 闇ゴリラと比較しちゃうと、あの連中を脅威扱いするのはちょっと難しいし。

 

 ただ、ここからも重要だよな。

 デモンストレーションとしては間違いなく重要なのだ。


『よし! がんばろっか!』


 鼓舞する目的で、俺はそう女の子さんに呼びかけさせてもらった。

 彼女は「……うん」だった。

 恐怖の思いは確かにあるのだろうけど、力強い頷きを見せてくれた。


 では、はい。

 やってやるとしましょうか。


「きゅーっ!」


 先鋒はもちろんこの方だ。

 最強の名を欲しいままにしていると俺の中で話題のリリーさんである。


 黒い津波に颯爽と飛び込むと、手近な黒カニをガシリと捕獲。

 そして、ハサミを掴むと……グルンでビュオン!

 回転を加えて投げ飛ばす。

 リリーさんの膂力りょりょくをもっての投擲とうてきなのだ。

 威力は絶大だった。

 黒い津波を割り穿うがち、無数の灰色に黒カニを真っ黒に蒸発させていく。

 

 リンドウさんも負けてはいない。

 パンジーのおかげで、能力値的には素のリリーさんと大して変わらないしね。

 グルンとしてのテイルアタックは、黒カニを容易に霧に変える。

 んで、バクー。

 あの子はお口も凶器らしくですね。

 灰色も黒カニも関係なくバクバクムシャムシャ。

 リンドウさんの口の端からは黒い霧が漏れ続けるのでした。ちょっと怖い。


 で、主役はこの子だよね。

 女の子さん。

 

 最初、彼女は間違いなく怖がっていた。

 まぁ、彼女の素の能力値を考えるとさもありなんだ。

 俺の初期値より下であり、灰色さんにすら敵うわけのない水準なのだ。

 ただ、今は聖女としての追加値があり、さらにはパンジーによる強化もある。


『大丈夫。いけるから』


 俺が応援させてもらうと、彼女は意を決してくれた。

 迫りくる灰色に対し、手にある棍棒を──華麗に一閃。

 女の子の顔にパッと笑顔が生まれた。

 一撃だった。

 灰色はあっけなく黒い霧に変わった。


 あとはまぁ……バーサーカー?


 今までの恨みを晴らしている感じだろうか。

 棍棒は唸りを上げるようであり、時には2匹、3匹の灰色をまとめて葬り去っていく。


 黒カニもまた彼女の餌食えじきとなった。

 攻撃をしかけてきたのだが、彼女の反撃の一閃で見事にジュワ! である。

 

(す、すごいな)


 俺は感嘆の思いで彼女の活躍を見つめることになる。

 灰色退治でレベルが上がったからって、それだけがこの光景の原因では無いよな。

 ステータス的なスキルでは無く、技術的な意味でのスキルがものを言っている感じか?

 スイング、本当にキレイだもんね。

 技術によって、パワーを余すことなく敵に伝えられている感じなのだろう。


(さ、才能なぁ?)


 戦士としての才能が非常にありそうだけど、さてはて。

 俺は女の子さんをほどほどに援護しつつ、人間さんたちの様子を垣間かいま見る。


 狙い通り、良いデモンストレーションになっているようだ。

 彼らの表情はいよいよ希望にほころびつつあった。


 女の子さんが大活躍しているのがポイントだよね。

 彼らは思っているんじゃないかな?

 自分たちでも灰色や黒カニに対抗出来るのではないか?

 闇ゴリラにもあるいは?

 もはや、彼らに絶望させられる必要は無いのではないか?

 

 そんな風にきっとね。

 ただ……俺はちょっと首をかしげる思いだった。

 お一人だけ、明らかに様子が違ったのだ。

 女騎士さんである。

 彼女だけは、女の子さんの活躍に頬を緩めてはいなかった。

 険しい表情をして何度も首を左右にしていた。

 必死にこらえているように俺には見えた。

 未来に期待するなと、必死に自分に言い聞かせているように見えた。

 期待しての絶望などは味わいたくない。

 そんな胸中が透けて見えるような感もあった。

 

 俺は少しばかり不安を覚えることになる。

 闇ゴリラが一蹴いっしゅうされるのを目撃し、女の子さんですら活躍出来る現実を目の当たりにしてもなお、彼女は未来を信じることが出来ていない。

 なんかこう……ね?

 この程度じゃないのだろうか。

 彼女の知る絶望とは。

 闇ゴリラを撃退できたところでどうだというのか?

 彼女の苦悩する姿はそう物語っているような気がした。

 さらなる脅威の存在を示唆しさしているような気がした。


(……い、いやいやまさかまさか)


 俺は胸中にて苦笑で否定だった。

 まさかまさか。

 いやまぁね?

 新種はまぁ、いると思いますよ?

 そこまでは流石さすがに俺も楽観してはいないですとも。

 でも、一蹴でしたよ?

 闇ゴリラに対して、リリーさんは完勝でしたよ?

 だから、多少強化された新種が来たところでもうね?

 楽勝でしょうとも。

 俺たちは今後、あの連中に悩まされることは無いでしょうとも。

 

 そういうことで、うん。

 俺は気を取り直すことにする。

 どうにもハッピーエンドは目の前のようだ。

 灰色に黒カニはすでに一掃されていた。

 残りは放置しておいた闇ゴリラの3体……いや、1体か。

 すでに2体は消滅していた。

 もがくことは出来ていた1体かな?

 生き残りが、かろうじてといった様子で立っている。

 俺は嬉々として叫ぶことになった。

 

『リリーさんっ!! やっちゃって!!』


 明るい未来のため、トドメをよろしくってことで。

 リリーさんはこくりと頷いてくれた。

 俺は瀕死の闇ゴリラを見つめる。

 これで終わりだ。

 輝かしき未来の到来の象徴として、リリーさんの一撃で見事散るが良い……って、ん?


 俺は眉をひそめる的な気分だった。

 

 なんか、うん?

 おかしくない?

 闇ゴリラはかろうじて立っているって雰囲気なんだけど……んー?

 妙な気配がある。

 闇ゴリラの顔は見えない。

 そこでは真っ黒な霧が渦巻いているのだけど、な、なんだ?

 妙に赤みがかってきたと言うか、何?

 紫炎って感じでどうにも異様と言うか。


『り、リリーさん、ちょっとっ!!』


 制止を叫んだのだが、それは正解だったのかどうか。

 

 熱波が走った。

 転生してからは初めて感じるものだ。

 火の熱のようなものが、確かに俺の表面を撫でた。


 そして……闇ゴリラは紅蓮に中に沈んでいた。


 燃えていた。

 まるで巨大な松明たいまつかのように、闇ゴリラが赤々と燃えたぎっている。


 理解は難しかった。

 これは何なのか?

 なんか勝手に自爆した。

 そんな理解が俺には都合が良いのだが、それですむのか?


 残念ながら、状況は楽観を許してくれるものでは無いらしい。


 炎は動き出した。

 さながら炎の巨人だ。

 闇ゴリラを芯のようにして、燃え盛る火炎が悠然と一歩を踏み出した。


 ──あはは。

 

 そんな笑い声が聞こえたような気がして、俺は思わず背後を振り返る。

 笑い声の主は簡単に分かった。

 女騎士さんだ。

 彼女は苦笑していた。 

 それ見たことか。

 そう言いたげな表情であった。

 希望を抱きかけていた人々を笑っているように俺には思えた。


 彼女はその表情のままに炎の巨人を指差した。

 そして──クトゥグア。

 そう呟いたようであった。

 


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