20:vs肉塊(……は?)

 間一髪だった。


 俺の促成栽培は、なんとかレーザー的な何かの到来に先んじて効果を上げてくれた。


 瞬きの間に現れたのは一本の樹木。

 かなり大きい。

 高さはおよそ10メートルを超え、幹は人間の大人が抱えようとしても難しい程度には太い。


 これが肉塊を倒すための、俺たちの準備の成果だった。

 

 これだけ立派な樹木なのだ。

 肉塊野郎の灼熱しゃくねつ光線を防ぐのには十二分……だったりはしないよね、うん。


『うおっ、熱っつ!?』


 見事に貫通したのでした。

 太い幹を抜け、レーザー的な何かは頭上の大気をき尽くして通り過ぎていった。


 リリーさんはと言えば、「きゅーっ!?」なんて頭を抱えていてかわいいけれど、だ、だよねー。

 俺には納得しかなかった。

 レンガをドロドロに溶かす熱線なのだ。 

 樹木を一本挟んだぐらいじゃ防ぎ切ることは難しいよねー。


 作戦は見事に失敗だ。

 樹木を盾にして、熱線を防ぐ目論見もくろみはご破産。

 ただ、俺はまったく焦ってはいなかった。

 リリーさんもまぁ当然ね。


 防いでくれたら安全で良かったけど、防ぐことが作戦の本丸では無かったのだ。

 そして、その本丸に関しては狙い通りにことが進んでくれた。

 

 ジュッ! っと何かが焦げるような音がした。

 それは俺たちが隠れている樹木から上がった音だ。

 あっという間だった。

 熱線によって穿うがたれた穴を中心として樹木は燃えだした。

 その炎は普通の勢いではない。

 まるで油でも注がれているかのような火勢かせいであり、


『あ、熱っつ!!』


 俺は再び悲鳴だった。

 慌てて樹木から距離を取るのだけど、良い感じだね。

 狙い通りに良く燃えて下さっている。


 普通であれば、生きた木がここまで盛大に燃えることは無いだろう。

 ただ、この木は色々と普通では無いのだ。

 種類としてはユーカリ。

 コアラさんのお食事として有名なんだけど、この子けっこう燃えやすいみたいなんだよね。

 前世でニュースで見たのだ。

 樹皮や葉によく油を溜め込むらしく、森林火災の原因にもなるだとか。

 そして、


 ────────《ユーカリ》───────

・生育速度向上Lv25

・巨大化Lv25

・油分貯蓄Lv25

 ─────────────────────


 こんな特性も付与してあった。

 油分貯蓄。

 だからこその、この結果だった。

 空を焦がせとばかりに盛大に燃え続けてくれているのだ。


 ただ、当然だけど、どでかい松明たいまつをこしらえるのが俺たちの目的では無い。

 大事なのは、この次だ。


『リリーさんっ!』


 呼びかけるまでもなく、賢いあの子はすでに準備を終えていた。


 リリーさんの姿は、燃え盛るユーカリから5メートルほど離れた場所にあった。

 火から慌てて逃げた結果とかじゃない。

 あえての距離だった。

 あえて5メートルの距離を取ったのであり、それは助走距離であった。

 

 リリーさんは駆け出した。

 ユーカリに向かって、一目散に突撃する。

 速度が乗ったタイミングで跳躍。

 リリーさんは空中で腕を振り上げた。

 そして、助走の勢いの乗った一撃が、燃え盛るユーカリの幹の半ばに──


 ゴシャッッ!!!


 突き刺さって、とんでもない音がしたのだった。

 

『う、うおー』


 俺は思わず驚きの声を上げる。

 予定通りだけど、すごい威力だな。

 ユーカリの太い幹は、リリーさんの一撃を中心として見事に粉砕されていた。


 ────《魔力変換(膂力りょりょく)Lv30》────

・消費した魔力量に比例して、わずかな時間において膂力が強化される

・レベルの上昇に伴い、魔力消費量は軽減

 ────────────────────


 この結果を生んだ大きな要因は、リリーさんのこの新スキルだろうね。

 魔力変換(膂力)。

 わずかに5秒ほどの短時間だが、消費魔力に応じて膂力が増加するスキルだ。


 上昇の程度としては、魔力1の消費で膂力が2かな?

