32:お久しぶりです?
『い、いやいやいや!?』
白い空間において、俺は死ぬほど焦ることになった。
(い、今は無い!! いや、今だけは無しでしょ!?)
俺はさして死を恐れてはいないし、受け入れる準備はいつでも出来ていた。
ただ……い、今は本当に無くない?
あまりにも無責任が過ぎる。
リリーさんのため、そして女の子を始めとする人間さんたちのため、今だけは俺は死んではいけないはずだった。
(ど、どうしよう? どうしよう、どうしよう、えぇ……?)
焦りすぎて、俺はとにかくジッとしていられなかった。
その場をぐるぐると周ることになり、ぴょんぴょこ跳ね回ることになり、いつも頼りにしてきた土壌改良を特に意味も無く試みることになり、しかし土が無い事実に驚愕することになり。
つーか、あれ?
スキル使えなくない?
これまた特に意味も無く種子生成を試みようとしたのだが、いつものログはさっぱり表示されなかったのだ。
こんなのアレじゃん。
俺、ただのヘタレザコスライムじゃん。
いやまぁ、スキルが使えたところでどうだって話だけど、いよいよ八方塞がりって言うか……
「落ち着きなさい」
俺は『へ?』だった。
聞こえたのは艷やかな女性の声にしか思えなかったけど……あの、ここって誰かいましたっけ?
気がつけば、すぐ目の前だった。
女性がいた。
古代のギリシャなのかローマなのか。
そんな白い長衣をまとった女性だ。
見覚えがあった。
腰まで届くような藍色の長髪を俺は知っていた。
そして、彼女の眼差しだ。
もう人間関係で苦しみたくない。
そう告げた時の俺は、こんな冷ややかな金色の瞳を確かに目にしたのだ。
間違いない。
かつての彼女だ。
この白い空間において、かつて俺が出会った女性だ。
(……あっ!)
で、俺は閃いたのだった。
かつて彼女に冷ややかに見つめられた後のことだ。
気がつけば俺はスライムの体で異世界に降り立っていた。
もしかして彼女には……俺を異世界に送る力があったりする?
リリーさんたちの元に帰していただける?
『あ、あのっ!! ちょっとお願いが……っ!!』
「黙りなさい」
俺は見事にしゅんと黙ることになった。
い、いや、黙っている場合じゃないんだけどさ。
でも、強圧的に出られると前世の習慣的にどうにもこうにも。
ただ、ここは
俺は意を決して反抗に出ようとした。
だが、
「帰還は保証します」
淡々として彼女はそう先手を打ってきた。
俺の待ち望んだ一言であった。
反抗心なんて頭からすっかり消え、俺は喜びの声を上げることになる。
『も、戻れるんですかっ!?』
「私が招いたのであれば当然です。だから、黙りなさい。時間は少ないものと心得るように。私が尋ねることだけに答えなさい」
正直、それはなかなかに難しい要求だった。
当然のこと、俺の胸中には疑問が生まれているのだ。
彼女は俺を異世界に送ったり、この空間に戻したり出来る力があるらしいが……どうなんだ?
何者?
この彼女は一体どんな存在なんですかね?
まぁ、聞いたりしませんけど。
怒らせて、じゃあもう戻しませんって言われたら困るし。
あと、普通に怖いですし。
この人、眼差しが鋭すぎて怖いですし、はい。
時間が無いとは言っていたがその通りなのだろうか。
彼女はすぐさま口を開いた。
「貴方は何なのですか?」
そして、よく分からない曖昧な質問だった。
んで、彼女は質問を曖昧のままにするつもりは無かったらしい。
「信徒の目を通して見ていました。貴方は、我が信徒らに自らの危険を省みずに手を差し伸べました。何故です? 人との関わりを拒絶した貴方が、何故そのようなことを?」
かなり分かりやすくなったのだった。
どうやらこの女性は、テメェ初志と全然違うことしてるじゃねぇかって、そんなことを気にされているらしい。
まぁ、信徒だとか、信徒の目を通して見ていただとか、そもそも貴女はどなた? って疑問ポイントは多いのだけどね。
ただ、その辺りは脇に置いておくべきだろうか。
彼女の意に沿わない行動をするリスクは、この白い空間ではアホみたいに高いに違いないのだ。
『え、えーと、そうですね。襲われていましたので、はい』
彼女の機嫌を損ねないためにも、思いついたものを手早く伝える。
でも、だ、ダメ?
彼女はどこか
「自らの良心に従った結果であると?」
カッコつけてんじゃねぇよ、ザコ。
正直に言わねぇとぶっ殺すぞ。
そんな内心の声が聞こえたような気がしたのでした。
俺は冷や汗バッシャバシャだった。
マズイのだ。
彼女から低評価を食らって、さらには戻す価値無し判定なんかを食らってしまえば?
当然のこと、俺は必死で言い繕うことになった。
『い、いえ、もちろんあの、人恋しかったからという理由はありまして……っ! それにリリーさんにとっても……』
「リリーさん?」
『へ? は、はい、ツリードラゴンのその……
「あぁ。あの小さな?」
『そ、そうです。人間がいれば、俺が死んでもあの子が寂しい思いをせずにすむと言いますか……彼らを助けたのには、そんな理由も確かに』
およそ全てを隠し立てなく打ち明けた感じがあった。
でも……ど、どうだ?
彼女は淡々と艷やかな唇を開く。
「では、貴方は人の繋がりに価値を認める存在であると? 残されし者の
自惚れてんじゃねぞ、カス。くたばれ。
そんな幻聴が聞こえてきたので、俺は慌てて訂正の声を上げることになる。
『い、いえいえ! 俺はまさか、ただのヘタレスライムでして……っ!』
「……遅い」
『へ?』
「遅いっ!! なんですか、貴方は? 何故そういった存在だと早く示さなかったのですかっ!!」
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