44:準備の時間

 さてさて。


 闇ゴリラの襲撃は目前である。

 焦るつもりにはなれないけど、急ぐ必要は当然あるかな。


『みんな。ちょっと移動するよ』


 そうして、俺たちは人間さんたちから距離を取る。

 時間は無いから、そんな大きくは無理だな。

 およそ10メートル。

 咆哮の聞こえてきた方角へと進む。

 そこはちょうど廃村と墓場の境目だった。

 いくらか廃屋が壊れるかもだけど……まぁ、うん。

 人命第一だしね。

 地下の皆さんには後で謝るとして、ここらを戦場とさせていただきましょうか。


『リンドウさん。この辺りの土をお願い』


 我ながら言葉足らずのお願いだったけど、この子も賢いよね。

 ぎぃ! とひと声だった。

 リンドウさんは猛然として、足元をムシャムシャ。

 瞬く間に土壌を茶色にへと変化させていく。


 で、その間に俺は別作業。

 新着の特性たちについてあらためて理解を深めるのでした。


(……ふーむ、ふむふむ)


 思い違いでなければ、しっかり理解出来たのでした。

 いくらか不安な点はあるけど、うん。

 やっぱり女神様サンキューだな。

 それじゃあ種はコレで、特性はこんな感じで。

 10秒ほどで無事に種は出来上がったので、あとはリリーさんにお任せで。


 びっくびくしていたこの子だけど、俺が渡した種にちょっと顔色を変えた。

 まぁ、そうだね。

 これ、君のお気に入りだもんね。

 ただ、喜んでいる感じは無かった。

 なんで、これを今?

 非常に疑問に思っているようだったけど、この子はやはり優しかった。

 すかさず埋めにかかってくれて、よし。

 準備はあらかた完了であり、あとはこの子だ。


『えーと、危ないから。ちょっと下がっててね』


 声をかけた相手は、もちろん女の子さんだ。

 俺についてきてくれている彼女だけど、ここからはさすがに付き合わせるわけにはいかなかった。

 将来的には、俺を存在消去するぐらいの実力を獲得されるに違いなかった。

 でも、さすがに今は早い。

 安全な場所で、リリーさんたちの勇姿を眺めていて欲しいところなのだ。


 女の子さんは、俺の思いをよく分かってくれたみたいだった。

 急いでこの場から離れ、人間さんたちに合流し……ん?

 何かを手にしたようだった。

 んで、これまた急いで俺たちの元に戻ってきたかと思えば、手にあるものを見せつけてきた。


 長さ50センチ程度の太い木製の棒。

 いわゆる棍棒だ。

 彼女の青い瞳には闘志がりんりんだった。

 どうやらアレだね。

 参戦希望みたいだね。

 闇ゴリラなんかを棍棒でしばき倒したいみたいだね。


(い、いやいやいや……)


 賛同の言葉はさすがに湧いてこないのだけど、人間さんたちも同意見らしい。

 彼らからしきりに声が上がった。

 多分だけど、「戻れ!」とか「危ない!」とかかな?

 女騎士さんですら何か叫んでいた。

 半ば腰を上げて、何事か制止を叫んでいる。


 ただ、女の子さんにはさっぱり響いていないようだった。

 やる気満々で素振りしているけど、まぁ、そりゃそっか。

 ぶっちゃけ、彼らの制止はひっじょーに無責任だし。

 俺が女の子の立場だったらね?

 私は生きたいんだ。

 守ってくれないんだったら、自分でがんばるしかないじゃないか。

 そんな風にしか思えないだろうねぇ。


 でも、うん。

 守る気満々の俺も正直同意見だけどね?

 ど、どうしよう?

 俺はそりゃ苦悩だった。

 彼女がここにいるべきで無いのは明白だ。

 でも、どう説得すれば?

 女の子さん、本当やる気だし。

 棍棒をぶぉんぶぉん振っていらっしゃるし。

 い、良いスイングではあるな。

 リリーさんにリンドウさんも「おぉ……」なんて感じで見惚れているけど、さすがに闇ゴリラには……いや?

 闇ゴリラにはさすがに通用しないだろう。

 だが、それ以外がいた時にはまぁ?


 俺は悲壮に叫び続けている人間さんたちを見つめる。

 あるいは、この女の子さんの行動は彼らの希望になるんだよな。

 もし仮に彼女が……非力な少女に過ぎないこの子がビシバシ灰色なんかを蹴散らしたりすれば?

 人間でも化け物どもを一蹴出来る可能性を示すことが出来れば?


 もちろんリスクはある。

 負傷の恐れは当然ある。

 ただ、幸いにして次の戦闘において俺はそれなりに役に立てるだろうし。

 女の子さんを守る余裕もきっとあれば……そうだな。

 俺は女の子さんを見上げる。


『お願いがあるんだけど、良いかな?』


 俺の問いかけに、彼女は眉間にシワを寄せて首を左右にした。

 どうにも帰れと言われると思ったみたいだね。

 ただ、俺が言いたいのはそれとは別なのだ。


『灰色の丸いのって見たことある?』


 思わぬ質問に少しばかり驚いたらしい。

 彼女はわずかに目を丸くし、そして頷いた。

 俺は『うんうん』と頷き的に動き、


『じゃあね? その灰色が現れたら、相手は君に任せてもいいかな?』


 そう問いかけさせてもらった。

 やはりと言うか、人間さんにとってはあの灰色もかなりの強敵らしい。

 女の子さんの表情に緊張が走る。

 ただ、彼女の決意は相当のもののようだ。

 返ってきたのは今度も頷きだ。

 戦士の顔つきをしての頷きだった。


 うん。

 では、お任せするとしましょうか。

 ただ、もちろん、


『でも、俺が下がってと言ったらね? その時はお願いね?』


 こう言い含めもさせてもらったのでした。

 彼女は今回もこくりだった。

 しっかりとした頷きを見せてくれた。


(よしよし)


 俺は内心で頷きだった。

 これで前準備は全て終わったかな?

 後は相手が現れるのを待つだけであり……来たな。


(う、うお?)


 俺は少なからず驚くことになった。

 廃屋の合間から現れたのは闇ゴリラだ。

 1体では無い。

 3体だ。

 集団をしての威圧的たっぷりのご登場だった。


 まぁ、このこと自体はさほど驚きではないんだけど。

 1体でダメなら、2体であり3体。

 それでもダメなら新種を投入。

 それがあの連中のやり口だしねぇ。

 数が増えたぐらいのことは、当然想定の範疇はんちゅうだった。


 ただ……なんか軍隊?


 あの連中は、3体だけでは無かった。

 闇ゴリラたちの足元では、灰色の群れが絨毯じゅうたんのような密度で這い進んでいた。

 空中には、黒カニの群れだ。

 数十の単位でそこにあり、闇ゴリラの頭上にホバリングのような静けさで控えている。


 非常に違和感があった。

 今までになく整然としていると言うべきか。

 妙に規律が取れているようなと言うべきか。


 俺は闇ゴリラたちを見つめる。

 彼らをリーダーとした一個の集団。

 そんな雰囲気が如実にょじつにあるね。


(う、うーむ)


 やっぱり格が違うって感じだなぁ。

 ある種知性を感じるって言うか、そういう面でも強敵であるだろか。


 ただ、負ける気はあまりしないかな。

 

 俺は切り札にご登場願うことにした。

 では、はい。

 促成栽培っと。

 例の如く一瞬だった。

 花の株が現れる。

 パンジーの黄色い花々が咲き誇る。

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