 練習通りであれば、現状は50消費して膂力が100上がっている。

 普段のリリーさんの膂力は100ちょっとだから、今の一撃は普段の2倍の威力で放たれたことになるだろう。


 ちなみに、リリーさんはこんなスキルも獲得していた。


 ───────《耐火Lv32》────────

・レベルに比例して、火及び熱への耐性が上昇する。

 ─────────────────────

 

 非常に分かりやすいスキルだけど、これのおかげでリリーさんはあっつあつのユーカリに肉薄することが出来たのだ。

 燃え盛るユーカリに対し、破滅的な一撃をぶちこむことが出来た。


 そして、状況は理想の形で進む。


 幹を破砕されたユーカリは、ゆっくりと傾き始めた。

 くの字に折れて、ゆっくりと地面にへと向かう。

 ただ、巨木が素直に地を揺らすことはあり得ない。

 途中には、あの肉塊大目玉が鎮座ちんざしておられるわけで……


「きゅーっ!!!」


 いけーっ! って感じかな?

 リリーさんが叫ぶ中で、燃え盛る巨木はゆっくりとして確実に──肉塊に接触する。

 その醜悪な巨体を、火炎と共にドシャリと押しつぶす。

 

『よ、よーし!』


 俺は思わず快哉かいさいを上げる。

 狙い通りであった。

 巨木の重量と火炎によるダブルアタック。

 ミチチチ! と肉のひしゃげる音がした。

 ジュー! と肉の焦げゆく音が響いている。

 あの目玉は今はもう無い。

 巨木に潰されて、火炎のただ中にある。


 そして、肉塊は微動だにしていなかった。

 これはもうね?

 そういうことで良いんだよね?


『り、リリーさん! やった! 俺たちやったよ!』


 リリーさんもまた「きゅーっ!」だった。

 喜びの声を上げて、抱き合う的なノリで俺とはしゃいでくれた。

 

 俺は喜びでいっぱいであり、また安堵でもいっぱいだった。

 い、いやー、良かった。

 無事に作戦が成功して、見事肉塊を打倒出来た。

 それも、ほぼほぼ無傷なのだ。

 リリーさんは言うに及ばず、俺もまた灰色戦における体当たりの反動程度しかダメージは無い。


 完勝。

 そう表現してもいいだろう。

 なんかこう、うん。

 嬉しかった。

 前世では無かったことだ。

 挑戦して、成果を得られる。

 これは俺にとって、初めての成功体験だった。


 素晴らしい充実感であり、自己肯定感だ。

 しかし……良いのかねぇ?

 俺はリリーさんとはしゃぎつつ、ちょっと首をかしげる思いだった。

 俺にしては順調過ぎて、逆に不安になると言うか。

 でも、良いよね?

 前世で何一つ成し遂げられなかったのだから、その揺り戻しがあっても多少はね。

 許されるものであるはずだし、なんならこの先全てが俺の思うままに進んでも……って、ん?


「きゅ?」


 リリーさんも気づいているようだった。

 2匹でアレを見つめる。

 死につつあるはずの肉塊を見つめる。


 なんか、プルプルしてます?

 脈動してます?

 もしかしてだけど……まだやれたりします?


 俺はすぐに答えを得ることになった。

 ぐしゃっ!! なんて、何かが破れるような音がして、肉塊は大きく姿を変えた。

 えーと、触手?

 巨木を吹き飛ばしながらに、無数の触手が肉塊から生まれ出た。

 そして、お目々だね。

 潰れ燃やされたはずの目玉だけど、再生? いや、潰れたのはそのままか。

 新たに生まれ出ていた。

 一回りほど大きくなったように見える目玉が、俺たちをめつけていた。


(……ふーん)

 

 俺はあまり動揺はなかった。

 やっぱり、うん。

 そんな簡単にはいかないよね。

 

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