18:経験値トラップ

 打倒肉塊大目玉に向けて、俺たちにはひとつ大きな勝機があった。


 それは時間に余裕があるということだ。

 灰色も黒カニも、俺たちを積極的に駆逐しにくるようなことは無い。

 準備を進めるだけの時間が俺たちには十分に存在しているのだ。

 

 よって、


『……まだかなー』


 俺はじっと空を眺めているのだった。

 リリーさんと並んで、本当まったりとね。

 今日も今日とて好天だった。

 風は表面に気持ちよく、ぼーっとするのには絶好の日和であるのだが……まぁ、うん。

 決して、諦めたわけではなかった。

 打倒肉塊を諦め、光合成にふけるだけのザコスライムに成り下がったわけではもちろん無い。


 待っているのだ。

 お客さんを待っていた。

 俺たちにとって非常に都合の良い方々の来訪を、今か今かと待ち受けているのだが……お?


 俺より感覚が鋭敏であるだろうリリーさんが真っ先に反応した。

 きゅー、と鳴いて俺を見つめてくる。

 そっか、いらっしゃったか。

 俺は青空を見つめる。

 すると、ほどなくして黒点が現れた。

 数は3つ。

 例の黒カニさんたちのご来訪である。

 

 猛烈な速度で接近してきた彼らは、俺たちの目の前に降り立った。

 正確には、俺たちの目の前にある雑草畑か。

 その雑草畑は俺とリリーさんとで復興させたものだけど、黒カニさんたちはもちろんそんなことはおかまいなしだ。

 ハサミにものを言わせ、猛然と荒らし始める。


 ひどい蛮行であるが、俺はかつてのように動揺することは無かった。

 リリーさんにしても怒りを覚えてい様子はない。


 それはそうだった。

 この雑草畑は罠なのだ。

 罠にかかってくれてありがとう。

 そんな感慨かんがいしか俺たちは抱きようが無いのだった。


 さて、と。

 俺は這って、少し黒カニたちに近づく。

 そして、


『促成栽培っと』


 変化は一瞬だった。

 一瞬でツルが畑にあふれる。

 すると、がんじがらめだ。

 ツルに捕らわれて、黒カニの3体はぎちぎちと身じろぎすることしか出来なくなった。


 ということで、罠なのでした。

 雑草の畑の中には、あらかじめクズの種が植えられていたのだ。

 クズ。

 なんか親近感の湧くお名前だが、ツル系の植物である。

 俺の思い出だと、小学生の時の授業でクリスマスリースの材料として使ったかな。

 

 なかなかしたたかな植物らしく、外国で馬鹿みたいに繁殖して迷惑をかけてるなんてニュースであったっけか。

 ただ、通常のクズには黒カニを捕らえて封殺ふうさつ出来るほどのしたたかさは無い。

 特性:強靭を付与しているからこそ、こうして黒カニどもは身動きも出来なくなっているのである。


 ともあれ、何故俺たちは黒カニを拘束しているのか?

 そんなことは決まっていた。


『リリーさーん』


 呼びかけたが、その必要は無かったようだ。

 すでにリリーさんは畑に向かっていた。

 あとは無慈悲な虐殺ショーである。

 リリーさんは淡々として、そのかわいらしいお手手を振り上げる。


 お客さんたちは黒い霧となってお帰りとなった。

 ちなみにお土産を残してくれたのだった。

 俺は自らのステータスを確認して、「おっ」と声を上げる。


『またけっこう上がったね。よーしよし』


 つまり、そういうことだった。

 俺とリリーさんは、スキル促成栽培を活かしてレベル上げに励んでいたのだ。


 どうせなら、出来る限りの準備をして肉塊目玉に挑みたいしね。

 少しでも勝率を上げるためにと、レベルを上げ、ステータスを上げ、有用なスキルのレベルを上げているのだ。


 しかし……楽勝だなぁ。


 俺はクズのツルにまみれた畑を眺める。

 まさか促成栽培がここまで役に立つとは。

 すでに10回ほど黒カニを罠にハメてきたが、危ない目には一度として会うことは無かった。


 黒カニはもはや無力化出来たと言っても良いのではないか?

 肉塊目玉を倒さずとも、俺たちは気軽に緑を楽しめるのではないか?


 そんな考えがよぎる戦果ではあるけど……多分、ダメなんだろうなぁ。


(これで24か)


 俺は倒した黒カニの数を数えていた。

 何故かといって、おそらくこれで終わりでは無いのだ。

 黒カニを倒し続けた先には、おそらくは次の脅威が待っている。


 あの廃村の様子がそう物語っていたのだ。

 爆撃を受けたようになっていたが、あの惨状は灰色はもちろん、黒カニや肉塊目玉のものとは思えなかった。

 もっと面で破壊力を発揮出来るようなと言うか、怪獣みたいなのが村を滅ぼしたんじゃないだろうか?


 そのため、俺は撃破数をカウントしているのだ。

 黒カニが出現するまでに、確か灰色さんを50匹ぐらいは倒していたかな?

 この辺りの数字をデッドラインとして、俺は黒カニを倒しすぎないように注意しているのだった。


 まぁ、実際どうだか分からないけどね。

 はたして、デッドラインは本当に50付近なのか?

 俺たちはすでに新たな脅威の出現を目前としているのではないか?


(……あまり悠長にはしてられないよな)


 肉塊目玉を倒そうと思えば、そろそろレベル上げは切り上げるべきなのかもしれなかった。

 俺はリリーさんを正面とし、首をかしげるような動作を見せる。


『どうする? そろそろ挑む?』


 その尋ねかけに、リリーさんは勢いよく頷きを見せた。

 今のレベルならば勝てる。

 その確信がリリーさんにはあるのか、それとも……単純に飽きちゃったのか。

 多分、後者だよな。

 単調な黒カニ退治は、リリーさんにとっては何の面白みも無い作業だったみたいだしね、うん。


 そんなリリーさんもかわいくて仕方がないが、そうだな。

 そろそろとしようか。

 レベルは上がった。

 そして、単調な作業の合間で、俺たちは対肉塊目玉の方策を練り上げてきていた。


 勝てる確信は無い。

 でも、勝てそうな気配は無いことも無いような気がするんだよねぇ。

 俺はリリーさんに頷きのような動作を返した。

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