19:vs蠢く肉塊(序)

 俺とリリーさんは再び廃村の地を踏むことになった。

 そして、


『わっせわっせ』


 俺は適当なことを言いながら、土壌の改良に励んでいた。

 5メートルほどの距離には肉塊目玉が鎮座ちんざして、黒カニと灰色の群れがある。

 なんか場違いなことをしている感はあったが、こういうのは準備が大事だからねぇ。


 これは準備であった。

 小さな存在である俺たちが、あの肉塊に見事勝利するための準備だ。

 向こうからは襲われないという利点を活かして、ちょっとした下ごしらえを俺は進めているのである。

 俺は猫の額ほどの土壌を改良し終わり、そこにあらかじめ生成してあった、とある種を吐き出す。


『リリーさーん』


 きゅーきゅー鳴きながらに応援してくれていたリリーさんが、俺の声を受けてすかさず動いてくれる。

 いつも通りに埋めてくれまして……よし。

 俺はリリーさんと顔を見合わせて頷きを交わす。

 

 これで準備は完了だった。

 俺たちは肉塊目玉及びその取り巻きどもと対峙する。

 リリーさんは黒いお目々に闘志をみなぎらせていた。

 さすがは俺のリリーさん。

 おくする気配は欠片もなく、頼もしいことこの上ない。


 一方の俺はまぁ、うん。

 正直、死ぬほど緊張していた。

 がくがく震えていた。

 仕方ないと言えば、仕方がない。

 勇気ある挑戦者であったことは一度としてない俺なのだ。

 自ら何かに挑むことは間違いなくこれが初体験だ。

 そして豪胆さなんて望むべくもない俺であり、そりゃ震えます。

 そんなスキルでも獲得したのかって勢いで、ブルブル震えてしまいます。


 ただ、逃げ出したいとは不思議と思えなかった。

 けっこう理由があるのだ。

 立ち向かう理由がそれなりの数である。

 自由な一生だとか、殺された人々の報いだとか、緑を台無しにされた恨みだとか、今さらおじけついてリリーさんに嫌われたくは無いだとか。


 正直、一番大きいのは最後だよね。

 リリーさんに嫌われることになったら、俺は世をはかなんでしまうこと必死だし。

 なんか我ながら小物な理由である。

 まぁ、別にいっか。

 大物への憧れとかは特に無いし。

 小物は小物らしく、目の前の物事に一生懸命になるとしましょうか。


『リリーさん』


 打ち合わせ通りによろしく。

 そんな思いを込めての声かけであり、リリーさんは承知と頷いてくれた。


「きゅーっ!!」


 そして、これが開戦の合図だった。

 さぁて、気合を入れていきましょうかね。

 俺が緊張いっぱいでにらみつける中で、異形なるモノたちが動きを見せる。

 肉塊が、脈動の最中さなかにぎょろりと目を剥いた。

 灰色に黒カニが一斉にざわりとうごめいた。


(おっと?)


 俺はちょっと意表を突かれた。

 前回よろしく、まず目玉レーザーだと思っていたのだが、今回は手下どもが先らしい。

 20を超える灰色が雪崩を打って這い寄ってくる。

 10ばかりの黒カニが、空を狭くして殺到してくる。


 あ、死んだわ。


 予想外のことでもあれば、以前だったらその感想が全てだったろうねぇ。

 だが、今は違う。


『リリーさん! カニはよろしく!』

 

 リリーさんの頷きを確認して、俺は灰色たちに対処する。

 収縮し、跳躍。

 以前と変わらずの体当たりだ。

 ただ、以前と比べると、俺のレベルは格段に高いものとなっている。

 さらには、硬化した上で、形状変化で針山になっての一撃となると威力は天と地ほどの違ってくるのだ。


 もはや突き刺すと言うよりは、引き裂くといった様子だった。

 俺に触れた灰色たちは、次々と黒い霧になって消えていく。


 一方で頭上はと言えば、


「きゅー!」


 可愛い鳴き声が響き、同時にズガン! とあまり可愛くない破壊音が響いた。


『おおー』


 俺はその光景に歓声しかなかった。

 黒カニはハサミを盾にしようとしていたのだ。

 だが、リリーさんのラリアット的な一撃は、そのハサミごとに黒カニの甲殻を粉砕していた。


 んで、キック。

 リリーさんが飛び蹴りをかますと、また一体黒カニがじゅわりと黒い霧となって蒸発する。

 もはや敵では無い感じかな。

 よほど油断しない限りは、俺にしてもリリーさんにしてもコイツらに敗れる危険は無いだろう。


 ───────《ステータス》───────

【種族】ツリードラゴン


レベル:72 

神性:0

体力:126/126

魔力:109/109

膂力:111

敏捷:86

魔攻:106

魔防:121


【スキル】[スキルポイント:0]

・光合成Lv30

・耐火Lv32

・魔力変換(膂力)Lv30

──────────────────────

 

 これがリリーさんの現在のステータスであり、



 ───────《ステータス》───────

【種族】グリーンスライム


レベル:82  

神性:0

体力:82/87

魔力:85/86

膂力:37

敏捷:33

魔攻:36

魔防:38


【スキル】[スキルポイント:0]

・光合成Lv35

・種子生成Lv25

・土壌改良Lv15

・木獣使役Lv1

・形状変化Lv5

・硬化Lv10

・促成栽培Lv4

──────────────────────


 これが俺のである。

 グリーンスライムなんてザコ種族であることが原因なのかどうか、俺の方がレベルは上になっている。

 まぁ、能力値の差は歴然だけど、ともあれ現状はこんなだった。

 それぞれ2倍以上にレベルが上がって、スキルも得られたスキルポイントの分だけ変化している。


 おかげで灰色と黒カニは敵じゃあないな。

 ただ、俺たちの本命はあんな下っ端どもじゃ無いのだ。


 黒カニが一掃され、灰色がわずかに残るのみ。

 その時になって本命が動き出した。

 

 異形の母たる、異形なる肉塊。

 その巨大なまなこが、血色にじわりと赤らんでいく。


(きたな)


 予定通りだった。

 最後の灰色を串刺しにした上で、俺はリリーさんに叫びかける。


『リリーさんっ! 集合っ!』


 俺は急いで移動する。

 向かった先は前準備の現場だった。

 改良し、種を植えた土壌の上である。

 先に移動し終えていたリリーさんと合流する。

 その直後だった。

 目玉の血色は、いよいよ前回と同じ水準にまで到達する。


 じゃあ、はい。


 前座は終了。

 ここからが本番ということで。


 いざ、促成栽培。


 スキルを行使する。

 ほぼ同時だった。

 肉塊の眼から光が走る。


 

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