12:がっくり
俺とリリーさんは一目散に逃げ出した。
ただでさえの強敵が今度は3匹。
立ち向かう選択肢なんて頭に浮かびもしなかった。
緑の園から全力で距離を取り、枯れ木の陰に隠れる。
俺はリリーさんと身を寄せ合って体を震わす。
見つかってしまえばアウトだ。
どうしようもない。
なすすべなくハサミの
だが……ど、どうだ?
今のところ脅威が身近に迫っている気配は無い。
俺はおそるおそる木陰から身を乗り出す。
木陰の合間から俺たちの緑の園が見える。
3匹の黒カニによって、雑草畑も麦畑も、リリーさんのお気に入りの花畑もすべてが無残に荒らし尽くされている。
『…………』
絶句するしかなかった。
隣のリリーさんも同じ様子だ。
幸いとは言えるのだ。
黒カニたちの興味が俺たちには無く、畑の緑にしかない。
このおかげで俺たちはきっと無事でいられるのだから。
ただ、あれは俺たちの緑の園なのだ。
俺たちが手塩をかけて育て上げた楽園なのだ。
それが一瞬だ。
一瞬にも思える時間で失われることになった。
『…………あ』
俺は空を見上げることになる。
一匹の黒カニが空に上がったのだ。
そして残りの二匹も空に向かう。
いずこかへと向かって揃って飛び去った。
脅威は去ったのだ。
俺とリリーさんは緑の園──緑の園の跡地に戻ることになった。
『……うわぁ』
俺は周囲を見渡す。
すべてが灰色に戻ってしまっていた。
地面はもちろん、植物もすべてが枯れたようになってしまっている。
花畑もそうだ。
リリーさんはじっとその残骸を見下ろしていた。
色を失ったパンジーの花々をじっと見つめている。
不意に、リリーさんは顔を上げた。
そして、俺に向かって畑を指差してきた。
意味するところはよく分かった。
もう1度ということだろう。
あの黄色に輝く花畑をここにもう1度。
もちろん可能だった。
俺にはスキルがある。
再び土壌を改良し、種子を生成する。
そして時間を費やせば、花畑は再びここに生まれるに違いなかった。
ただ俺は、
『……よいしょっと』
手近な木の
そこに入り、『ふぅ』と身を収める。
リリーさんは「きゅー?」と首をかしげる。
そうだね。
説明は必要だろうね。
『……もういいんじゃないかな?』
「きゅ?」
『いやね? 木を植えたり、花畑を作るのはもういいかなって』
リリーさんは変わらず首をかしげていた。
説明不足であったらしいので、俺は引き続き言葉を重ねる。
『だって、カニでしょ? またがんばったら、またアレが来るでしょ? また努力が台無しでしょ?』
「…………」
『それに人間とかさ? よく考えたら別にって言うか。前世じゃ全然良い思い出とか無かったしねー』
とにもかくにもである。
俺は心が折れたのだった。
努力の結果が水泡に帰して、全てのやる気が失われたのだ。
別に良かった。
緑を育て、人間をおびき寄せ無くても俺にはリリーさんがいるからね。
そう思って、俺はリリーさんを見つめる。
賢いこの子のことだ。
きっと俺の気持ちを理解してくれ……
『え?』
俺は驚きの声を上げることになった。
ぷいっ、である。
リリーさんは俺から目をそむけた。
そして、荒れ果てた花畑に向き合った。
次を考えてのことだろうか。
しおれた花々を片付け始めた。
完全に俺の意思を無視した行動だった。
リリーさんに見放された。
そうとしか理解出来ずに、俺は動揺することになった。
何故?
何故、俺はリリーさんに見放されることになったのか?
しばし考え、俺はハッとすることになった。
『……諦めたから?』
きっとそういうことだった。
思えば、前世から俺はそういう人間だった。
何事もすぐに諦める。
不思議と
何故、俺は友達が1人もおらず、両親にすら見放されたのか?
それは俺の諦めの早さ、無気力さが、周囲からの嫌悪を招いたのではないか?
どうしようも人間だという思いを周囲に抱かせてしまったのではないか?
『……なんて思ったのですが、どうでしょう?』
洞から這い出た俺は、今の胸中をリリーさんに聞いてもらったのだった。
そして、その結果だが、
「……きゅー?」
でした。
リリーさんはかわいらしく首をかしげたのだった。
あはは、だよねー。
よく分かんないよねー。
って言うか、別に俺を見放したってわけでも無いよね。
俺が休んでいるとでも思って、一匹でがんばってくれていただけだよね。
つーか、どうでもいいよね。
俺の自分語りとかほんとどうでもいい。
なんなら、俺自身が話しながらにそう思っていたぐらいだしねー、わははは。
ともあれ、俺は落ち着いたのだった。
落ち着いて、あらためて周囲を見渡すことになる。
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