30:どないしろと?

『……うーむ』


 墓地において、俺はまたまたうなることになっていた。


 人間さんたちとの第2ラウンドが避けられたことは間違いない。

 おそらくは、敵では無いとも理解してもらえただろう。

 だが、


『……むーん』


 俺の視界にはパンジーに彩られた墓地と、そこにたたずむ人間さんたちがいる。

 生気のある様子を見せている者は1人としていなかった。

 誰もが似たり寄ったりだ。

 焦点も合わずに空を見つめるか、膝を抱えて嗚咽おえつを響かせているかである。


 念願の人間との出会いではあったのだ。

 ただ、現状にあるのは心暖まる交流などではまったく無い。


 彼らはこの地を選んだのかもしれなかった。

 パンジーの花々の美しいこの場所を、自分たちの終着点として選んでしまったのかもしれない。

 誰一人何も言わない。

 動かない。

 おそらくは……その時が来るのを、ただただ待ち続けている。


(ど、どうしろと?)


 俺は苦悩せざるを得なかった。

 放ってはおけないのだ。

 正直、願っていた出会いとは違うし、俺が求めていたものを彼らが与えてくれるとは欠片も思えない。

 ただ、かつて絶望の淵にあって、そこから転げ落ちた元人間としてはどうにもこうにもと言うか。

 かつての俺と同じような状況にあるだろう彼らに、どうにか手を差し伸べてあげたかった。


 ただ、うん。

 本当、俺にどうしろと?


 意思の疎通も叶わぬ我が身だが、まぁ、そこはいっか。

 前世コミュ障筆頭みたいな俺が、まさか言葉で誰かを救えるとかありえないだろうし。


 では、どうすれば彼らに生きる気力を取り戻してもらえるのか?


 一応、いくつかの方法を思いついてはいた。

 例えば、促成栽培を活かして、食料をプレゼントすることとか。

 でも、これはなぁ?

 彼らの様子は正直、お腹一杯になれば気分も晴れるって段階には見えないと言うか。

 プレゼントしようとしても、普通に拒絶されるだろうね、多分。


 闇ゴリラなんかを圧倒してみせる。

 これも一案だった。

 彼らの絶望の一端は、間違いなくアイツらにあるだろうし。

 アイツらはもはや敵ではなく、恐怖に怯える必要はもう無い。

 そう示すことが出来れば、彼らの絶望感も多少はやわらいだりするんじゃないかな?


 まぁ、無理だけどねー。

 圧倒してみせるというのが、かなり無理。

 今思い出しても怖気おぞけがするけど、あの異常なパワーに俊敏さなのだ。

 今日はなんとか出来たけど、次は?

 レベルが上がればなんとかなるのか?

 集団で来られたらどうなのか?

 

 明るい展望はねー?

 ちょっと抱けないよね、うん。


(……ダメか?)


 俺に出来ることは何も無い。

 となると、そうだな。

 決断が必要かもしれなかった。

 俺は背後に意識を向ける。

 そこにはリリーさんがいた。

 俺の背に隠れつつ、ビクビクとして人間さんたちを警戒している。


 どうにも、女騎士さんとの一件がかなり衝撃的だったみたいでしてね。

 人間、怖いって感じになっちゃったみたいなんだけど……優先すべきはこの子の安全だよなぁ。


 多分、ここはもう安全地帯では無いのだ。

 

 黒カニと闇ゴリラの目当ては明らかに人間さんたちだった。

 俺たちが倒したのとは別の肉塊が存在して、そいつに目をつけられているとかなのかな?

 詳細は分からないが、楽観は無理だ。

 あの闇ゴリラは人間さんたちを襲いにきっとここにやってくる。


 俺は女騎士さんを見つめる。

 すでに涙は枯れたらしい。

 今は表情も無く虚空を仰いでいる。


 彼女が健在であればねぇ?

 きっと彼女は強い。

 彼女にやる気があって、協力し合えるのであれば闇ゴリラとも十分に渡り合えるかもだが……そうじゃないからなぁ。


 巻き込まれないために、人間たちを見捨てる。

 彼らを見捨てて、ここを立ち去る。


 その決断を俺は下すべきなのかも知れなかった。

 本当、なんとかしてあげたいのだ。

 ただ、俺もそれなりに我が身が大事で、そして何より、


「……きゅう?」


 そう、この子である。

 リリーさんだ。

 不思議そうに鳴き声を上げたこの子こそ、俺が一番に考えるべきなのは間違いないけど、


『ん?』


 俺は首をかしげる的に体をかたむける。

 妙な鳴き声だったけど、一体どうしましたかね?

 すぐに察することは出来た。

 女の子だ。

 人間さんの中には子供が1人いたけど、その彼女が俺たちにおそるおそる近づいてきていた。


(あら?)


 俺は少なからず驚いた。

 立ち上がる元気も無い様子の人間さんたちだけど、彼女はそうでも無いのかな?

 まぁ、子供さんだからね。

 年の頃は10歳かそこらかな?

 良くも悪くも考えすぎて自分を追い詰めてしまう。

 そんな悪癖とは、まだ無縁の年頃ってことかな?

 絶望とも、まだ疎遠そえんでいられているのかしら?


 ともあれ、んー?

 

 俺は疑問に思わざるを得なかった。

 あの子は一体何用ですかね?


 先ほどまでのことを考えると、女騎士さんを邪魔したことへの文句とか?

 動けない大人たちに代わって、俺たちを叱りつけにいらっしゃいました?


 それはうん、無いか。

 

 女の子さんのあどけない顔立ちには、非難の気配はまったく無い。

 それどころか、なんか申し訳なさそう?

 眉尻を下げた表情をして、彼女は俺たちのすぐ前にまでやってきた。

 そして、ペコリ。

 女の子は金の髪を揺らしながらに頭を下げて来たのでした。

 

(……どゆこと?)


 なんでこの子は俺たちに頭を下げているのか?

 俺が首をかしげる的にグネグネしていると、女の子は頭を上げて何事かを口にしてきた。

 どうにも理由を説明してくれているみたいだけど、うん。

 さっぱりだ。

 異世界語の教養がない俺は、彼女が申し訳なさそうにしている以上の情報を得ることは出来ないのでした。グネグネ。


 いくら言葉を重ねても無理解しか生まれていない。

 女の子はそれに気づいたようで、今度はジェスチャーだった。

 もどかしそうに身振り手振りでの説明を始めた。

 これは……ほぉほぉ。

 頭パッパラパーの俺でも、これは理解が進んできましたよ。

 素振りのキックが決定的だった。

 黒カニ戦の時かな?

 この子は確か、俺に見事なトゥーキックを披露してくれたわけでして。

 その時のことを謝りに来てくれたのかな?

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