11:vs甲殻類(強)

 俺は激しく動揺していたが、一方で少なからず楽観もしていた。


 なにせ、こちらにはあの方がおられるのだ。

 ツリードラゴンのリリーさん。

 その実力は疑いようが無かった。

 ただでさえ強力だったのだが、灰色を駆逐し続けた結果として、その力はさらなる高みに到達していた。


 ───────《ステータス》───────

【種族】ツリードラゴン


レベル:25

神性:0

体力:79/79

魔力:62/62

膂力:70

敏捷:53

魔攻:58

魔防:71


【スキル】[スキルポイント:30]

・光合成Lv20

──────────────────────

 

 スキルポイントがだだ余りしているが、そのぐらいに圧倒的だったのだ。

 灰色は敵では無かった。

 だから、きっと今回も同じだった。

 リリーさんはその実力をもって、あの黒カニも一蹴してくれるに違いなかった。


 俺が期待して見つめる中で、リリーさんは駆け出した勢いそのままに腕を大きく振り上げる。

 そして、花荒らしに夢中の黒カニに対し、情け容赦なく上段の一撃を叩き込んだ。

 俺は内心でガッツポーズだ。

 これは決まった。

 次に俺が目の当たりにするのは、若干モザイクが必要な光景だろう。

 ぐしゃりと色々と中身がはみ出た黒カニを目にすることになり、『うわぁ……』っとドン引くことになるのだ。


 だが、


「……っ!?」


 リリーさんは真っ黒なお目々を大きく見張った。

 油断は無かったということなのかどうか。

 黒カニは大きなハサミを機敏に動かし、リリーさんの強力な一撃をガシリと受け止めていた。


 自らの一撃を受け止められるという初めての経験。

 リリーさんは動揺からか固まってしまった。

 そのすきに黒カニが動いた。

 もう一方のハサミを大きく開いて突き出す。

 

 リリーさんを挟み込み、そのまま断ち切ろうとしている。

 そんな狙いは明らかであり、俺は必死に動くことになった。

 

『ぬ、ぬおおっ!!』


 スキル形状変化を活かし、体を伸ばす。

 向かう先はリリーさんだ。

 とにかく掴んで引っ張る。

 間一髪だった。

 ガチりとハサミが閉じきる前にリリーさんの救助に成功する。

 

 俺はホッとひと安心だった。

 ただ、べたりと安堵でひしゃげるにはまだ早い。

 追撃だ。

 黒カニは両のハサミを開いて猛然と襲いかかってきた。


 俺は死ぬほど焦ることになった。

 ど、どうすれば良いんだ?

 リリーさんはまだ動揺から抜け切ってはいない。

 俺だけ逃げることは可能だろうが、それではリリーさんが犠牲になってしまうかもしれなかった。


 もちろんそれは無しだ。

 となると、俺に出来ることは何か?

 一つ思いつくことがあった。

 先ほど役立った形状変化だが、きっとこの局面においても活かしようがあるのだ。


(よ、よし!)


 俺は自ら黒カニに立ち向かう。

 ドロリとなって、なんとかハサミの猛襲をかいくぐり──黒カニにべしゃりとへばりつく。

 あとはもう全力だった。

 全力で黒カニを包み込む。

 全力で黒カニの動きを阻害する。


『り、リリーさんっ!!』


 トドメはお願いということであり、我らがリリーさんはさすがだった。

 動揺から立ち直ると、すぐに腕を振り上げた。

 俺への対処に四苦八苦している黒カニへと飛びかかる。

 黒カニも危機に気づいたようだが、もう遅い。

 ぐしゃり。

 リリーさんの全力の一撃が、黒カニの脳天をカチ割っていた。


 あとは灰色と同じだった。

 黒い霧のようになって溶けて消えた。


『……ひぃぃ』


 俺も溶けて消えてしまいそうな心地だった。

 べしゃりと力なくその場に広がる。

 リリーさんも似たようなものだった。

 ポテリと足を投げ出して、テディベアスタイルで呆然と座り込んだ。


 かわいい。

 その点は間違いなかった。

 ただ、そこに意識を取られている場合じゃないよね、うん。


(な、なにアレ……?)


 今さらながらに恐怖を思い出し、ガクガク震えてしまう。

 今思えば、灰色さんなんてかわいいものだった。

 レベルが違った。

 脅威のレベルがまったく違う。

 化け物だ。

 命の危険しか存在しない、触れてはいけない怪物だ。


 俺は恐怖に次いで不安の思いに駆られることにもなった。

 もしかして、え?

 灰色と同じなのか?

 灰色と同じように、黒カニもこれから当たり前のように現れたりするのか? ……って、ん?


『リリーさん?』


 いつのまにか俺の隣にはリリーさんがいた。

 あまりの恐怖に抱きつきにでも来てくれたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 慌てた様子だった。

 俺をゆさゆさ揺すっては、しきりに空を指差している。

 

(……まさか?)

 

 俺はリリーさんの指差す方向を仰ぎ見る。

 あのカニさんはどこから来たのか?

 それを思い起こすと嫌な予感しか無く、また予感は正しかったらしい。

 黒い点が見えた。

 今回は3。

 徐々に大きくなっていく。

 カニの姿が如実にょじつになっていく。

 

 俺は咄嗟に叫んでいた。


『た、退避ぃぃっ!!』

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