28:せいこ……う?

 なんか、ちょっと童話チック。


 ぴょんぴょこ進むリリーさんを追って、俺と人間さんたちは廃村へとたどり着いた。


 人間さんたちはわずかに目を丸くしていた。

 こんな所に廃村が……? って感じだろうか。

 ただ、それも一瞬だった。

 廃村ぐらい見慣れている。

 そんな雰囲気が漂っていて、俺は枯れ木の森の外に思いをはせることになった。


 平穏……では無いんだろうね。

 それはやはり肉塊を始めとする怪物たちのせいなのかどうか。

 ともあれ、行進は続く。

 リリーさんは変わらずウッキウキで手招きを続けている。

 ここじゃないもんね。

 あの子が見せたいのは廃村の廃屋の様子では決して無いのだ。


 すぐにたどり着くことになった。

 そして、今回の人間さんたちの様子は、廃村を目の当たりにした時とはまるで違った。

 彼らは大きく目を見張る。


「……○○?」


 女騎士さんが呆然と何事か呟いた。

 多分、「……花?」って感じかな?


 あらためて離れた所から眺めると、まぁ、キレイなもんだね。


 墓地だった。

 パンジーの花咲く墓地だ。

 まだまだ黄色の絨毯じゅうたんってほどでは無いけど、それが逆に風情ふぜいを感じさせるかな。

 微妙にこう枯山水かれさんすいっぽいって言うか。

 墓石や地面の無機質さが少なからず目立つからこそ、浮島のようになっているパンジーの花々がより一層みずみずしく見えるような。


 ともあれ、リリーさんはこの光景をお客人に自慢したかったに違いない。


「きゅーっ!」


 さぁ、褒め称えるが良い。

 そんな感じで、リリーさんは大きく胸を張る。

 ただ、称賛の声が上がることはなかった。

 彼らは呆然として花々に彩られた墓地を見渡し続けているが……どうだろうねぇ。


 俺は人間さんたちの様子を観察する。

 はたして彼らは万雷の拍手と歓声をもってリリーさんに応えてくれるのか……って、違うのだ。

 ぶっちゃけ、俺が期待している反応はそれじゃなかった。

 リリーさんを手伝った俺だけど、そこにある思惑はあの子とはまったく違うところにあるのだ。

 

 死者を敬う心がある。

 この光景を見て、彼らが俺たちをそんな存在だと理解してくれないかと思ったのだ。

 黒カニや闇ゴリラとはまったく違う存在だってさ。

 

 そうなればまぁ、彼らが俺たちを警戒する必要はなくなるだろう。

 女騎士さんが斬りかかってくるようなことも回避出来るに違いなかった。


 実際、俺の思惑通りにことは進むのかどうか。

 

 俺とリリーさんが見つめる中で、彼らの多くは不意に──膝から崩れた。

 嗚咽おえつの声を響かせ始めた。


「きゅ、きゅう?」


 リリーさんはかなり困惑していた。

 喜びだったり、驚きだったり。

 それを期待していたんだろうけど、現実はコレだからね。

 そもそも泣くという行為が初見だろうし、そこへの戸惑いもあるだろう。

 落ち着かない様子で、彼らと花畑とで視線を行ったり来たりさせている。

 

 一方の俺は、驚きはすれど困惑まではしていなかった。

 不肖ふしょうの身なれど一応人間だった時期があるわけで、ある程度の推測ぐらいは出来るのだ。

 彼らはあるいは……思い出しちゃったのかもなぁ。


 服装や顔つき、あるいは異常な精神状況から、彼らが長い間かなりの苦難を強いられていたことは想像に難しくない。

 平穏な生活から遠ざかっていただろうことも、また同様だ。

 

 だから、この光景が響いてしまったのかもしれない。

 墓地に花々が添えられている。

 死者を慈しむことの出来る穏やかな日々があったことを、彼らは思い出してしまったのではないか?

 失われた日々に、たまらず涙をこぼしてしまったのではないか?


 全部俺の推測に過ぎないけど……うん。

 仮に推測が正しかったとすると、なんか悪いことをしてしまった感じがするような。

 

 ともあれ、どうだ?

 この埋め合わせはいつかさせてもらうことにしまして、埋め合わせが出来るような未来は訪れそう?


 俺は女騎士さんを見つめる。

 彼女は集団の中の例外だった。

 涙は無く、呆然と青い瞳に花々を映し続けているけど……問題は彼女だよな。

 彼女の信頼を俺たちは得ることが出来たのかどうか?

 ズバッとしなくても良い存在だと、認めてもらえたのかどうか?


 俺の視線に気づいたらしい。

 彼女は花々から俺にスッと視線を移した。

 俺は『おっ?』と声を上げることになる。

 彼女の青い瞳に、今は警戒の色は無かった。

 それどころか、おぉ?

 微笑んでいた。

 彼女は間違いなく俺に微笑みを向けてきており、


(ん?)


 俺は違和感に襲われたのだった。

 あれは友好の証なのか?

 それにしては何かおかしい気がした。

 彼女の笑みはどうにも──少しばかり透明に過ぎた。


 女騎士さんは妙な動きを見せる。

 彼女は地面へと向けていた長剣の切っ先を、くるりと天へと向けた。

 そして、その白刃を自らに近づけていく。

 自らの首筋へと、微笑みのままでためらいも無く……って、ちょっと?

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