15:母なる肉塊
『ひ、ひぃぃっ!?』
人骨に俺は思わず悲鳴だったけど、そんな俺をリリーさんは不思議そうに見つめてきた。
ま、まぁ、そうね。
この子は人間も人骨も知らないからね。
何で驚いてるの? って、そう思うのが自然だろうね。
ただ、俺としては人骨を見せつけられるのは勘弁して欲しいところだ。
そしてだけど、まさか持ち帰るつもりだったりする?
それもまた勘弁して欲しいところだけど、その場合はどうやって説得すれば良いものやら。
死者を
俺はリリーさんの片手に注目することになった。
片方は頭蓋骨で間違いないが、これは腕? 足?
分からないが長い骨だ。いや、長かったであろう骨の一部だ。
斜めにスッパリ切断されていた。
俺は『んー?』である。
これは何の結果なんだ?
空爆の犠牲者だとして、こんな風に成り得るのか?
1つ思い当たるものはあった。
あの黒カニだ。
あいつのハサミの餌食になったとしたら、こんな状況もあり得るかも知れなかった。
『……む?』
俺は首をひねる的に体全体をひねる。
これは……そういうことか?
この人骨さんは、生前あの黒カニに襲われたのか?
襲われたからお亡くなりになったのか?
あの黒カニには……人を殺すほどの実力があるのか?
俺は思わず廃村を見渡す。
この村もそういうことなのかどうか。
人間同士の争いでは無く、黒カニや灰色によって滅ぼされたのだろうか?
(……マジか?)
俺はちょっと呆然となった。
黒カニや灰色は、人類を殺傷し得る化け物である。
そうなると、なにか嫌な予感がするのだ。
俺は今まで、枯れ木の森はこの世界のほんの一部に過ぎないと思っていた。
どこまでも続くと言っても、それはこのスライムの身だからそう思えるのだと思っていた。
だが、それは違うのではないか?
この枯れ木の森に外は無いのではないか?
すべてが灰色に染まっているのではないか?
人間などは……どこにもいないのではないか?
『…………あ』
呆然としていた俺は、目の前を通り過ぎる影に思わず声を上げる。
灰色さんだ。
ようやく俺たちに追いついたようで、そのまま廃村の奥へと進みゆく。
「きゅー?」
リリーさんは首をかしげながらに灰色を指差していた。
ついていかないの? って感じだろうか。
あぁ、うん。
そうだね。
そう言えば、それが目的だったからね。
ちょっと何も考えられない感じだが、とにかく灰色の後ろを進むことにした。
大きな廃屋が増えてきた気がするけど、村の中心へ向かっているのだろうか。
はたして、そこに何があるのか? あるいは、何も無いのか。
結果としては、俺はすぐに驚きの声を上げることになった。
『……は?』
唖然とするしかなかった。
そこには何かがあった。
何かとしか言いようの無い何かが存在していた。
あえて言葉にするならば、そうなるだろうか。
不気味だった。
肉肉しく、しかし生の気配の無い黒色をして、ただ確かに脈動している。
大きさとしては大型バス程度はあるだろうか?
生物としては巨大だ。
巨大で異様だ。
「きゅ、きゅー……」
さすがのリリーさんも
不安そうに声を上げて、俺の背中に隠れた。
気持ちは分かるよな。
アレに平然としていられるのは、きっとアレと同種の生き物だけだ。
そしてだけど、灰色や黒カニはアレと同種どころじゃないのか?
よく見ると、肉塊からは妙なものが生えていた。
灰色の表皮だとか、黒カニの足だとか。
喰われている……って、雰囲気じゃないな。
生まれ出ている。
そんな雰囲気だ。
(母体……か?)
黒カニや灰色の母。
俺にはそう見えた。
アレの周りには、多くの灰色や黒カニがいた。
俺たちが後をつけてきた灰色もそれらに合流した。
なんと言うか、うん。
家族? 一族?
ともあれ、そういうことなのか?
アイツらは、あの肉塊を母体にして
(と、とにかくヤバい?)
ここが安全であるという雰囲気は欠片も無かった。
間違いなく離れた方が良い。
俺は後ずさりしつつ、リリーさんに小声で呼びかける。
『り、リリーさん? ここから静かに……リリーさん?』
俺は首をかしげる思いで見つめることになった。
あの、どうされましたかね?
怯えていたはずのリリーさんが、目つきを鋭くして一歩前に踏み出したのだ。
この子も理解したのだろうか。
アレが黒カニや灰色の母であると。
おそらくは、俺たちの畑を台無しにしてくれた元凶であると。
「きゅーっ!!」
だから、うん。
何かひとつ言ってやりたくなったんだろうね。
気持ちは分かる。
気持ちは分かるのだが、
『り、リリーさんっ!!』
俺は形状変化して、慌ててリリーさんを引っ張るのだった。
に、逃げようよ。
気持ちは分かるけど、ここは逃げるべき状況だよ絶対。
幸いにして黒カニや灰色の群れに変化は無かった。
相変わらずだけど、邪魔しなければアイツらは何もして来ないみたいだね。
このぶんであれば、何事もなく逃げることが出来る。
そう思って、俺はいきり立つリリーさんをなんとか引っ張るのだけど……おや?
黒カニや灰色には変わらず変化は無い。
ただ、肉塊である。
なんか開いた。
目?
まぶたが開いたって様子で、ボーリング玉ぐらいはありそうな目が表面に出現したのだ。
そして、その目はじわりと血色の赤に染まっていく。
何かが……何かが凝縮しているような、そんな気配がする。
嫌な予感どころでは無かった。
俺はリリーさんに向かって叫ぶ。
『と、飛んでっ!!』
リリーさんにも同じ予感はあったらしい。
2匹で横に飛ぶ。
すると、ドシュン?
何か赤い光が走った。
次いで、バグン!! と破裂音のようなものが響いた。
俺はリリーさんと一緒に背後を向く。
そこには廃屋があったはずだ。
ただ、今そこにあるのは……もしかして溶けちゃいました?
赤くドロドロになっているのはレンガなのだろうか。
炎も上がっていた。
廃屋の骨組みであったろう木材が、半ば炭のようになって赤い炎に沈んでいる。
俺はリリーさんと顔を見合わせることになる。
完全に心が通じ合った瞬間だった。
これはもうね、それしか無いよね。
『て、撤退ぃぃっ!!』
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