31:キューッと決断

(い、いやいやいやっ!)


 俺はちょっと動揺だった。

 足蹴あしげにしたことを謝罪したい風の女の子だけど、アレについて謝ってもらうような要素はまったく無いのだ。

 まぎわらしかったよねと、むしろ俺が謝っても良いぐらいって言うか。


 俺は慌てて体を左右にブルブル震わせる。

 お詫びなんて必要ないよってことだけど、多分伝わったかな?

 彼女は心配そうに何か呟いた。

 「本当に?」だとか、「いいの?」だとか、そんな雰囲気だった。

 俺はもちろんと頷き的な動きを見せる。

 これも伝わったっぽい。

 女の子はほっとしたように息を吐いた。

 そして、


「○○○○○」


 そんなことを言って、再び頭を下げてきた。

 そこにある表情は先ほどとは違った。

 可愛らしい笑みだ。

 えーと、うん。

 多分だけど、ありがとうって言ってくれたんだろうね。

 それは俺が気にしないむねを伝えたことに対するものか、それとも闇ゴリラを撃破したことへのものなのか。

 分からないが、ともかくね。

 この子は俺たちにお礼を言ってくれたんだろうね。


(……うおー)


 少なからず俺は衝撃を受けた。

 はたして、いつぶりだろうか。

 人間から感謝の念を伝えられたのは。

 暖かい感情を向けてもらえたのは。


 女の子は不意に首をかしげた。

 その視線は俺の背中側にあるようだけど、あー、うん。

 リリーさんが気になっているようだ。

 なんでこの子は隠れてるんだろうって感じかな?


「○○○○○?」


 どうしたの? って、疑問の声だろうか。

 女の子は俺の前にしゃがみ込んできた。

 俺の背後のリリーさんをじっと見つめ始めた。

 

 普段のこの子であれば、興味津々で女の子を見つめ返したんだろうけどね?

 ただ、今のリリーさんは俺の背中から出てくることは無かった。

 それどころか、「きゅー……」なんて怯えたような声を上げたのだった。


 これはかばって上げた方がいいかもしれない。

 見ないであげてってことで、俺は形状変化で壁になろうとする。

 だが、その直前だ。


「……きゅー?」


 女の子はそんなことを呟いたのだ。

 あら可愛いだけど、ともあれ俺はリリーさんのために形状変化を……って、ん?


 俺は『おや?』とすぐ脇を見つめることになった。

 おそるおそるといった様子だが、リリーさんが俺の背中から顔を出してきたのだ。

 リリーさんはどこか不思議そうな顔をして女の子を見返す。

 

「きゅ?」


 んで、首をかしげつつにそんな風に鳴いたのでした。

 すると、今度は女の子だ。

 

「きゅう」


 まるで会話に応じるみたいに、そんな声を上げてくれた。

 リリーさんは大きく目を丸くした。

 そして何故かワタワタして俺を見つめてきたけど、なるほどなるほど。

 リリーさんはびっくりしているみたいだね。

 まさかこの世にきゅーって鳴き返してくれる存在がいたなんて……って感じかな?

 俺はね?

 さすがに分をわきまえていたのだ。

 きゅーなんて鳴き返したことは一度として無かったからねぇ。きゅー。


 リリーさんは驚くと同時に心底嬉しかったらしい。

 

「きゅーっ!」


 女の子を見上げて、大きな声で呼びかける。

 すると、女の子の顔にぱっと笑みが生まれた。

 どうやらリリーさんとの交流を楽しく思ってくれたみたいかな?

 あとはきゅーきゅー祭りだった。

 リリーさんと女の子は、心底楽しそうにきゅーきゅーと鳴き交わし続ける。


(おぉ……)


 その様子に、俺は震えていた。

 感動による震えだ。

 これだよ、これこれ。

 かつて望んだ以上の光景だった。

 人間がいるからこそ生まれることになった幸せ。

 寂しさなんて存在しない、心がしんから安らぎ暖まる光景だ。


 これは……ねぇ?

 

 俺はひとつ頷き的にコクリとする。

 決断したのだ。

 忘れることにした。

 人間さんたちを見捨てるという選択肢は、もう無しの方向で。

 この光景だけで見捨てない理由は十分だった。

 リリーさんのため、そしてこの女の子のため。

 もう、全力ですよ。

 俺の全力でことに当たらせていただきますとも、えぇ。


 あと、うん。

 俺にはこの決断に至った理由はもうひとつあった。


 俺は身じろぎすらしない人間さんたちを見つめる。

 宙を仰ぐばかりの女騎士さんを見つめる。


 俺は無いものだと思っていた。

 心が暖まるようなことは今後絶対に訪れない。

 かつて、そう思っていた。

 だが、俺は今、リリーさんたちの様子に幸せを感じていられている。


 お節介かもしれないけどさ。

 彼らが終わらずにすむように、いつか平穏に浸ることが出来るようにってね。

 やっぱり、してあげたいと俺は思ったのだ。

 

 ただ……現実は現実なんだよなぁ。


 悩ましすぎて、俺はグネグネ体をひねることになる。

 俺が無力であることは変えようの無い事実だ。

 とにもかくにも、彼らを闇ゴリラから守ってあげる必要はあるだろうけど、それも決して簡単じゃないし。


 俺は目の前の光景を見つめる。

 そこではリリーさんと女の子が楽しそうにはしゃいでいる。

 この女の子だけじゃなくって、女騎士さんや他の人間さんたちもね。

 こんな顔でいられるようにしてあげたいけどねぇ? うーむ。


 しかし、ふむ。

 俺はリリーさんたちの振る舞いに注目することになる。

 なんかちょっと激しくなってきましたかね?

 きゅーきゅー遊んでいるリリーさんと女の子だけど、気がつけば彼らは追いかけっこをしていた。

 かわいい。癒やされる。

 それは間違いないけど、大丈夫かな?

 ここは決してキレイな運動場とかじゃない。

 枯れ木の根やら石ころやらでかなりデコボコとしているのだ。

 

 足元とか大丈夫? 

 ころんじゃったりしない?

 そう心配した矢先だった。

 女の子が「あっ!」と声を上げる。

 枯れ木の根に足を引っかけたらしく、勢いよく宙に前のめりになる。


 俺はドバッと冷や汗だった。

 でも、大丈夫かな?

 幸いにして、彼女の転ぶ方向には俺がいるのだ。


 まぁ、俺であっても女の子を1人受け止めることぐらいわね?


 俺は余裕の思いで座布団みたいな感じに形状変化するのだけど……あれ、どう?

 俺は急に不安に襲われることになった。

 思ったよりも勢いすごいけど大丈夫?

 俺、体力どうだったっけ?

 硬化する?

 でも、そんなことしたらあの子が痛いだろうし……って、あ。

 もう目の前だね、これね。


『ぬぎゃ』


 悲鳴を上げつつ、俺は安堵だった。

 勢いがなかなかだったとは言え、さすがに女の子の体重なのだ。

 天に昇ってしまうようなことには、さすがにならなかったらしい。


(はぁ。やれやれ……って、あら?)


 俺は違和感を覚えることになったと言うか、ただただ違和感しか無かった。


 ここ、どこ?


 白かった。

 墓地を彩るパンジーの黄色などはどこにも見えない。

 ただただ白い。

 どこまでも見果たせない白さが広がっている。


 見覚えがあった。

 これは……もしかして、アレか?

 前世の終わりの直後に見た光景。

 あんら?

 俺、もしかして……天に昇っちゃいました?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る