29:終わりの淵の彼ら

『に、にぎゃぁぁあっ!?』


 間違いなく、この身に生まれての最速は今日の今だった。

 

 全力で跳んで彼女の元へ。

 手段を選んでいられなかったので、ドンッ!! だった。

 長剣を弾き飛ばすこと狙いで、彼女の腕に体当たりをする。

 

 だが、不発。

 黒カニを弾き飛ばせるぐらいの一撃だったはずだが、彼女はわずかによろめいただけだった。

 彼女は血相を変えた。

 邪魔者の登場に微笑んではいられなかったらしい。

 必死の形相で白刃を自らの首筋に押し当てようとする。

 

 もちろん俺は邪魔者を続行するのだった。

 彼女の腕から肩にへばりつき、全力で行動を阻害する。

 

(ぬ、ぬおおおっ!!)


 俺もまた必死だった。

 い、いや、まぁね?

 分からないことも無いのだ。

 彼女の胸中が、その道の先輩として俺には分かるような気はするのだ。


 なんか、そういう気分になってしまったんだろうね。

 あっ、今なんだって。

 俺の時は夕日だったけどさ。

 秋空に沈みゆく夕日が、何故かやたらに綺麗で綺麗で仕方がなくって。

 彼女もそうなんじゃないかな?

 今がその時だって思えてしまったんじゃないだろうか。


 本当、分かるような気はした。

 でも、お、オススメはしないかなっ!!

 俺は全力も全力でお邪魔虫を続行する。

 結構辛いのだ。

 虚無の淵に沈むようなと言うか、自分が何者でも無くなる感覚は筆舌に尽くし難いところがあったのだ。

 それに、貴女にはいるよね?

 ここには20人ほどの人間さんたちがいるけど、貴女を信用してくれる人とか、好いてくれる人がさ。

 あの意思の光をもって闇ゴリラに立ち向かっていた貴女にはきっといるよね?


 だったら、まだその時は早いと思うのだ。

 ただ、俺一匹の力ではその時は時間の問題に違いなく、


『り、リリーさんっ!!』


 ご助力願ったのでした。

 状況を理解出来ている気配はさっぱりのあの子だったが、慌てて駆け寄ってくれた。

 やはり、さすがだった。

 何をすべきかを咄嗟に悟ってくれたらしく、長剣に飛びかかってくれた。


 さしもの女騎士さんも、リリーさんの力にはあらがえなかったらしい。

 彼女は「あっ」と呆然と呟いた。

 長剣が彼女の手から離れる。

 地面に落ちて、ドサリと重い音を立てる。


『は、早くっ!! それ、投げちゃって!!』


 リリーさんは慌てて、長剣に駆け寄ってくれた。

 その柄を両手で掴んでは、ハンマー投げのような動きで勢いをつけ──ビュオン!

 長剣は見事、枯れ木の森のいずこかへ消えていった。


 彼女は唖然とそれを見送った。

 そして、悲痛に表情を歪めると、腰から地面に崩れ落ちた。

 そのまま膝を抱える。

 膝に顔を埋める。

 彼女の肩が震えだした。

 嗚咽の声が、切なく墓地に響き始めた。


『……ふ、ふぅ』


 ともあれ、俺は安堵だった。

 なんとか最悪の事態を回避出来たようだ。

 ただ……これで良かったのかどうか。


 止めに入ることは無かった周囲の人間さんたちだが、彼らは俺たちをじっと見つめてきていた。

 きっと非難の目だった。

 何故、彼女のしたいようにさせてやらなかったのか?

 そう訴えてきているように俺には思えた。

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