第2話

「殿下―!!ご無事ですか!」

「おう、サマトキ。どうした、こんな所に」

「こんな所にじゃありませんぞ殿下。殿下の発作はいつも通りですがミレイ殿の狼煙を見た時は驚きの余り心の臓が止まる思いでしたぞ」

 大袈裟に驚く彼の姿は彼の主であるレティオールと大きく異なっていた。レティオールが金髪碧眼の彫りの深い顔にたいしてサマトキと呼ばれた彼は黒髪黒目で堀の浅い、幸の薄そうな顔をしていた。

 少年は少し珍しそうにサマトキを見つめていた。その目線に気づいたのかサマトキは少年に気づいた。

「殿下、その少年は?」

「おう、こやつはなワシの弟子じゃ」

「!!?!??!!?!!!?」

 サマトキは驚きの余り薄い目を大きく見開いた。

「……ほう、なるほど。殿下が、ついに。弟子を」

 サマトキから表情が消え、ジッと少年を見つめた。すると少年は全身から冷や汗が吹き出る。

(なんつー殺気だよ……ッ)

 少年は殺気に対し耐えるだけではなくサマトキを睨み返すと負けじと殺気を返す。

「ほう、これはこれは。なんとも面白い童ですな」

「やめてやらんか、サマトキ。すまんな、こやつはワシの部下の中ではまともなフリをした戦闘狂じゃでな。普段はそうでもないんじゃが」

「殿下に付いていくには頭のネジの一つや二つ置いていかねばなりませんからな」

「ワシのせいにするではないわ」

 しばらくレティオールとサマトキが口論しているとサマトキがやってきた方向から馬蹄の音が鳴り響いてきていた。

「サマトキ様〜!先駆けがすぎまするぞ」

「おう、すまなんだな。殿下に追いつくには何よりも疾さがいるのでな」

 そういってサマトキの後に来ていた部隊は文字通り異色を放っていた。まず鎧がちがっていた。共和国軍や帝国軍の多くが鉄板を全身で覆っているフルプレートアーマーやそれに近しい形なのに対しサマトキやサマトキが率いる部隊が着込んだ鎧は複数の鉄板を重ねるように作る、日本人ならば見たことはなくても存在は知っているだろう、甲冑と呼ばれるものであった。

 少年は甲冑の存在は知らないが甲冑とフルプレートアーマーの作りの違いは見た目でよく分かる。更に彼らは甲冑を紅く染めていた。その紅い集団は言わば日本で言う赤備えであった。レティオール率いる騎馬連隊は先頭を駆けるレティオールの金髪と金がかったフルプレートアーマーから金獅子ゴルドリオンとよばれ、サマトキ率いる赤備えはサマトキの鬼がかった戦いぶりから赤鬼レッドオーガと呼ばれた。敵対国からはこの2つの部隊を前に生き残ったモノは居ないとされ恐れられていた。


そんなことを知るよしもない少年は大陸中に恐れられる二人の最強の武人を前にどうしたら2人を倒せるだろうとこれまた戦闘狂な考えをしていた。


「自己紹介が遅れてしまったな、童よ。我は信濃国衆、海野左京大夫幸義うんのさきょうのだいふゆきよしが子。海野左馬刻綱秀うんのさまときつなひでである」

「お、そういえばワシもしとらんかったのぅ。帝国軍大将、レティオール・ミハエルじゃ」

 そう、ざっくばらんに自己紹介をするがここにそれを咎める者はいない。ここにいるのは全員武人である。サマトキは武人であると同時に武士である為、名乗りを上げたがレティオールはその辺りにこだわりはない。

「小僧、名前はなんじゃ」

「名前はない。親を見たこともねぇからな」

「……そうか、すまんな」

「謝んなよ。気にしてねぇ」

 レティオールは少し顔を伏せた。

「ふむ。殿下、名前もそうですが出自が孤児の者が弟子というのは周囲の反発が厳しいと存じますぞ」

 レティオールはしばらく顔を伏せていたがふと顔をあげサマトキと少年の2人に告げた。

「お主ら、親子になれ」

「はぁぁぁぁぁ?」

 少年は驚きに目を見開くがサマトキは納得するように頷いていた。

「まぁ、それが最善でしょうな」

「ちょ、待ってくれ。どういうことなんだ」

「殿下は文字通りやんごとなき身分よ、そんな身分の者の弟子が孤児とあっては周囲の純血主義者の馬鹿共貴族はぎゃあぎゃあ騒ぎ出してしまう。ましてや後ろ盾のないとあれば殿下の手の届かぬタイミングでサックリやってしまえばいい」

 少年は驚きのあまり言葉を失っていた。少年の住むスラムもまた血なまぐさい場所であり毎日どこかで誰かが死んで何かの事件の起きる世界ではあった。しかし、明確に目の前で起きているためわかりやすく理解しやすかった。そんな世界にいた少年は権謀術数の渦巻く、貴族の世界はとても恐ろしく感じる世界であった。

「出来ることならワシの息子としても良いのだがそれは流石に兄上に怒られてしまうでな。それでいてサマトキは帝国貴族の中では新参者であるがこやつの村の特異性とこやつの父親、そしてこやつの頑張りによって伯爵に任じられておるでな。兄上の信頼もある。義父にするにはもってこいじゃ」

「そうなると名前が無いのはとても不便ですな。では私からは綱の字を」

「ワシからはリオンを付けたいがサマトキよ。お主の故郷ではリオンはなんと言うのじゃ?」

「リオン……。獅子ですな」

「ほう、シシか良い響きじゃな。では今日からお主はシシツナじゃ」

「獅子綱、まぁ良いでしょう。今日よりお主は海野侍従獅子綱うんのじじゅうししつなだ。我が子と思うて厳しく指導します。覚悟するように」

 そう少年、獅子綱に呼びかける二人の表情は優しくそれでいて厳しい父親の表情をしていた。

 この日、1人の名も無き少年は生涯の師と父。そして名を手に入れた。後世においてこの出会いは英雄の前日譚として語り継がれ大陸における多くの少年や一部少女に大きな夢を与え続けた。







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サマトキの父親である幸義さんは本当に実在した戦国武将ですが、サマトキは作者が作った架空の武将です。また、海野家に赤備えの要素は無いと言われるかもですがもちろん承知しています。ただのロマンでしかないです。ただ海野一族が元々、馬牧場のある地域を支配して騎馬能力が高かったことから紐付けました。

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