33:お願いタイム

 正直、よく分からない発言だった。

 

 遅いって言われても、なんのこっちゃという話でありまして。

 ただ、うん。

 彼女は眉間にシワを寄せていて、真っ白だった顔を真っ赤にしているのだ。

 どう考えても怒られてますよね、これ。

 そうなると、俺に出来ることなどは1つしか無かった。


『ひ、ひぃぃっ!? す、すいませんっ!! すいませんっ!!』


 俺はひたすらに平身低頭だった。

 ドアマットみたいになって、ひたすらに許しを乞う。

 ただ、彼女には俺の言葉が届いている様子はどうにも無く、


「えぇぃ、まったく!! このことが分かってさえいれば!! ふさわしき姿と力を持たせ、しかるべき場所に降ろせたものを!! 遅いっ!! まったく遅すぎるっ!!」


 激しく地団駄なんて踏んでいらっしゃいまして……ひぇぇ。

 俺はおそれおののくしかなかった。

 では、死ぬがよい。

 そんな展開があっても、まったくおかしくないんじゃないかな?

 次の瞬間には、俺はスライムの干物になっていたりするのでは?


(か、勘弁して……)


 帰りたかった。

 リリーさんと女の子が遊んでいた、あの幸せ空間がもう恋しくって恋しくって仕方がなかった。

 

 なんかもうシクシクしちゃう気分だったが、実際俺はどうなってしまうのか。

 女性は、不意に「はぁ」と息をついた。

 そして、乱れた髪を軽く直した上で、俺を見下ろしてくる。


「まぁ……今さら仕方ありませんか。では、再び問いましょう。貴方の願いは?」


 慈悲を乞うつもりで満々だった俺は、『へ?』と疑問の声を上げることになった。

 願い?

 もしかして、命乞いを許してやろう的な?

 んで、「げへへ聞くわきゃねぇだろ!」って、ブスー?

 え、そういうパターン?

 そういうパターンきちゃった?


 これは進退きわまってしまったのかどうか。

 俺が恐怖に縮み上がっていると、彼女は眉間にシワを寄せつつに小さく首をかしげた。


「どうしましたか? 時間は無いと言いました。早く願いを口にしなさい」


 俺は彼女をじっと見つめることになる。

 不機嫌そうに見える。

 ただ、殺意はと言えばそうでも……?


『……あの、お怒りなのでは?』

 

 彼女は「ん?」と不思議の声を上げた。


「怒り? 確かに覚えてはいましたが、それとこれとは話は別です。願いを告げなさい。我が世のことで、対価も無く貴方に働きを期待するつもりはありません」


 どうにもこうにもである。 

 彼女には怒りに任せて俺をぶちゅっ! てするつもりは無いのかしらん?

 朗報だった。

 安堵でべちゃりと溶けてしまいそうになるほどの朗報だ。


 まぁ、この方はあんまり情緒が安定している感じはありませんし。

 今後の俺の振る舞い次第じゃ、普通にぶちゅりの展開はありそうで恐ろしいが……ふーむ、願い?


 俺には咄嗟に頭に浮かぶものがあった。

 何が彼女の機嫌を損ねるか分からなくて、正直発言するのには勇気がいる。

 ただ、ここは恐れている場合じゃないよな。


『あ、あのー、願いとはどんなものでもよろしいので?』


 ひとまずとして尋ねる。

 幸いなことに、彼女は怒りもなく応じてくれた。


「口にするだけしてみなさい。可否は私が判断します。富、美貌、あるいは……かつての世界への帰還。今すぐとはいかないものもありますが、大抵のことには色よい返事が出来るでしょう」


 俺は『おぉ……っ!』と歓声を漏らすことになる。

 太っ腹と言うか、やっぱりこの方すごい人?

 神様?

 女神様的なポジションの偉い人でいらっしゃる?


 期待感はうなぎ上りだった。

 もっとも俺の回答が気に障ったりすれば、どうなるかは分からないが……ま、まぁ、うん。

 

『で、では、伝えさせていただきます』


「聞きましょう」


『え、えーと、私は人間の皆さんと出会うことになりまして、彼らは非常に困っているみたいでして』


「知っていますが、それが? 貴方の願いと何の関係が?」


『も、もちろん関係が。可能でしたら、人間の皆さんをお救いいただければと思いまして……あ、あの?』


 俺は不安の思いで一杯になることになった。

 何故と言って、暫定ざんてい女神様のご様子だった。

 眉をひそめた表情のままでピクリともしなくなったのだ。

 こ、これは、何?

 どういったたぐいのリアクション?

 逆鱗?

 逆鱗に触れちゃいました?

 前世におけるコミュニケーションではままあったことだけど、また俺やっちゃいました? やらかしちゃいました?


 はたして真相はいかに。

 俺がビビリまくっていると、推定女神様はポツリと呟いた。


「……願いですか? それが?」


『は、はい! 俺なんかではどうしようも無いものでして……どうでしょうか?』


 願いを叶えていただけるのでしょうか? ……って言うよりは、無事に帰していただけるのでしょうか? って気分だよな。


 ブルブルしつつに俺は待つ。

 彼女は何故か、にわかに俺を指差してきた。


「……その体は?」


『は、はい?』


「望むべくはまずそこではないのですか? 元いた世界への帰還を望むとは思っていませんでしたが……その体には不満があるべきでは?」


 何故だか、彼女はそんなことを気にされているみたいだった。

 返答はもちろん否となる。


『い、いえ、まさか。この体に不満などまったく』


「人に戻るつもりは無いと? 人としての栄達には興味は無いのですか?」

 

『い、いえいえいえ。そんな分不相応なと言いますか、興味なんてまったく』


「……興味は無く、ただ人々の救済を願うと?」


 非常に大仰おおぎょうな言い方であったが、まぁ、そうなるのかな?

 俺は頷き的に動いた上で意思を伝える。


『是非、お願いいたします。それが俺にとっても幸せですから』


 俺の脳裏にあったのは、リリーさんと女の子がはしゃいでいたあの光景だ。

 あれは、うん。

 良かったよなぁ。

 んで、女騎士さんや他の人たちも立ち直ってくれてさ。

 彼らと一緒に、穏やかに朗らかにいられたらね?

 むしろ贅沢だよな。

 俺なんかが望むのは贅沢な、至上の幸せで間違い無い。


 しかし……ど、どうですかね?


 気取ってんじゃねぇよ、ザコ。死ね。

 

 そんな罵倒がバッチリイメージ出来たけど、実際の彼女は何を思っていらっしゃるのか。


 彼女は再び黙り込んだ。

 そして……不意に盛大なため息をついた。

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